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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第二部・幾星霜、流る涯 Once Upon A Long Ago
152/272

第十六話『ボーイズ・ミーツ・ガールズ』(後編・その5)

挿絵(By みてみん)


※時折思い出したかのようにノベルゲ版の画像を挿絵代わりに入れておきます。



「まて。逃がさん」


 駆け出したミノルを、知弥子も追う。


「逃げねえよ! 聖堂みてくるんだよ!」

「おい、待てってミノル! バカか? さっきさんざん見たろ? 誰もいなかったぞ?」

「いや、オレら真剣に調べてねーし! 何一つ触ったり確認したりもしてねーだろ?」


 ンなこと今更いったってなぁ……。

 チラっと、香織の方を見る。

 こくりと彼女もうなずいた。


「私達も向かいましょう」


 だな。どうせ逃げられってこねーんだし、あの女からはよ。

 走り出した二人を追って、俺たちも一斉に聖堂へと向かう。


 誰か見張りの教師でも立っているかと思ったら、そんなのは誰もいなかった。

 まあ、神父を運び出した後でいちいち現場に人を残す意味もないか。

 立ち入り禁止の札だけが無造作に貼られてあるが、構やしない。

 両開きの扉には、さすがに鍵がかかってた。


「……帰納的に考えるなら、ここに犯人が()()ってコトだろ? 発想の飛躍でも何でもなくさ!」

「だ、だからなァ、ミノル!」


 息も絶え々えな俺たちをよそに、特に逃げる様子もないミノルから関心を移したか、知弥子は扉をジっと睨んでいた。


「ん。旧式の鍵だな。これなら別に問題はない」


 鍵穴に何か長い物を突っ込んで、知弥子はガシャっとねじり回す。


 ……え、なにそれ。


「ちょ、そんな簡単に開けられるんなら……裏口の方も、誰か中にいたなら開けられたんじゃねーのか?」

「開け閉めした音をお前らは耳にしたか」

「ええっと……」


 施錠の有無こそ確認してなかったが、ここまで簡単に開けられるなら……いや、誰か逃げ出てたなら、外の部活連中から確認されてるか。

 学校の反対側、つまり聖堂の正面口の方は鎖があったから、あっちからは出入りできない。そこは間違いない。


 問答無用で知弥子は扉を蹴り開く。


 果たして、聖堂はもぬけの殻だった。


 裏口の扉は相変わらず、見ただけじゃ鍵がかかってるかどうかは、わからない。

 正面口の方は、金の飾りチェーンははずされてる。救急隊員が出入りしたからだろう。

 壁際の椅子と血まみれの床には、青いビニールシートがかけてあるが、強烈な血の匂いがたちのぼり、どうにもイヤな気分だ。保全のためか? いやまあ、だったら相当に雑な話だな。ま、素人のやることだしな……。


 この狭いところに誰かが? まさか。しかし、一度その考えに捉えられたせいか、まるで凶暴な何者かが潜んでいるような気がしてならない。……素人の感じる「気配」なんて、そんなもんだ。アテにもならねえ。


 大量の血の跡を前に、全く怯む様子のない二人の女子高生にも、少し驚かされる。

 ……もしかして、見慣れてるのか?

 いや、さすがにそれはないな。

 警察はまだ呼ばれていない。この点から考えて、神父の命には別状無かったのかもしれない。確証はないが、何となくホッとする。

 いや、まだ本当の所どうなのかはわかんねーけど。


「証拠品……どうかしらね。人が入りすぎたわ。初動で出遅れたのは致命的だったわね」

「そ、それより犯人だろ! いや、さすがにもういねーだろうけど、どこかに必ず……」


 隠れるスペースが? ねーだろ、やっぱ。

 ミノルには悪いけど、改めてそう思う。狭すぎるし、見通しが良すぎる。椅子がない聖堂ってのは、こうもカラッポなのか。文字通りの()(ラン)堂だ。

 まあ万が一、俺らの頭がどうかしてて見落としていたとしよう。で、犯人が潜んでいたとして。救急車が来て、救急隊員が来て、教師が来てたはずだ。中庭口も表扉も開いて人が出入りして、まあ逃げてるわな。

 そういや野次馬まで来てたって、さっき女どもがいってたよな。部外者が校内にまで入れるわけはないが、その機にも乗じれるか。


「まあ、仮に犯人がいたとする。じゃあどこに隠れてたか調べるなり、考えるなり……」

 バカなこといってるな、と自分でも思う。


 馬鹿だけど、ミノルの焦りやテンパリだってわからなくもないんだ。

 ちゃんと調べてもいないし、確かに混乱もしてた。でも、あの状況で、このガランとした伽藍堂に誰か潜んでたか、って?

 衝立の一つもない。椅子だって畳んで壁際で、人一人しゃがんで隠れる隙間すらなかったんだ。

 でも、仲間が犯人じゃないなら、もはやこの状況、他に犯人が「()()()()()()」んだ。じゃあ、俺ら、何でそれを見落としたんだ?


「ああ、そうか。()()()()なら来たかも知れない」


 知弥子がワケのわからないことをつぶやいた。……なに?


「警察の検分が来てないなら、証拠品が持ち出されたなんてことは、ない筈よね?」


 血まみれのビニールシートを、平気な顔で香織はめくっている。この女も、何なの。

 香織は床に目を落とし、知弥子は天井を見上げる。


「天井は高いが、照明がない。これでは暗くて見通せんな」

「犯人がスパイダーマンみたいに上に張り付いてたとか? ンなの無理だろ」

「そんな話はしていない」

「床は……血が結構拭かれちゃってるわね。もし捜査になった時は、どうするのかしら」「床、板張りなんだぜ。血溜まりをそのままにできねーだろ」


 スイッチングのように、知弥子が床を見下ろし、香織が天井を見上げる。

 確かに俺たちは平面でしか考えなかったから、いきなり立体的に目を向ける彼女たちの発想には少し驚かされた。

 まあ天井の低い聖堂なんてあまり聞かないし、アーチ型に曲面がつけられているのだから、誰かが天井に潜むなんてさすがにないだろう。足をひっかける梁や棚だってない。


 上を見たってしょうがない。俺は床に目を凝らす。ミノルのやつはキョロキョロ祭壇付近に視線を泳がせる。遮蔽物になりそうなのは確かにあそこくらいだが、人一人潜めるスペースは、冷静に考えてみてもやっぱり無いか。

 壁際の畳んだ椅子は? 脚部の隙間、あそこって這いつくばって隠れる隙間ある?


「棚やシャンデリアのようなものもないわね。『上から事故で何か落ちてきた』可能性も……普通なら、無いわ」

「いや、ねーだろ。朗読台の上なんて別に何もねえし」


 天井にはスプリンクラーとか、暗幕を吊り下げる用のフックくらいしかない。だから、そんなことを思い付きもしなかった。


 照明は、壁面の大人の頭の高さより少し上の位置に、燭台風のLED電球が並んでいる程度で、左右正面のステンドグラスから、薄暗いとはいえ昼間の採光には十分な明るさがある。夜間は夜間でうす暗いくらいで丁度良いのだろう。

 だから天井の方に視線が向かなかったのも、それはそれで不思議じゃない。


「普段は絨毯が敷かれていたんだな?」

「それがどうかしたか?」

「床板に、新しめの(きず)

「この聖堂、わりと近年建てられたって聞いてるけど、それでも築十年以上は経ってんだ。瑕くらいあんだろ」

「最近絨毯をめくったのはいつだ?」

「……ああ、そうなるか」


 キズ……? そんなの血を拭かなきゃ気がつかねえよ。何だ?

 椅子がバウンドでもしたか? 神父が倒れ込んだ程度で付くか?


「おい坊主ども。前に見た時と足りない物はないか?」


 わかんねーよ!

 俺、ウォーリーを探せとか苦手なんだよ、ああ畜生!


「えーと、神父」


 ヨシオがボケなのか素なのか答える。そりゃそーだ。


「突っ込まんぞ。それ以外は?」


 歪んだパイプ椅子はまだ転がっている。

 もし警察が来たなら、真っ先にこれが鑑識にもって行かれていただろう。

 あとは、血ですっかり床にはりついた皮の神父帽、聖杯、えーと……、

 あれ?


「待て、なんで壁際の椅子にビニールシートがかけてある」

「知らねえよ」


 床……祭壇、俺たちはそこに目を凝らす。


 脱出するなら裏口から出る以外にはない筈で、朗読台の位置から5、6秒でダッシュして逃げるならギリギリ……いや、無理か。潜むには空間がない、遮蔽物がない。なのに一体どこにどうやって……あぁ、クソッ!!


「ふむ。さっき見た()()がこの現場に……」


 知弥子が怪訝そうな声でそういった。

 ヤツ? its? he?


 えっ? と思って振り向くと……椅子の束にかけたビニールシートの中からもぞもぞっと、『誰か』が飛び出し、一番近くにいた香織のそばに飛び掛った。


 キラリと何か光るモノを、香織ののど元につきつけた。


 え、なに?


 ……ちょっと、待て!


 いたのか、()()!?


 ありえねええええええええええっ!!

 ちょ、ちょっと待ってくれよ!


「お……おい、糞がぁッ! 動くなよォ、ガキ共! ちょっとでも動くと……」


 何それ!? もう、展開が俺の理解をこえている。

 待て待て待て待て。こんな大男が、もしかしてずーっと現場にいたのか?

 それに俺ら、気付かなかったの?

 うそー?

 アタマ大丈夫か? オレら。


 ……この男の顔も、確か見覚えがある。まるで何かのウソか冗談のようだ。


 あるのか? ()()()()


 あぁ、そうとも。俺はこいつの顔を、中高一貫のこの学園に通い続けたこの四年九ヶ月の間じゅう、ずーっと毎日目にしていたさ!





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