第十五話『Moppet's Detective』(後編・その2)
「あ、そうか。今の巴っちの話にさ、逆&合わせ技はどーよ。先に竹馬でさ、昏睡した先生背負ってやってきた犯人が、この小屋に押し込めて練炭セットして、そのあと靴底だけ後ろ向きに貼った靴で、竹馬の跡だけ踏みしめて脱出すんの。これどーよ?」
「……『これは無い』って私がいったコトをさっそく全部取り入れて、茄子菜はよくそんなバカなアイディアすぐ思いつくねぇ。無理無理。意味ないし、アタマおかしいから、それ」
さすがに突っ込む。いや一〇〇%無理とはいわないけど、児童向け推理まんがでしか通用しないアイディアだってば、それじゃ。
「意味ないってコトないじゃーん!」
「ないです。そこまでやるなら、何が何でも『この小屋で自殺未遂にみせかけて殺す』理由が必要ですが、考えられませんし。だいたい第三者の痕跡を消したいなら、外から鍵をかける意味がないです。『自殺にみせかける』ことが出来なくなります」
「っむむ、そこかー」
「大前提の意味が失せますし、不思議な状況を作り出して読者に挑戦状を叩き付けるおもしろ愉快犯でも出てこない限り、意味を見いだせない状況です」
「巴っちょったら、手きびしい!」
「いや、今の巴さんの意見は当たり前」
「私もそー思う」
すかさず茲子さんとソヨカさんも後乗り。
「じゃあ、そうなると外からカギをかけた意味、理由は何? ってことが焦点よね。もちろん、誰がどういった手口でやったかも重要だろうけど……」
「誰が? って点にしても、第三者か、滝元先生本人か、そこがまだ不明瞭じゃね?」
あの。茲子さんも茄子菜も、その二択なら自殺か殺人かであって、事故は除外になりますけど……。
でも、この状況で「事故」はないよねぇ、やっぱり、どう考えても……。
できれば、事故であって欲しいけど。
う~ん。施錠が第三者の手による物なら、足跡がない点が問題。かといって、中にいた滝元先生本人による自殺未遂なら、かなりムチャな機械的トリックが必要になるし。
それを一〇〇%「ありえない」とはいわないけど、……まず、ないと思う。
とび箱の上に無造作に置いてある南京錠は、かなり大きな物だ。ピアノ線をひっぱってとか、何か邪悪なピタゴラスイッチのような仕掛けを用意して、小屋の中から滝元先生が施錠するのは……たぶん、無理なんじゃないかな?
仕掛けじたいが自動回収され、発見されない、または発見されてもそれを疑問に思わせない状態にしなければならない点も、この形式のトリックでの面倒な点。
「機械的トリックによる密室」に真っ正面から取り組んだ物といえば、私がすぐ思いつくのは横溝先生の「本陣殺人事件」。その時代に、そういったトリックを論理的に構築した作品が殆どなかったからこそ着手したもので、逆にいえば、今どきそれは、これも推理漫画くらいにしか出番のない概念でもあるけど。(そしてこれは完全に余談だけど、本陣殺人事件のトリックもまあ……横溝先生自身が認めていらっしゃるアレでしたし……。)
う~ん……。ストーブ、雪、「解凍して消え失せる仕掛け」が想定できる材料は十分あるけど、それだけで南京錠を押し込んで施錠する仕掛けを、何も残さないで設置するにはどうやれば……。「引く」のならともかく、「押し込める」手段はなァ……。さすがにこれは、なかなか思いつかない。難しい。
「トリックよりロジックだと思うよ」
ぼそりと、茲子さんが私の耳元で口にする。
いや、今のってやっぱりどー考えてもエスパーなんじゃ……? と、ドキドキした。
……私が「わかり易すぎるだけ」か。
さっきのことで、私にはまだ、少しダメージがあるのも確かだけど、茄子菜の「この話はヤメ、ヤメ!」で、ぐっと心の奥に押し込めてはいた。
あそこで茄子菜が雪玉を投げつけてきたり、追いかけっこをしたのだって、気持ちを切り替えるために違いないんだ。無神経なようでいて、そういった心配りは得意な子だもの。
だから、私も引いていてばかりじゃダメなんだ。……それは、わかるんだけど。
「あの、私が考えてるコト、わかりましたか」
「私は私であなたはあなた。同じようなことを考えていたとしても、同じってわけじゃないから。さっきの、双方の認識の話にしてもそうね」
うぅ……。
「それでも二律背反的に、巴さんは『事故であって欲しい』『犯罪事件ではあって欲しくない』と思いながらも、もし誰かの仕組んだ『トリック』であればどうだろうか、……と考えていたと思う」
「は、はい……」
「そりゃあ誰だってそー考えるっぺ、こんな事件でこんな状況でさ」
「そー考えるような阿呆はそうそういないし誰もが茄子菜や巴さんと同じじゃないし」
うぅ……。一緒くたかよ。
「ぶっちゃけ私は『技法』に興味ないし」
「ぼくちんはソッチのが重要なのよ」
「……確かに、ナンセンスですよね。茄子菜じゃあるまいし、そんな非現実的プランをいちいち考えたって仕方ないかも」
さっきまで考えていたことに、赤面する。
「あるまいし、って!」
「謎はひとまず置いて、事実確認。私たちが発見したのは、始業すぐ……つまり八時と四〇分から、ちょっと過ぎ、よね?」
うん。
六時前までは粉雪が積もってて、そのあとしばらくやんで、みぞれ状の雪が降って、おそらくは放射冷却で凍った状態にもなったはず。
そこから一時間半以上はその牡丹雪が降っていて、足跡が少し薄まる程度には被っていたなら、じゃあ……滝元先生は小屋にいつ頃入ったのか? って点。
最低でも雪の降り出した夜半過ぎ以降で、粉雪がまだ降っていた未明の頃なら、足跡もほぼ消えていておかしくはない。
一旦雪の止んでいた六時以降から、八時に雪が止むより三〇分~小一時間は前にじゃないと、足跡の上からの積雪で「薄れる」ことはないから、この間だと思う。
ただ、何時何分から何分までの降雪量はどれだけあるか、詳細なデータまではない。
……これって、ようは滝元先生、一時間以上は一酸化炭素の充満した小屋に居たことになるんだけど、大丈夫なんだろうか。
「んーと。カギそのものは、スペアは幾らでもあるんだっけ?」
「うむ。職員室のカベにひっかけてあって、誰でも取れる状態なのよさ。体育がブッキングする時もあるし、幾つか予備もあったはずじゃ」
「今朝は……まあこの雪だしね、どこも体育の授業はないか」
「そもそも、一限目から体育やってるクラスはどの学年にもナシよ」
カギか……いや、これはそんなに重要な要素でもないか。
「それより、この現場がちゃんと保持されているかどうか、聞いてなかったね」
「何か重要アイテムが、滝元先生と一緒に持ち出されてるとか? ないと思うけどなー」
……う~ん、どうなんだろう?
持ち出されるとしたら、ポケットに入っている程度の物。つまり持ってて不自然じゃない物。カギ……は、あってもおかしくない。他には?
「密室を作る要素」になる得る物が既に持ち出されていると考えたら、それこそ無限の可能性が考えられて、キリがない。
「とりあず『ある』ものだけで考えようか。鍵をかけた第三者がいるとして……何が原因で、滝元先生の殺害を企てたのかしら?」
サラリと、『殺害』なんてコワイことを茲子さんは口にする。
人が人を殺そうとするなんて、そんなの想像するだけでゾっとするのに。
だいたい、私が滝元先生の状態を発見した時だって茲子さん、チラっと見ただけで──
ぞくっ。
……待って?
あの時、茲子さんは何ていった?
……『巴さんは推理小説とか、好きなの?』
肌が薔薇色に染まる中毒症例を一目みて、茲子さんは確かに、そういった。
一酸化炭素のヘモグロビン吸着は、酸素のおよそ二〇〇倍。一目で状態がわかる症例だから、推理物の死因描写によく使われる。
生死不明の「重体の誰か」を、その目で確認していながら、茲子さんはまるでそれが「どうだって良いこと」のように、寝ようとしてた。
寝ぼけてた、ってのとは違う。
そんなことって……できる? フツー。
人の生き死にを目の前にして。
生を、死を──マヒしてしまうほど、その目に焼き付けてきたのだろうか?
今更ながらに、そのことがショックに感じて、じわじわと肌の上を登ってくる。
……やっぱり、私は茲子さんが恐い。
意識してるとか、嫉妬心でも敵視でも憧憬でもないんだ。さっき頭に血が昇ったり、血の気が引いたりした時は――やっぱり、私は心のどこかで取り繕ろおうとしていた。
自分は正しくて、間違ってなくて、良い子でいたいって、そう思ってたから、そんな「拒絶」の感情や「畏怖」が自分の中にあるのにヒョイと奥に押し込めて、まるで自分が何も悪くないように、「私のどこが悪いの?」と困惑するようなフリをしていた。
でも、違うんだ、きっと。
同時に、自分の中に、こんな感情があることにも、うんざりする。




