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7.アロイスという男


【そして、 ニ十分後 】

 ルリアはラファエルと二人、対面にアロイスを構えるよう酒場の中央のテーブル席に腰を下ろし、自分の身に起きた事象に関して詳しく説明した。


「ほう、それは興味深い話だ」


 普通、夢物語と馬鹿にされる内容だろう。しかしアロイスという男は疑いもせず真摯(しんし)に話に耳を傾けてくれた。おかげでルリアも彼には安心して全てを心のままに伝えることが出来た。


「私の話を信じて頂けるのですか」

「もちろん。冒険者をやっている身としては色々と不思議な事に慣れてしまうものでして」

「……ありがとうございます」

「いえいえ。それに、その話を聞いて、こちらとしても納得した事がありました」

「納得とは? 」

「ええとですね、どうにもルリアさんからは現代(いま)と違う魔力の香りがしていたもので」

「……か、香りですか? 」


 もしかして、川で身体を洗い足りなかったのだろうか。一応、清潔には心がけているつもりだが。ルリアは顔を赤くして自分の腕の匂いをクンクンと()いだ。

 

「おっとっと、そういう匂いじゃありません。あくまでも貴女から発する魔力が現代(いま)の方たちとは違う感じがしたといいうだけで」


「あ……、そ、そうでしたか! 良かったあ……」


 ルリアはホっと胸をなでおろした。


「ハハハ、勘違いさせて申し訳ない。でも、まさか古代から時空を転移してくる方がいるとは驚きました」

「私自身も(いま)だに驚いています。そういうわけで、この時代には頼れる相手が居なかったので……」

「だから自分の存在を聞いてお店に訪れた、というわけですね」

「ですね。世界有数の冒険者というのならば、私の話をきちんと聞いてくれると思いまして……」


 そして、思っていた通りアロイスは自分の話を受け入れてくれた。その上で、現状について親身になって考えてくれる。


「それで、ルリアさんはこの世界で生きることを決意したということでよろしいのでしょうか」

「色々とまだ難しいところも多いですが。どうやら害獣を討伐すれば食べる分には困らないようですし」

「うん。確かにこの辺は自然も多いから生活することには困らないと思います」

「はい。幸い、ラファエルの両親が周囲の山々の土地権利を遺していたようですし」


 ルリアはラファエルを見つめて言う。


「しばらくはラファエルのご両親の遺した自然の恩恵に(あずか)ろうと思います」

「名案です。でも魔獣や害獣の類を討伐したとしても、買い手のほうも考える必要が出てくるわけで」

「あ、買い手……」


 買い手、か。

 それについて、全く考えていなかった事に気づく。

 

「あ~……」


 どうしたら良いのだろう。

 いっその事、魔獣の種類によっては脂や毛皮も使えるわけだし、素材を昇華させて暖を取ろうか。

 そう考えれば、最悪シャワーなんてのも川から水を引く仕掛けを自作をすれば何とかなるかもしれない。


(いよいよ自給自足生活というより、サバイバル染みてきた気が。まあ、それも悪くはないが)


 元々ストイックな性格だし、実戦経験も豊富で自然から得るものだけで生活するということは得意だ。色々と想像力を働かせれば、問題は無いかもしれないと考える。だが、アロイスは「もしもーし」と、彼女を呼び戻した。


「なにか厳しい事を考えてたようだけど、そこまで思いつめなくても大丈夫だぞ~」

「え、あ……? 」

「折角、ウチを頼って来てくれたわけだし。良ければ、力になろうと思う」

「と、(おっしゃ)ると」

「幸いウチは酒場だ。獣の素材や自然の産物、ルリアそれを買い取らせて貰うってのはどうだろう」

「……本当ですか! 」


 思ってもみない提案に、ルリアはテーブルに両手をついて、前のめりになる。


「ええ。それほど高くは買取できませんが、買取らせて頂きます」

「そ、それは助かります! それなら清水(せいすい)の水魔石が買えそうだ。ラファエル、これで川で身体を洗わず。家でシャワーを浴びれそうだぞ! 」


 ラファエルは「本当!? 」と目を輝かせた。

 二人のやり取りを見たアロイスは思わず「くうっ」と、目頭を指先で抑えた。


「……す、少しお待ちください」


 椅子から立ち上がり、カウンターの裏側のキッチンに向かって身を隠すように屈む。ゴソゴソと袋に何かを仕舞うと、それをルリアに手渡した。


「少ないですが、こちらをどうぞ」

「え、これは? 結構、重いですが……」


 袋はズシリとした重みがあった。


「清水の水魔石の詰め合わせです。一か月ほどなら生活に不自由しないと思います」

「はえっ! い、良いんですか。貰えるなら、今の私たちには是非欲しい品物ですし、貰ってしまいますよ! 」

「構いません。それに、自分の嫁もココに居たら、そうしていたでしょうし」

「それは……お嫁さんも優しい方なんですね」


 ルリアは彼の左手に光るエンゲージリングを見つめて言った。


「昼間は子供の世話で自宅におりますが、そのうち夜に酒場に来て貰えれば会えると思います」

「なるほど。まだ自分は酒場で飲み食い出来るくらい稼ぎが無いのでアレですが、そのうち必ず」

「お待ちしております、お客様」


 アロイスはにこやかに笑みを浮かべて言った。


「色々と助かりました。本当に有難うございます」

「とんでもない。どうしても生活が苦しいようなら、また来て下さい。折角知り合えたんですから、力になりますよ」

「……本当にミュール大佐と相違なく優しいお方だ! 」


 ルリアはテーブルに両手をバンッ! と叩いて、頭を下げた。


「アロイスさん。どうか、私にあなたを"大佐"と呼ばせて頂きたい! 」

「た、大佐……」

「勝手ながら、心の拠り所の一つになってしまったようです。どうか、お願いいたします! 」


 アロイスはどうにも戸惑った様子を見せる。

 だが、すぐに笑顔に戻って、それに了承した。


「ハハ、そこまで言うなら構いませんよ。こんな俺でよければ、好きに呼んでください」

「な、なんと慈悲深い……。本当に、本当にご挨拶することが出来て、本当に良かったです、大佐ッ! 」

「とんでもない。それと自分は午後二時以降なら、月曜日を除いて毎日居ますので」

「……はっ、承知しました! 」


 堪らず彼に敬礼してしまう。

 併せてラファエルも立ち上がり、あわせて敬礼をしてみたりした。


「ボ、ボクからもお礼を言わせてください。ありがとうございます、アロイスさんっ」

「うん。ラファエルも何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれよ」

「はいっ! 」


 ルリアとラファエルは、アロイスという男性はなんて頼りになる人だろう、と感じた。わずかな時間で、信頼を置くことに値する人物だと心の底から思えたのである。


「それでは失礼致します、大佐」


 そして二人は改めてアロイスにお礼を伝えると、酒場から離れた。


 やがて、一度自宅に帰ると、早速受け取った清水の水魔石をバスルームとキッチンにそれぞれ配置してから、ソファに腰掛けて一休みした。


「……ふう~。ミュール大佐は()い人だったな。ラファエルのおかげで頼りになる相手と知り合うことが出来たぞ」

「うんっ。初めてお話したけど、凄く優しい人だったね」

「思ってもみない幸運を得た。獣を買ってくれると言うし、これで狩りをする道理が出来たな」


 ククク、と笑う。窓から見える森を眺め、狩る者の(ごと)く瞳を|淀《よど》ませた。


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