第十五話『Moppet's Detective』(後編・その4)
「状況設定としてこの場所に意味があった。結果としてそれが密室になった、と考えるなら、じゃあそれは何ってコトよ。事故、或いは――」
「仮に自死、自傷として。それが『学校内』っていうのも……場所への拘泥とは別に、自宅と職場の往復が社会人の人生の大部分を占めるなら、この場に滝元先生の行動半径が狭めまれること自体は不自然じゃないわね。ただ、教職にとって扱う商品は『児童』、そんなデリケートで面倒なモノが並ぶこの場で、自殺なり殺害なり狂言自殺なりをオトナが見せつけるに至るだけの心因要素は何かしら? 通常なら有り得ない、よほどの悪意か復讐心でもなければ」
「教職員の自殺も珍しくないよ、県東部では校長の自殺で騒動になった学校がある。しかし、たしかに場所は大抵の場合自宅、そうでなきゃ高所や駅のホームとかの『死に至る装置』となる場だ」
テニスのラリーのように茄子菜と茲子さんは言葉を打ち合う。
私は二人の間で左右をきょろきょろ、ついて行くのがやっとだった。
小学校五年生の女の子の会話じゃないよ、ふたりとも……。
茄子菜は、これだから侮れない。奴めは、安穏とお調子者のフリをして昼行灯してるけど、これだけの鋭い牙を隠し持っているんだから。
「で、巴さんはその辺をどう判断する?」
「えっ?」
茲子さんまで、私に……。
「わ、私は……」
わからない。どうして良いのか、何を考えて良いのかも。
「そ、そんなの振られても、私に何かわかるわけないじゃないですか。……茄子菜のいうことなんて、真に受けないで下さい」
「うん。茄子菜は大抵出鱈目だし嘘八百だし大法螺吹きだけど、こういう点でウソはいわないと思うし、私も巴さんの発想や視点には興味あるかな」
うぅっ……。
ま、待ってよ。この二人の天才少女の前で、凡人で鈍才の私に何をいえって?
私は今、はじめて茲子さんの「視界」に捉われた。でもそれは……きっと、「対戦相手」としてなんだ。チクチクする。
そんなつもりなんてないのに。そんな捉われ方、されたくもなかったのに!
……あ。な、なんだか……出そうにもなかった「涙」が、じわっと……。
慌てて首を振る。
茄子菜も茄子菜だよ、まったく、人の気も知らないで……!
剛球を放る相手には、それを受けきれるだけのキャッチャーじゃないと話にならないじゃない!?
「……わ、私に、……何かわかるわけないじゃないですか」
ぷいっと、そのまま外に出る。我ながら、どうにもオトナゲない。
……当然じゃん、コドモだよ私は。
なんでコドモの私たちがこんな事を?
一歩出て、顔をあげて、そのまま──
私はガクっと、片ひざをついた。
油断していた。
怖くて、ずっと避けてて、見ないよう見ないようしていたのに。不意をつかれた。
……裏庭の、ここから真正面に見える場所、中庭まで続く経路、ここは……。
死体の、発見現場だ。
体じゅうがガタガタと震えているのがわかる。
忘れようったって忘れられるわけがない、
小学四年生の夏のはじめ。一学期の終わり。
学校中を包んだ恐怖。
重苦しい空気。
血の臭い。
いつもなら、誰も近づかないこんな場所に、あんな事件が起きて──。
私だって、近づきたくはなかった。
なのに……。
「大丈夫?」
ポンっと、ソヨカさんが肩に手をかける。
「……平気」
ゆっくり、立ち上がる。
今にも吐きそうな顔をして、小さくガクガク震えながら、それでも精一杯、私はヤセ我慢をしている。
「茄子菜のいうコト、いちいち気にしてちゃ世話ないよ。あいつは大抵デタラメなんだ」
「わかってる……」
ソヨカさんは背が高いだけじゃなく、同い年とは思えないくらい、落ち着いている。
いっちゃ何だけど、担任の皆川先生よりもよっぽど大人びた女の子だ。
「ソヨカさんは……」
「ん?」
「あの二人と一緒にいて、疎外感とか感じたこと、ないですか……?」
つい、それが口から出る。
「なし」
「……そうですか」
やっぱり、ソヨカさんは私よりよっぽど人間が出来てる。自分の心の狭さと、僻み根性や疎外感に、つい恥ずかしくなる。
「いちお、アタシにいわせりゃー巴たち3人の方がよっぽど規格外だよ? 君らの会話、小学生の使うコトバじゃないし。今朝だって開口一番、脳内麻薬だのどーだの。出てこねーって、ンな台詞。小五女子からさ!」
「……私は、ええと。無駄に本ばっかり読んでるから」
それに、ナチュラルに小難しい語彙や、一般的でない雑学やTipsをさらりと口に出来る茲子さんに、少し憧れてるトコも……ないでもなかったし。うん、やっぱり無理はしてる。私なりに、身の丈にあわないそれらを身につけたのは、間違いなく茲子さんの影響と、茄子菜の無茶ぶりに揉まれたせい。
「人は人それぞれだよ。アタシだって何もデカくなりたくてデカくなったワケじゃなし。それに、茲子は……あの子には茄子菜が必要だと思うしさ」
死体の発見場所だったあたりを、じっとソヨカさんは見つめていた。大した胆力だ。
「アタシや巴が思うより、あの子はずーっと深い闇の中に居る。それをどうにか出来るのって茄子菜だけだ」
「……闇?」
茲子さんが、フツーじゃないコトはわかるけど……?
「アタシと茄子菜が初めて茲子と会ったのって、あの事件のすぐ後なんだよ。茲子は、彼氏と一緒にこの学校に『調査』に来たんだ。何でも、『殺人鬼』を、夏休みの自由研究テーマにするっていってね」
「うはっ」
いや、小学生でカレシ連れっていうのもすごいけど、やってることもメチャメチャだ。
「あの頃の茲子は、ツンとすました感じだけど、今よりは笑うし今よりは冗談もいう子だったよ。一緒にいた彼氏も、なんていうかこう、見た目や性格はのび太くんだけど頭は出木杉くんって感じの、可愛い感じの子で」
面白そうな子かも。
おっかない「死体発見現場」の方にジっと向いたまま、ソヨカさんの険しい顔に、少しだけ――笑みのようなものが浮かんでいる。
それは私には考えられないことだけと、とてもじゃないけどあの現場を眺めながら微笑むなんて絶対に無理だけど――ソヨカさんには、そこに、何かの想い出を結像しているのだろうか。
そこでソヨカさんは、ぴたっと話をやめた。
表情はまた、凛とした、険しいものに戻っている。
何もいわずに振り返り、そのまままた、小屋の中に入った。




