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47.サプライズディナー


 ―――午後十九時。

 結局、ルリアが自宅に戻った頃には辺りはすっかり夜闇に包まれていた。

 ラファエルがきっとお腹を空かせて待っているだろうと思い、急いで玄関を叩いたが、リビングに入って直ぐソファに座っていたラファエルはこちらに気づくと、思いもよらない「おかえり」を言ってくれた。


「あっ。お帰り、お姉さん! あのね、折角だから僕が晩御飯を作ってみたんだ」

「……晩御飯を? 」


 まさか、ラファエルが。


「うん。簡単なスープだけど。料理の本を読みながら作ってみたくなったんだ」

「何を作ってくれたんだ? 」


 ルリアがキッチンに赴くと、火炎魔石のコンロに乗った赤い両手鍋。蓋を取ってみると、湯気に乗って微かな甘い香りが立ち昇った。鍋の中を除けば、とろりとした深めの黄色に輝くスープが柔らかく波打っている。


「これはかぼちゃのスープか」

「一応味見したし結構よく出来たと思うんだけど……」

「なるほど。どれどれ」


 小皿とレードルを用意して掬ったスープを舌で転がす。

 かぼちゃの甘くて優しい味は充分に美味しいと思えたが、若干舌にはザラつきが残った。

 ラファエルに気づかれないよう背を向けたまま「んべっ」と舌を出して、指先で触れると、それはカボチャの繊維であった。


(これは……きちんと裏漉ししていなかったな。髪の毛のようなかぼちゃの繊維が残ってしまっている。わざと残したとは思えないが)


 もしかし素材を残したスープを作ったのかとも思った。しかし、レードルでスープの奥を混ぜ返しても、かぼちゃの塊は確認できない。恐らく純粋に失敗してしまった可能性が高い。


(この場合は、どうするべきが正解なのか。このままでも美味しいとは思うものの……)


 彼には素直に伝えた方が良いだろう、と思った。


「ふむ。これは本を読みながら作ったと言っていたな」

「えっ。も、もしかして美味しくなかった……? 」


 その言葉だけで何かを察したラファエルは、心配そうにルリアの傍に近づいて言う。


「いやいや、これは素材を活かすように作られていて野菜の甘みがとても美味しい。だけど、ほんのもう一歩だけ、足りなかったようだ」


 ルリアは白い指先についた繊維を見せて言った。


「あ、それって……」

「裏漉しを忘れてしまったな。カボチャは温めて金網にしっかりと押し潰したか? 」

「い、一応したつもりだったんだけど……」

「皮むきが出来ていなかったり、水分が少なかったりすると残ってしまうんだ」

「……ザラつきが多いなって思ってたけど、やっぱりそうだったんだ」


 調理のミスを指摘されて途端に目に見えて落ち込みかける。だがルリアは微笑みの溜め息を吐いて、言った。


「落ち込まないでくれ。味は本当に美味しいと思う。料理本の内容は難しいものが多いだろうし、初めて作ってここまで仕上げたのは尊敬する。だからこそ、この次はもっともっと上手く出来ると信じているが、キミに期待しても良いだろうか」


 決して駄目出しするだけではない。しっかりと褒めて伸ばす姿勢で話しかける。

 すると優しさの溢れた言葉にラファエルは明るく頷いた。


「う、うん。次はお姉さんに本気で美味しいって言わせてみせる」

「ふふっ、これでも本気で美味しいとは思っているんだが。しかし更なる期待をしておくよ」

「分かった。次は絶対にお姉さんを唸らせるから」

「ああ。じゃあ今日はこのスープとパンで食事をさせて貰おうか。ここから先は私が準備するから待っていてくれ」


 そう言い残して、一度バスルームへと赴く。リーフから借りっぱなしの泥に汚れた作業服を脱ぐためだ。よく洗ってきれいな状態で返そうと思う。

 しかし今は晩御飯が先決である。さっさと部屋着に着替え直し、キッチンに戻ると、早速パンを切り分けて温め直したスープを皿に注ぎ入れ、ラファエルと一緒に卓を囲んだ。


「それでは頂こう」

「スープってこのまま飲んでも大丈夫なのかな……」

「味は本当に美味しいんだ。パンを浸して食べれば問題ないさ。そうやって食べても良いだろうか」

「勿論だよ。僕もそうやって食べるから」

「ありがとう」


 早速、パンを甘いスープに浸し口へと運ぶ。やはり多少のザラつきはあったが、パンと一緒に食べる事で気になることはなく、とろみを帯びたパンは滑らかに口の奥へと消えていく。つまり充分に美味しいし、ルリアにとっては探検の疲れを癒すことの出来る十二分な食事だった。

 すると食事をしながらラファエルが「そういえば」と、ルリアに話しかけた。


「今日はリーフさんの所に行ったんだよね。随分と泥だらけだったみたいだけど、何をしてたの? 」


 ルリアがリーフのもとへ話を聞きに行っただけだと思っていたラファエル。不思議そうに尋ねた。


「ああ、そうだったな。丁度話そうと思っていたが実はお姉さまにと洞窟探索に行ってきたんだ」

「ど、洞窟探索? 」

「裏山に在った洞窟について話をしたら、お姉さまが急に『行こう』と言い始めてしまって……」


 それを聞いたラファエルは「……ずるい! 」と食い気味に身を乗り出した。


「裏山ってあの山小屋の所だよね。あそこに洞窟があったの!? 」

「む……そうか、言い忘れていたか。すまない。そう、あの山小屋の付近に洞窟があったんだ」

「洞窟って、どんな! 」

「かなり巨大な洞窟だ。だから廃鉱の可能性も視野に入れ、お姉さまに訊きに行ったのだが……まあ」

「え~、僕なにも聞いてないのに……」

「……色々と伝えそびれていたな。本当にすまなかった。別に隠すつもりはなかったんだ」


 しまった。わざとではなく、純粋に彼には伝え忘れていた。

 ……これは少し怒ってしまうだろうか。

 ルリアはそう考えたが、ラファエルは決して怒ることなく。


「お姉さんはボクのため色んな事をしてくれているし、全然怒ってないよ! それより、一緒に探索してきた話を聞かせてよ。中は廃鉱だったの? 魔獣は出た? どんな場所だったの? 」


 彼は興味津々に冒険について質問を重ねて投げつけた。

 その言葉にルリアは少し救われたと思いつつ、目を閉じ、冒険の顛末を説明した。


「いいや鍾乳洞の類だった。鉱石の毒に汚染された水が満ちている、とても深い洞窟だったよ」

「え、怖い。じゃあ入れなかったの? 」

「そうでもない。リーフお姉さまが先陣を切ってくれたおかげで、私も無事に道しるべを辿ることが出来てな……」


 ルリアの冒険譚にラファエルは目に星を輝かせて何度も頷きながら耳を傾けた。


「―――で、最後に。何も無いと諦めかけていた瞬間、面白い鉱石は見つけることが出来たんだ」

「えっ、面白い鉱石って、どんな石? 」

「お姉さまに預けてしまって手元には無いんだが、アラバスターという真っ白な鉱石だよ」


 聞き慣れない鉱石の名前にラファエルは「お宝なの? 」と興奮して尋ねる。


「宝というまでは分からないが、鍾乳石の中では希少で高価な鉱石だと言っていた」

「へえ~、それを売ったりしてお金になるのかな? 」

「使い道はお姉さまに一任した。売るか使うか今日中に考えると言っていたが。明日訊きに行くつもりだ」

「分かった。いつ行くの? 明日は魔法の鍛錬があったよね」

「午前中はキミの授業だろう。午後に行こうと思う」

「なら、ボクがまだ動けるようなら一緒に行っても良い? 」

「それは構わない。しかし……」

「あ、分かってる。もちろん手は抜かないで本気でやるから! 」


 畑の話然り先回りして断りを入れた。ルリアも「それなら良し」と頷く。


「いや~、楽しみ! 絶対に、その石を見に行くぞ~! 」


 ラファエルは満面の笑みで両こぶしを握って決意する。

 だが、しかし―――……。

 日が明けた途端、昨日の疲労に合わせた酷い筋肉痛が全身を襲ったうえ、午前中の鍛錬で魔力を使い切り立つことすら適わず。結局、寝床からルリアを見送る羽目になってしまったのだった。


「い、行ってらっしゃいお姉さん~……」



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