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32.愉悦の勉強


 【 ……次の日 朝五時過ぎ 】


「ふああ……」


 ルリアは、ゆっくりとベッドから起き上がる。

 閉め切ったカーテンを開けると、眩い太陽光が部屋に差し込み、ぱあっと明るく照らした。


(うむ、今日も良い天気だな。これなら、引き続きラファエルの鍛錬を……)


 ―――では、なく。


(って、違う。物理、魔法の鍛錬を二日連続でやったというのに。今日は休息日だ。いかんな、騎士時代の考えで常日頃の鍛錬クセがついている)


 ぶんぶんと首を左右に振って、考えをただす。

 例え冒険者という戦いから遠くない職業があったとしても、根本として平和な世であることに変わりは無い。

 ラファエルを指南するのは、あくまでもサバイバル技術の発展のためである。


(うむ、だから今日はラファエルの休息日だ。本来は勉強日だが、午前中だけで勘弁してやろう。あとは休息を取らせて、私は暇な時間になるから、その時は、そうだな……)


 窓から見える裏の山岳地帯を覗き見る。午後は、一人で中継地点の開発を進めようか。


(よし、決定だ。商店街で伐採斧でも購入して、山に入ろう。まずは、中継地点の周辺を切り開く)


 予定が決まれば、あ早速準備に取り掛かる。

 ラファエルが眠っている間に、ルリアは朝支度を始めた。

 顔を洗って歯を磨いてから、母親形見の赤色エプロンを身に着けてキッチンに立つ。


(朝食は簡易なもので良いだろう)


 熱したフライパンに、ここ最近の儲けで買っていた生卵とオウルベアの肉を組み合わせ、塩味を効かせたベーコンエッグのような料理をつくり、白皿に盛り付ける。


(朝からガッツリ食べるわけでもなし、この量でも充分ではあるのだが……、少しばかりしくじったな)


 充分に美味しそうな料理でありながら、一つばかり、誤りに気が付いた。


(炭水化物が足りていない。特に筋トレ後は四十八時間以内の栄養が重要だというのに。午後、木こり斧を買いに行くついでにパンを買っておかねばならんな。だが、私が欲しいのは今すぐ食べれる栄養食品……)


 何か、手軽に入手できる栄養食品は無いだろうか。


(……あっ)


 そうだ。庭先に()っているアカノミ果実があるじゃないか。

 指をぱちんっ、と鳴らす。


(アカノミは炭水化物、食物繊維、ビタミンが豊富だからな)


 早速庭先に出て、簡単に足首の準備運動ろすると、あっという間に高い樹木を駆け上がってアカノミを二つばかり、もぎ取った。

 それを急いでキッチンに戻ると、包丁で切り分けて、別皿に盛り付けた。

 すると、ルリアがテーブルに運んだタイミングで、ラファエルが眠い目を擦りながらリビングに現れた。


「おはよー、お姉さん……。なんか良い匂いがする……」

「おはようラファエル。朝ごはんが出来ているぞ。ほら、顔を洗って歯を磨いてこい」

「うん……」


 ラファエルは言われた通り、眠気にフラフラとしながらバスルームに向かい、歯を磨き顔を洗って、目を覚ます。ついでに簡単に跳ねた寝癖を直してから、リビングに戻り、ルリアの対面の椅子に腰を下ろした。


「お待たせ、お姉さん」

「うむ。では、朝食をいただこうか」

「うんっ。いただきます」


 二人はフォークを片手に、オウルベアの肉を頬張る。

 肉料理とはいえ、さっぱりした赤身を使うことで程よい塩味が利いたベーコンのような味わいに仕上がっている。また、目玉焼きは半熟にしているため、潰して肉と絡めることで滑らかな肉の旨さが舌に広がった。


「簡単な料理だが、充分に美味しいな」

「朝食にピッタリだね。アカノミも食べちゃおっと」


 食欲旺盛なラファエルは、ルリアが半分も食べないうちにあっという間に料理を平らげた。

 そして、食器を流し台に運んでから、満足そうにお腹を押さえて再びルリアの対面に腰を下ろした。


「ごちそうさまでしたあ」

「おそまつさま。美味しかったか? 」

「とっても! 」

「それは良かった。ところで、今日の予定だが……」

「勉強だよね。だ、大丈夫」

「ハハ、顔が引きつっているように見えるぞ」

「気のせいだよ! 」


 ラファエルは自分の頬を両手でぐにぐにと揉んで、慌てて表情を隠す。


「ハハハ、嫌な事がバレバレだ。……まあ、それはそれとして、勉強は午前だけにするぞ」

「午後は何をするの? 」

「キミは休憩だ。家で休んでいろ。私は、一人で中継地点の整備に行ってくる」

「えっ、それはボクも行きたいんだけどなあ」

「全身がズタズタで、いつものように着いてこれるのか? 」

「うっ……」


 それは無理な話だった。

 現にラファエルは平気なふりをしていても、朝ベッドから起きるのも辛いほど全身に痛みを感じているし、ルリアにはバレバレであった。


「す、素直に休んでいます……」

「よろしい。では、私も食べ終わったことだし、食器を片づけたら早速勉強から始めよう」


 ルリアは使った食器を流し台に運び、ラファエルの食器と合わせて洗い始める。

 その後ろ姿を眺めるラファエルは、彼女に尋ねた。


「えーっとさ、それじゃあ今日はどんな勉強をするの? 」

「ん~、それなんだが、少し迷っていてな」

「迷ってる? 」

「最初、数学や社会、語学など、今の時代で学べる学問を教えようとしていたんだが」

「わ~お、本当の学校みたいになってきた」

「しかし、どうやらキミは十歳以前の学問で大体の基礎は学んでいると理解できた」

「そう……なのかな」

「ああ。だから、少し方向転換をしようと思ってな」


 話しながら食器を洗い終えたルリア。タオルで手を拭いて水気を取り、ラファエルに近寄ると、見下ろしながらそれを言った。


「現代の冒険学、つまりサバイバルに準じた勉学だ。ラファエルも楽しんで勉強出来るだろう」

「冒険者の為の勉強ってこと? 」

「幸い、私たちの生きていく術はそれに等しいからな。悪くない話だと思うぞ」

「それは……凄く面白そう! 」


 思ってもみなかった提案に、ラファエルは嬉しそうに叫んだ。


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