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33.欲に溺れて


「よし。それじゃ、少し早いが勉強を始めよう。参考書だが、倉庫に積まれていたもので充分だ」

「はーいっ! 」


 ルリアが考えていたのは、机上で行う"鍛錬"であった。

 実際に体を動かすのも当然のこと、剣術や筋トレ、サバイバル知識の基本など、今後実践を予定している内容を先取りし、予め頭に入れておくことで、今後の鍛錬はスムーズに事が運ぶだろう、といった算段である。

 また、ラファエルにとっても、好んで学べる内容ということで(はかど)る事を踏まえていた。


「今日は、この本を使うぞ」


 ルリアは、リビングの隅っこに並べていた本を一冊持ち出す。

 タイトルは『 肉体鍛錬術 』。

 ラファエルの前に、それを置いた。


「じゃあ、一ページ目から開いて」

「はいっ」


 ラファエルは早々とページを(めく)る。が、あることに気づく。


「あれ、お姉さんの本は? 」


 教える立場であるはずのルリアは、両手に何も持っていない。

 するとルリアはニヤリと笑って、言った。


「内容は一ページから文字すらも把握している。夜中、暇な時間を使って内容は頭に叩き込んである」

「ほ、ほんとに……!? 」

「さあ、一ページ目。本の作者紹介から読み上げよう」


 ルリアは目を閉じ、右手人差し指を立てると、自慢げに口を開く。


「作者の名は、ブラン・ニコラシカ。若くして世界を巡り、多くのダンジョンを攻略している次世代のエース。現在は冒険団クロイツの幹部候補として活躍する。重ねられた冒険譚により積まれた技術の全てを、ここに記す―――……」


 自分で言う通り、ルリアは一字一句も誤ることなく、スラスラと内容を述べた。


「す、凄い! 」

「はは、それほどでも。しかし、内容にも集中してくれ。キミもしっかり頭に叩き込むんだからな」

「そ、そうだ。はいっ! 」


 注意を受けて、改めて参考書に目を通すラファエル。

 中々難しい言葉が羅列していたが、内容のほとんどが現在の鍛錬に附随(ふずい)した内容という事もあって、ルリアの目論見通り、ラファエルは興味の赴くまま集中して打ち込んだ。


「さて、ラファエル。冒険において一番大事なことは何だと書いてある? 」

「えっと、体力だって書いてあります」

「そうだ。一番に体力、二番に体力、三番に体力だ。長時間動けるスタミナこそが全ての基本になる」

「走り込みとかが大事だってことなのかな? 」

「確かに走り込みは手っ取り早い。だが、スタミナアップのランニングはデメリットもあるんだ」

「デメリット? 」

「四ページの三行目。そこを読み上げて」

「は、はい」


 言われるがまま、ページを(めく)り、読み上げる。


「えーと、ランニングは有酸素運動の一種。有酸素運動は、長時間行うと、脂肪及び筋肉をエネルギーに変換してしまう。そのため、スタミナを上げるためには、筋肉を削ってしまうというデメリットが……ある!? 」


 ラファエルは驚いたように「ええっ」と叫んだ。

 まさか、ランニングで筋肉が消費されるなんて。


「知らなかっただろう。しかし、安心しろ。私たちの鍛錬は筋肉を維持しながらスタミナを上げる方法を取っている」

「そ、そうなんだ? 」

「筋トレには、筋肥大(きんひだい)を目的としたものと、筋持久力(きんじきゅうりょく)を目的にした二つの方法がある」

「うん」

「筋肥大は筋肉が大きく育ち、筋持久力はそのままの意味で長く動かせるようになるということだが」


 ラファエルの場合、まだ筋力が伴っていないために、鉄鋼剣の重さに全身がズタズタになっている状態だ。今は無理にでも剣を振り回すことで全身を刺激し、筋肥大の効果が期待できる。

 そのうち、重量に慣れた頃には筋力強化は終わっているし、今度は剣を長時間動せば、筋持久力が備わっていくという考えだった。


「じゃあ、ボクは今のまま鍛錬を続ければ……」

「剣を自在に操れるようになる。ある意味、そこから先が剣術の本番だな」

「……そこから先が」

「その頃には、魔法もレベルアップしているだろう。きっと、見違えるように強くなっているはずだ」

「なんだかワクワクしてきた。お姉さん、勉強の続き。もっと色々教えて! 」

「ハハ、ますますやる気になったな。ああ、しっかり頭に叩き込むんだぞ」

「うん、全部暗記する勢いで頑張る! 」


 ラファエルは、ルリアの授業に対し、真剣に耳を傾けた。

 そして、ルリアも彼のやる気のあまり勉強を集中して教示するうち、気づけば十三時を過ぎてしまったのだった。


「……おっと、もうこんな時間じゃないか」

「えっ。あ、もう十三時に……」

「いかんいかん、買い物やら予定していた事があったというのに」

「じゃあ、今日はこれで終わり? 」

「体を休めることも重要だと言っただろう。私は、夕方過ぎまで少し出かけてくるぞ」


 ルリアは勉強を切り上げて、いそいそと出かける準備を始める。


「そうだ、ラファエル。冷蔵庫に、カルキノスの身とオウルベアの肉が入っている。カルキノスのほうは足が早いから、一人でフライパンで焼いて食べられるか? 」


 ラファエルは「うん」と、すぐに頷いた。


「そうか、それでは悪いが私は出かけてくるぞ。晩御飯は私が作るから、それまでには帰ってくる! 」

「……うん。気を付けてね。行ってらっしゃい」

「ああ。ではまたあとで」


 ルリアはあっという間に支度を整えると、急いで外に出て行った。

 ……ポツン、と一人残されたラファエルは、テーブルの上の本をパタンと閉じると、キョロキョロと辺りを見渡した。


(あれ? なんかこんな静かなの久しぶりな感じ……)


 最近、ルリアと居ることが多かった事もあって、一人きりになった途端、久しぶりに"しんっ……"とした静寂に痛みが走った。


(そっか。ボク、今日は夕方まで一人っきりか……)


 ゆっくりと立ち上がり、ルリアに言われた通り、お昼ご飯を作って食べようとキッチンに立った。だが、不意に一人でキッチンに立ったことに虚無感が襲い掛かり、掴みかけたフライパンから手を放す。


(……なんか、食べなくていいや。一人で食べても美味しくないし。だったら、少しでも剣に慣れて置いたほうが良いよね)


 食欲を失ったラファエルは、キッチンを離れると、剣の置いてある両親(ルリア)の寝室に向かった。

 そこで壁に立て掛けてある鉄鋼剣を見つけるやいなや、手に取ろうとする……が、しかし。


「いっ……! 」


 握ろうとした手のひらに疲労のダメージによる痛みが走り、剣を放してしまった。

 剣は奥に倒れ、ベッドに倒れかける。


(あっ! )


 不味い、剣でベッドを切り裂いてしまう。

 慌てて身を乗り出し、なんとか剣を床側に吹き飛ばすも、ラファエル自身はそのままベッドにダイブしてしまった。


「うぷっ! 」


 ギシリ……ッ。

 ベッドが大きく軋んだ。


(あ、危なかった。お姉さんのベッドを切り割いちゃうとこだった……! )


 何とか危機を免れたことに「はあ」と安堵のため息がこぼれた。

 そして、いざベッドから離れようとするラファエルだったが、顔を埋めたマットレスから、柔らかで甘い匂いを感じて、ぴんっ、と体が硬直した。


(あっ……、(ほの)かに、お姉さんの匂い……)


 元は両親のベッドとはいえ、今はルリアが夜を過ごしている。

 その分、既にルリアの生活の匂いが漂っていたのだ


(なんか、良い匂い……)


 幼くとも思春期の男児であるが故に。

 魅力的に感じている女性の寝ているベッドには、強く欲望が渦巻いていた。

 マットレスからゆっくりと、より彼女を感じることが出来る枕へと顔を寄せる。


(な、何してんだろ、ボク――……ッ)


 イケナイ事だと分かっていても。

 体が勝手に動くのだ。

 どうしようもなく、ただ身を任せる他は無く―――。


「……ッ! 」


 だが、その時である。

 玄関からガチャガチャとドアの開く音がした。


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