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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第二部・幾星霜、流る涯 Once Upon A Long Ago
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第十四話『イン/アウト』(後編・その5)



「……と、こんな感じに……目の前の『謎』には、一応の説明がつきました。それが正解かどうかは、まだ『確認』が必要ですけど、考え方としては現状、それが一番納得が行くかなーって。とはいえこれは、むしろ、目の前に『謎』があったからこそ、他のことが推察できたって感じですけど」

「確かにそうね。どうやって入ったか、じゃなく。何故、そこにいたのか……それを論理的に考えると、巴ちゃんの考えで、正しいんじゃないかって思うわ」

「まだ確証はないです。可能性です」


 巴ちゃんは首をすぼめた。


「……それに、私には、彼女をどう救えば良いのかわかりません。逃げ出すとか抜け出すとか、そんなつもりなら三階の窓から外に出ていますよ。死ぬつもりで屋上に立ってるんです。きっと、精神的に……」

「そんな、わからないなんて、簡単にあきらめないで! 命より大切な物はないわ」


 ガシャン──!


 隣のビルの換気扇を蹴破って、ゆず子さんが廃ビルの屋上に飛び降りるのが目に入った。


「うわぁああああっ!」


 ゆず子さんの叫び声が響く。

 私も、巴ちゃんも、目を見開いて見上げていた。


「めちゃくちゃだ……あの人」


 呆気にとられたような巴ちゃんの声。消火ホースを命綱がわりに、ぐるぐるに体に縛りつけ、隣のビルの七階と八階の間くらいの位置から、廃ビルの屋上に勢いよく飛び降りて、そのまま飛田(娘)さんに向かって、ゆず子さんはノンストップで突進する。


「ちょ、ど、どうするんですか、あの人!」

「し、信じましょう。ゆず子さんは、やる時はやる人だから……!」


 明らかに怯えた屋上の娘が、グラリと体勢をくずした。

 落ちる──!


 聞き取れない声で、彼女は何かを屋上で叫んでいた。

 ゆず子さんも、何かを叫んでいた。


 見ていられない──!


 間髪入れずダッシュしたゆず子さんは、そのままノーブレーキで屋上を走り抜け、フェンスを飛び越え、よろけ落ちそうになった彼女をしっかりと抱えた。


 ザザザザッと、ホースがこすれる音が響く。


 ピーン、カキーン、金属音。


「……すげえな」


 男の、感心したような、呆れたような声。

 間一髪……ゆず子さんは、屋上の彼女をしっかり抱きかかえたまま、ホースの命綱一本で、ぶらり宙に浮いていました。


「めちゃくちゃだ……間一髪っていうか、()()()ですよ、アレ」


 呆れ果てたような、巴ちゃんの声。


「……ほら、ゆず子さんはあんな人なのよ。いつもいつも後先考えないで……」

「いやアレ、キャッチ前に飛び降りちゃったらどうするんですか!」


 もし、あの娘にそんな勇気があれば、もっと早くに飛び降りていたとは思います。

 危険なのは、確かだったでしょうけど……。

 通りの向こう側から、無灯火無音でパトカーやはしご車が近づくのも見えて来ました。電話を入れてから、およそ十五分。


 ――おそろしく長い時間に思えました。


 たぶんこの廃ビル内のどこかに、お金は隠してあるのでしょう。飛田さんの遺体も。


「あの娘を、どうしますの?」


 そう、問いかけました。

 男は、肩をすくめる。


「まあもし、嬢ちゃんらのいう通り飛田が死んでて、金がこっちに戻るなら、まーケジメを取ることも最早ないだろ。本当だったらまァ、幾らかこっちにも損益はあるんでな。あの飛田の娘から、どうにかする手も無ェでもねえが……そのちびっちゃいのの『依頼料』じゃ、しょーがねェか。こう見えて俺ァ義理堅いんだぜ? どっちみち、あんな様子じゃ措置入院も必要そうだけどな」


 ……それはそうかも知れないけれど。


「ともかく、ポリが来る前に片付けねーとな。確認しねーことには何ともだが、今、このタイミングで金の行方が知れたならそれに越したコトぁ無ぇ。ヘタすりゃ解体屋のドカタに全部持ち逃げされててもおかしくねえからな。おい、カギ取って来るぞ、急げ!」


 後ろの男たちに指示を出し、アウトロー風の男は車に乗り込む。

 少しだけホっとします。

 いずれにしても、警察が廃ビルの中まで確認するのは、彼女からの証言を取れた後の、もう少し先になるでしょう……。


 屋上の娘を抱えて、ホース一本で屋上からブラさがっているゆず子さんが、手首のストラップに通したスマホに叫びかけているのが見えました。


『た、たすけてぇぇぇえーッ!』


 私が手にしていたケータイから、ゆず子さんの声が響く。


「ああ、ごめんなさい、かけっぱなし……」


 いえ、料金の心配をしている場合ではないのだけれど。私も、まだ少し混乱しています。


 まもなく救急隊員に助けてもらえそうだけど、さすがに、あんな状態では生きた心地もしないでしょう。

 ……無茶にもほどがあります。

 もっとも、それこそがゆず子さんだけれど。


「あのね、ゆず子さん。こんな時にお説教めいた話はしたくないけど、幾ら何でも今のは……」

『イヤもーホント、なんとかなったぁ! サンキュ、巴さん!』


 えっ?

 私だけでなく、隣で巴ちゃんも目を丸くしています。


『どう呼び止めていいのかわからなかったけど、今にも飛び降りそうになったあの子に、お父さんから逃げないで良いよっ! て、大丈夫だって、そういったら、おとなしくしゃがんでくれて……巴さんのお陰よ』

「ええっと……」


 そんなゆず子さんの声に、巴ちゃんは目を丸くしたままでした。


 巴ちゃんの推理は――『謎の解明』は、ちゃんとゆず子さんの耳にも入っていたようです。

 何故、彼女があんな所にいて、何から逃げ出したかったのか。何に怯えていたのか。

 それに対して、ゆず子さんは賭けに出たのでしょう。


「――無茶な事を平気でやるけど、何とかしちゃうのがゆず子さんなのよ。性格こそ真反対だけど、そんな点では、……そうね。知弥子とも似たような感じね」

「ええっと、何ていうか……。おかしな人にばかり縁がありますね、香織さんって」


 それは、確かにそう。

 つい、笑みが漏れる。

 そして、私はこういいました。


「あなたも、その一人じゃない」





           To Be Continued






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