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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第二部・幾星霜、流る涯 Once Upon A Long Ago
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第十五話『Moppet's Detective』(前編・その6)

「つーか、茄子菜の足跡だって殆どついてないじゃん。ここら周囲の子供の足跡だって、かなり薄いし」


 ソヨカさんがそういって指差す通り、ここまで併走して来た茄子菜の足跡はほぼ、雪上にはついていない。茄子菜は窓の外を校舎沿いに、つまり氷状になった上を走って来たせいもある。この周辺と小屋までの裏庭とでは、積もった雪質はさすがに違うけど。


「そこなのよ。現場があんなだから、もう足跡の検分なんて無理じゃんさ。だから、ここまでホップ、ステップ、ジャンプ! でやってきたわけよ、どよ!」


 くいっと後ろを振り返る。確かに、等間隔でポツっポツっと深い足跡がみえた。


「へぇ。バカみたいに飛び跳ねてたと思ったら、そういうコトね。着地点の足跡、三階から観た後続の先生の足跡と同じくらいの深さはあるね。最初に見た滝元先生の足跡は、あきらかにこれより浅く見えた。あの先生、巨漢なのにさ」


 感心しながら、茲子さんが足跡の深さを検証する。雪質の違いこそあれ、深い雪山でもないのだから、厚みが2~3センチだと、太めの大人の体重であれ、茄子菜の全体重×加速度であれ、深さの上限は変わらないか。


「こういうコトやるならさ、こっから小屋までの間で良いんじゃない?」

「よいかなソヨカ君。既にあの状態じゃ、新たについた足跡と識別も確認もできぬわ。見た目どーよこれ、三階まで戻ってもっかい目視確認してみる?」

「んー、それには及ばないかな。いわれてみれば確かに、滝元先生の足跡……らしき、最初のやつは、深みでこの半分くらいだよね」


 ソヨカさんの横で、茲子さんもそういって指をさす。


「直感的な判断は信用できんじょ。八割でも三割でも『半分くらい』って思っちゃうのが人の脳の――」

「私の直観像記憶に認識違いがあるなら、それはそれで喜ばしいことだけど」

「……愚問だったかなこりゃ。人の脳ってのも個体差がいちいち面倒じゃ」


 直観像記憶って……。写真みたいに何でも記憶できちゃえるやつだよね? いや、今更茲子さんなら何があったって驚かないけど……。

 つまりここで留意すべき点は、足跡の後に降雪が確実にあった、という所……かな? 滝元先生が物置に入ったのは、雪のやんだ八時よりも結構前ってことになるかも。


「かといって、着地点以外の足跡だってないわけじゃないよね。吹けば飛ぶような茄子菜の体重でも、他のところで5ミリくらいは沈んでるから、うっすら跡はある」


 そういって、茲子さんは中腰になって茄子菜の足跡を眺める。

 ……教室からここまで移動する間に、ただふざけているように見えて、既に検証作業に入っていたんだ。改めて、茄子菜の抜け目のなさに感心する。


「逆にいえば、どんだけ軽い体重の第三者がいたとして、足跡ナシで行動するのは無理っぽいっちゅうコトさね。意図的に消しながら移動したって話なら別だけど。まー足跡が薄いせいで三階から見えなかったってオチなら、謎はいっこ簡単に解けちゃって超つまんないけどさ!」

「いや、アタシの観る限りは一切なかった。こればっかりは確かだよ。加えて、足跡は完全に一方向、一すじ。踵の位置でわかる」

「どうよ、ソヨカの蛮人視力」


 うらやましい。メガネだもんなぁ、私。

 っていうか凄すぎるよ、ソヨカさんも茲子さんも……。


「お、凶器発見」

「え?」


 びっくりして振り向いた私に、ばしっと雪玉がぶつかって、コナゴナに砕けた。


「ぎゃあああ!!!!」

「にひひひひはは! さっきの仕返しじゃ」


 仕返ししたのは私だっつーの!

 だいたい、いつ雪玉を……。


「ああ、ここね」


 茲子さんが指をさす。

 裏庭に面した校舎の()()には、側溝とセメントのフタがあり、フタの上とその周辺には雪はほぼ、積もっていない。

 その側溝の谷間、フタのないところの内側に、コンクリブロック2個分ほどの横穴……ちょっとした天然の氷室が出来ていて、小さなつららが垂れていた。そこに、(おそらく)男子が雪合戦用にでも隠しておいた雪玉が幾つか。

 茄子菜は、そこにあった雪玉を全部抱えて、半笑いでにじり寄ってくる。


「いや、ちゃんと捜査しようよ!」


 いい出しっぺのくせに、まじめにやる気全然ないのっ!?

 さっき感心して損した!


「せやね」


 雪玉を無造作に全弾ソヨカさんに投げつけて、茄子菜は物置へと走る。


「待てーっ!」


 ぱさぱさ散らばる雪片を服の上から払いながら、私とソヨカさんは二人して、きゃつめを追う。足下がこんなじゃ、走るに走れないけど。


 校舎から離れると、雪質はかなりぐじゅっぐじゅっになっていて、足跡が残る。

 ……うぅ~ん。ここまで荒れてしまうと、どうやって調べれば良いのか……。


「コラーっ! 鯖撫、またお前かぁーッ!」

「わぁ、ごみんなしゃ~っ! ……ってわたしまだナニもしてねぇーっ!」


 現場の物置前に立っていた先生が、開口一番、茄子菜を怒鳴りつけた。


「してないわけないだろ。だいたいオマエ、これ授業ボイコットだろ?」

「この全員きょうはんです!」


 まて。


 次の瞬間に、追いついたソヨカさんがタックルし、茄子菜の顔面を雪にうずめた。


「すみません先生、すぐ戻りますので」

「……ぷはァっ! いや、調査! 捜査だっちゅうの!」

「だからなァお前ら、教室に戻れ」


 こわい顔で睨む先生の前で、物怖じもせず茄子菜は仁王立ちする。私なら一発で萎縮してしまうのに、なんて神経の太さだ。


「お言葉ですが先生! ボイコットもなにも、授業そのものがありませんし、だいいち担任の皆川先生も戻らないまま自習とおっしゃらりられましても、絶賛学級崩壊中でにっちもさっちもどっちもいきませんのでコレが!」


 いや、そんなコトないけど……。


「ん、お前らんトコの教室に誰かやって、見といた方が良いか?」

「そこはリーダー的存在の私めらが、ピシッと皆を静粛にさしましたので! はいっ!」

 ……ああ。なるほど。


「とにかくですね、事態の把握もできないままでは、児童の皆も不安なんですから! 第一発見者でもある私たちとしましては、滝元先生の安否や状況の確認等をですね、」


 口八丁手八丁。先生相手に茄子菜はペラペラ喋りはじめた。こればっかりはホント、毎度感心する。

 こやつめの最大の得意技、それこそがこの、異様に回る口三味線だから。

 一部大袈裟に脚色して、時系列の前後も入れ替えてるけど、大筋で嘘はついてない。実際に教室を静めさせたのは茲子さんだけど。

 適材適所ね。ここは茄子菜にまかせて、私はこのすきに、この小屋の周囲を観察することにした。





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