第十四話『イン/アウト』(前編・その2)
「わー! なんか、この一角が真っ黒だと思ったらやっぱ香織さんだー。お久しぶりですぅー」
ミシェールの制服で二人並んでたら、確かに真っ黒空間が出来上がるだろう。
声の主は、私たちの制服と比べればずっと普通なデザインのセーラーの上からダッフルコートを羽織った、短かめの髪を強引にツインにした女の子だった。
香織さんよりは小柄だし、可愛らしい感じの人だけど、中学生よりは大人びた雰囲気はあるから、高校生だろうか。
「まあ、ゆず子さん。お久しぶりですわね、二年……いえ、三年ぶりかしら。お元気でした?」
香織さんも挨拶を返す。かつての同級生だろうか?
いや、確か香織さんは中学からミシェールのはず。
塾とか習いごとで一緒にいた人?
……いや、違うなぁ。習いごとをしてる風にも、塾に通うようなタイプにも見えない。
「っていうかっていうかっ! なんで香織さんがここにっ!? あッ、もしかして事件ですか、事件っ!」
「私がここに居るからって、そんな発想はどうかと思うわ」
ってことは、事件がらみで知り合ったのだろうか? 確かに、知弥子さんなんかと行動している香織さんなら、何らかの事件に巻き込まれたり解決してたりも、あるのかも知れないけど……いや、知弥子さんは確か高校からミシェールに入学して来たんだっけ。
……謎を解きたい事件、さっき確かに、香織さんはそんな話をしてたけど。
「だってホラ、なんかちっちゃいオプションが隣にいるし。こんにちわ!」
「こ、こんにちは……」
わたしゃゲームとかで後ろにくっついてる係なのか。
「紹介するわ。こちら、岸根ゆず子さん。この子は後輩の……中等部の方ね。一年生の、咲山巴ちゃん」
「中1! なるほどそりゃちっちゃいはずだわ! ゆず子ですー。わー、さすがミシェールの子だなぁなんかカシコそうだー!」
「ど、どうも」
早口でややカン高い声で、ゆず子さんは色々とまくしたてていた。
明るくて元気な人だ。ミシェールの生徒とはまるでノリが違う。
改めて、うちの学校がちょっと「普通じゃない」ことを思い知らされる。
「いやーでもホントびっくりしたぁ、だってだってもう、すんごい久しぶりだしー。お礼だって殆ど満足にいえなかったし、だからもうホントね~、気にしてて気にしてて!」
「お礼をいいたいのは私の方よ。ゆず子さんがいなかったら、危ない所だったもの」
「いやいやいやいや、逆! 逆! だってホラもう命の恩人なんだもの香織さんってばさマジでマジで!」
命?
さすがに困った顔で、香織さんはちょっと持て余しているように思える。
「ゆず子さん、受験の方はよろしいの?」
「あーゼンゼン平気ー。まじ平気うん、推薦で短大決まったし。あたしったら要領イイのよ、こー見えても、ウン。まーバカ学校だけどねー。香織さんはどうします? ミシェール女子大に? それとも別の?」
「まだ決めかねてるの。高2でこの時期にそんなじゃ、ちょっと駄目よね。ふふっ。そうね……来年はゆず子さんも、女子大生になるのね」
嬉しそうに、そして、やや遠い目をするように香織さんはゆず子さんを見ている。
……ってことは、高三? 香織さんより年上じゃないか。
見た目なら、あきらかに香織さんが年上に見えるのに。(っと、失礼)
そもそもゆず子さん、上級生にしては、香織さんには無理な敬語を使ってるし。
どういった関係なのか、イマイチ掴めない。
二人の間には、共通項がまるっきり思い当たらない。
「巴ちゃん」
香織さんが、そっと小声でささやく。
「あまり値踏みをするような目で見ないで。失礼よ」
「あー、いや、ええっと……どういった間柄かなって」
「恩人です!」
ゆず子さん即答。
「だから、ゆず子さんもあまりヘンなこといわないで……」
「いや、だってだって。だって香織さん……」
何かいいかけて、ゆず子さんが少し怪訝な顔をした。
「どうしたの?」
反射的に香織さんは、ゆず子さんの視線の先に目を向け、同じく眉間に少しシワを作った。
「えーと……」
つられるように私もその方向を見る。
繁華街のわき道から折れた位置に、古いビルが見えた。二人の視線は、その屋上に向いている。
人影──女学生だろうか。制服っぽい姿がチラリと目に入った。
それだけなら、きっと気にも留めない。
「ええっと……?」
視線を再び、香織さんたちに戻そうとして、私はギョっとした。
即行、香織さんとゆず子さんは無言で駆け出していた。
「え? あの、ちょっと待ってください!」
あわてて追いかける。
いや、追いかけなきゃいけない義理はないはずだけど。一緒に買い物をしていたわけでもないし。でも、何かそこに、ただならぬ感じを嗅ぎ取ったから。
近づいてみて、それがハッキリとわかった。
ビルの屋上にいる「誰か」は、屋上の金属柵の「外側」にいる。
屋上に洗濯物のような物は何も見えない。
BSアンテナの設置とか、日食観測とか、そんなのじゃない事だけは一目瞭然だ。あまり考えたくない話だけど……こうなってくると、それしか思い当たれない。
「あの、もしかしてあの人……飛び降りるつもりとか……?」
息を切らせながら二人に追いつく。路地裏に回っただけで、表側の繁華街から一転し、カケラも通行人の姿が見えない。
「わからないわ」
香織さんとゆず子さんは真剣な目をしている。
二人の呼吸の合い方にはちょっとビックリした。
以心伝心……そんな感じがする。私にはわからない、私の知らない何かのドラマが、過去に二人の間にはあったのだろうか。
窓の数を指折りながらゆず子さんはいった。
「六階建てですね。あ~、死ぬには充分な高さだなー。そりゃ九階から飛び降りて生きてたタレントいたけどさー、奇跡はそうそうないよねどうしよ?」
「声は届きそうにないかも、かといって近づいて刺激するのも……」
「近づかないとダメですよ!」
二人がそう会話している最中、私は入り口を目で探していた。
……あれ?
何か、少し変だ。
建物周辺の汚れ方が、普通じゃない。一切ここは掃除をされていない。
当然のように、一階正面には入り口がある。でも、不動産会社の金属板が貼られて、太いチェーンで封鎖してある。
さらに、大きな南京錠ががっちりかけられている。
裏口は? どうだろう。正面側には他の出入り口は見えない。
右隣は立体駐車場で、三階建てほどの高さ。ほぼ半分だ。看板に利用時間が書かれてる所をみると、二十四時間営業じゃないのは確かだ。
左隣は新し目の大きなビルで、少なくとも十二階建て以上の高さがある。
左右の建物との間には、猫が通れるほどの隙間しかない。
左隣の大きなビルの、この古いビルに面している側には、窓は見えない。各階に換気扇のシャッターと、通気孔が幾つかあるだけだ。
そして、この古いビルの一階二階には、窓にかなり頑丈そうな金網が張ってある。
ちょっと治安の悪そうな通りだから、防犯に気をつけていたのだろう。
「ちょっと……裏、見てきます」
私は、右の立体駐車場側から大回りに角を回り込む。




