36.開拓
【 出発して、一時間 】
一人旅となり身軽だったルリアは、早足気味に裏山を駆け上がり、あっという間に山小屋へと到着した。
最初、オウルベアのような魔獣が居ないか辺りを警戒していたが、特に何者の気配が無いことを察すると、一旦近くの岩場に腰を下ろした。
「ふう……」
ポシェットから革袋を取り出して、水で喉をゴクゴク鳴らす。
一息入れつつ空を見上げれば、まだ太陽は傾きかけた程度で、充分に時間はありそうだ。
「しばらく活動は出来そうだな。さて、何から始めようか……」
中継地点の確立には、やりたい事が多すぎる。
周囲を拓く事は当然のこと、山小屋の掃除や修繕、寝具などの落ち着いて休息が出来る設備の設置など、考え出したらキリが無い。
(何度も考えていた事だが、この山小屋は強固にする理由は大きい。この辺にはオウルベアを始めとした狂暴かつ高価に取引される魔獣の気配がウヨウヨしているからな。早い段階で宿泊出来るように準備を進めねば)
と、なると。施設の充実を図るには、やはり先立つ物が必要だ。
そのために"伐採斧"を購入してきたわけだし、辺りを文字通り切り開き、資材を入手する。
「よし、近場の木々を切ってしまおう」
腰を上げて軽く背伸びし、簡単なストレッチをして準備を整えた。
背負っていた巨大斧を引き抜くと、山小屋の傍に生えた最も大きい樹木に近づき、真横に斧を構える。
「……シィッ!! 」
気合を込めた叫びと共に、思い切りよく斧を振り抜く。
元々手先が器用なこともあって、鋭利な刃部分が最も立つようにして叩き込み、初撃だけで太い幹の三割弱まで一気に突き刺さる。
「ふむ、久しぶりの作業だが思ったよりも簡単に倒せそうだな。意外とやり方は覚えているものだ」
斧を引き抜き、再び幹の傷口目掛けて振り入れる。
それを二度、三度、四度と繰り返したところで、樹木はメキメキと音を立てて倒れたのだった。
「よし。この分なら夕方までに広さは確保できそうか。さっさと終わらせてしまおう」
腕まくりをして、近くに生える別の樹木に近づくと、そのまま二本目も切り倒す。
そして、その勢いは衰えぬまま、あっという間に山小屋を中心にして、グルリと円形状・半径十メートル近くを伐採し終えてしまった。
「……ここまですれば充分だな」
ほとんど休まずに三時間超、ずっと斧を振り続けたが、ようやく腰を下ろす。
休憩がてらポシェットからパンを取り出し、それを頬張りながら辺りを見渡した。
(ふーむ、かなり見晴らしが良くなったな。木材もかなり手に入ったし、後々で役に立つだろう……)
ひとまず、今日の目標はこれで達成した。
本当は切り倒した樹木をまとめたり、山小屋の横に積んだりしておきたいが、そろそろ十七時を過ぎる頃。時間の掛かりそうな作業は、明日に回そう。
(明日にでも、ラファエルの鍛錬が終え次第、山に入って木を切り分けて山小屋の横にでも投げておこう。だが、その後は何をするか……)
モグモグと口を動かしながら、明日の予定を考える。
とりあえずある程度の領域の拡大は済んだし、あとは山小屋の修復に取り掛かっても良いかもしれない。
(後々、ラファエルに筋力トレーニングがてら伐採を任せたい部分もあるからな。明日は、切り分けた木材で大工仕事にでも取り掛かるか。簡単な作業なら、私でも余裕で出来るわけだし。よし、決めたぞっ)
目的が決まり、丁度食べ終えたパンくずを払うと、勢いよく立ち上がる。
そして、そろそろ下山しようか……と、考えたのだが、思いのほか、日が傾いていない事に気づいた。
(まだ日が暮れるまで時間はあるな。折角だから、ちょっとだけ近場を探索しておくか)
山小屋周辺の探索はしていなかったし、何か発見があるかもしれない。
敵の気配はないが、念のためいつでも戦えるよう緊張は解かないまま、山小屋から離れすぎない程度の探索を開始した。
(とはいっても、別段変わった場所があるわけでもなし。キノコや木の実なんかが生っていれば嬉しい限りなんだが)
草木を払って、何かお金になるモノでもないかと探してみる。
すると、山小屋から東側に進んだところで、ある興味深い事象を発見してしまう。
「うん? なんだ、アレは……」
東側は木々の隙間がやや広く、向こう側まで目視することが出来た。そして、その向こう側に、地面がせり上がった断崖のような土壁が形成されていたのだが、その一部に"ポッカリと大きな穴"が空いていた。
(……洞窟だろうか。まさか、魔獣の棲家か何かという可能性もある。よもやオウルベアの巣の可能性もある。まあ、どちらにせよ遠くない距離だ)
若干遠目に位置しているが、恐らく歩いて五分も要さないはず。
それに、日暮れまで時間はまだ余裕がある。
探索するため、腰に携えた剣を抜き、戦う姿勢を取りながらジリジリとその穴に向かって歩き始めた。
(さて、何か面白い発見があると良いのだが)
願わくば、高値がつく魔獣の棲家であれば。
そんな欲望を抱いたりして謎の穴に近寄ったが、いざ目の前まで移動したところで、魔獣の気配は漂っていなかった。
「う~む、魔獣の臭いはしないな。だが……」
だが、しかし。
「何と見事な洞穴だ。思いのほか、大きいじゃないか……」
洞窟の入口は、大人数人を優に飲み込むほどに大きいものだった。
穴の上部には樹木の根やツタが突き出し、地面の泥には獣の足跡すらない。恐らく長い間、人どころか魔獣すら踏み入ることの無かった場所なのだろう。




