第十三話『殺戮天使』(後編・その6)
「……凄いな、君は」
呆れて良いのか、感心して良いのかもわからないし、色々と今の一瞬で打ちのめされた気もした。幾らなんでも、背負ってる物が違いすぎるだろ、この子は。
それでも、辛うじて、その一言だけは口から絞り出せた。
褒めてるわけじゃない。話の内容は途方もなさ過ぎるが、それをウソだと疑っているわけでもない。
でも、ただただ感心した。
……この子は「死」と向き合って来たんだ。折れず、逃げず、そして立ち向かって、生き方を決めたんだ。それに対して、俺は――
「凄くはない。罪滅ぼしみたいなもんだ。いわば逃避。そうでもしなければ、私は私がここに生きていることを肯定できない。使命――というより、むしろこれは宿命だ」
……全く違う次元の世界に生きているような子だ。
だめだこりゃ。こんな子に、太刀打ちできるのか、俺。ヘタレの俺に。
……逃避、か。
実際、俺だってそうだ。本気で俺は、俺の正義を、「正しさ」を、信じているか?
違うだろ。
そうとでも思わなきゃ、やってられないからだ。とんだ卑怯者じゃないか。クソッ!
しかし俺も、折れるわけにはいかない。
一度はそう決めたんだ。曲げるわけにもいかない。ヘタレはヘタレで確かだが、もしここでコロっと折れては、俺はただのゴミだ。一山いくらのゴミクズだ。
事の重さに、罪の大きさにビビって、自ら下した「殺意」の結果に尻尾を巻いて、俺は何も知らないんです、見知らぬあの子のせいなんですぅ、と泣きべそかいて懇願しろっていうのか?
最低で、最悪だ。幾ら俺でも、そこまでは堕ちたくない。これが、一縷遺された、俺の最後のなけなしの矜持だ。
だからこそ――考えろ、反論を。反撃を。何かあるはずだ、俺だって。
「……だけどさ。何つうか、……その。どこの誰ともわからない謎の怪人が、次から次へと悪党を始末してる、だって? そんな漫画じみた話、君は本当にあると思ってるの?」
……ここが、ポイントだ。
「こんな子いるわけないだろう」って点。この知弥子って子とも共通するが、あの子のような存在が、こんなムチャクチャな小娘が、そうそう居てたまるものか、常識的に考えて。たとえ居たとして、誰の耳にもそんな話、信じられるわけがないさ。突くならここだ。ここしかない。
「マンガじみているから、警察も気付けない」
「それに君だけが気付いている、って? 妄想に近いよ、ソレ」
「妄想で人は死なない」
「人死にを妄想でつなげているだけじゃないか?」
反論は続ける。何をどうやっても自分は共犯者だ。それだけは間違いないのだから。
知弥子の言葉は一貫している。ゆるぎなく、ブレることなく、鋼のような意志で突き刺してくる。
ただ、意図的に「殺人」である前提で喋っている。
ちょっとでも気を抜けば、つるっと誘導尋問にひっかかりそうだ。
……逆は、どうだ?
考えろ。粗を。何か、ある。
何かが、引っかかってるはずだ、俺。
……そう、彼女の追及には、確証があるのかないのかの曖昧さを、ずっと行き来しているのはわかる。
うっかり飲まれたが、さっき犬の殺された話にしろ、久美の事にしろ、途中で「論理のすり替え」を意図的に行っているのは、バカの俺にだって少し考えればわかる。
根が単純なせいで、コロっとノせられそうになったが、そうはいくか。そうそう、うまいこと誘導されてたまるか。
――考えろ。飲まれるな。そこに必ず反撃できるポイントがあるはずだ。
そうだ、冷静になれ。ここまで彼女は何っていってきた? ようは彼女の話は全て『推論』からの物で、確実な証拠なんてどこにもない。証拠の提示、確証となる話は、ここまで一切出ていないはずだ。
事実、俺はヘタレだが、「目をみればわかる」だなんて、根拠の乏しい経験則かオカルトじゃないか。
――そうか。
だからこそ、こうやって俺の前にワザワザ出てきて、ゆさぶりをかけているんだ。誘導尋問……そんな危なっかしくあやふやな戦術を使っている時点で、気付くべきだった。
なら? 気を引き締めて、あの子のいう通り『何も見てない』そういい続ければ良い。
何てこともない。
たった一つの解法、唯一の対抗策、魔法の呪文。それはもう、最初っから、あの駐車場の子に俺は教わっているんだ。
だから、何も恐くはない。
怖じ気づくことなど、何一つないんだ。
「……良いかな? 殺人って前提で、さっきから君はず~っと話してるけど、何といおうと、俺は何も見てないし。いきなり後ろから襲われ、気付いたらあんな有様だ。第一、君の話は全部憶測だろう!?」
「確かに」
「そもそも、証拠があるなら、俺にこんな風に詰問はしないな?」
「それを自覚してるってことは、ボロは出さないといいたいわけか」
「ないものはないし、知らない物は知らない。ありもしないボロなんて、出せるか! 帰ってくれ!」
「それがお前の結論か。わかった」
意外とあっさり、拍子抜けするほどあっさり、クルリと背を向けて知弥子は去って行く。
え。あの。
いや、だからといって引き留めようなんてカケラも思わないけど。
ザッ、ザッ、ザッ、彼女の靴音が去って行く。
「陽の光を見られなくなる人生を選ぶのもお前の意思だ」
俺は──へなへなと地面に崩れた。全身で汗をかいているのがわかる。
……もうちょっと問い詰められていたら、きっと俺はボロを出していただろう。
……ふぅ。




