3.目覚め
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―――ルリアは夢を見ていた。
それは、暗く白黒に包まれた世界で、記憶を辿る夢。
「……今日も一日、ご苦労様でした」
魔族との戦いのため、東方大陸の端に赴いていた騎士団一行。前線基地としての臨時支部を置いたアップルタウンの酒場で、仲間たちと共に、ルリアはミュール大佐の対面に腰を下ろす。
「ミュール大佐。今回の決着は、明日にはつきそうですね」
ルリアは木製ジョッキに注がれたビールを片手に笑顔を見せる。
しかし、正面のミュールは「ああ」と呟くように、小さく溜め息を吐いた。
「……どうかされたのですか? 」
明日には、我が人間たちの勝利だというのに、浮かない様子のミュール。
彼は、黒い短髪が良く似合い、彫像の如く勇ましい肉体という男らしい男であった。情に厚く、部下からも好かれ、ルリアも例外ではなく、彼には全ての信頼を置いていた。
「いや、この戦いはいつまで続くのかと思ってな」
彼にしては珍しく、酒の席で、しかも部下の前だというのに少しばかりナイーブな発言をした。
「いつまで、とは。それは、当然ですが我々が勝利する時ですよ! 」
「それはその通りだ。だが戦争とは悲しいものだ。誰かが死に、誰かが涙を流さねば勝利は掴めないとは……」
「……どうして今更そのような事を。そんな弱気では、この戦いは勝てはしませんよ! 」
意気込んでルリアは言うが、ミュール大佐は首を左右に振る。
「俺はみんなが涙を流すより、みんなが笑っている世界が良いと思ってる」
その言葉を聞いたルリアは「だからこそです」と、握り締めた拳でテーブルを叩く。
「だからこそ私たちが魔族を倒して誰もが笑顔の未来を掴むべきではありませんか! 」
「……ん、そうだな」
「分かって頂けましたか」
「ああ。すまない、弱気な発言をした。今日は、明日の勝利を願う場だったというのに」
ミュールは謝ったあとで、ビールを手に取り、一気に喉に流し込む。
……ぷはァッ!
空になったジョッキでテーブルを叩き、並んだ肉料理を頬張った。
「うん、旨い。この戦いは是非もなし、この肉を貪るように勝つ以外は無いのは分かっているさ」
「そうですよ、ミュール大佐。魔族の死を気にしていては、我々の勝利は成し得ません! 」
「お前の言う通りだ、ルリア。しかし、一つだけ残念なことがある……」
「残念とは? 」
突然、ミュールは大きな右手で自分の顔を覆い、落胆したように言った。
「……お前とは、二度と会えなくなってしまったことだ」
「えっ。ど、どういう意味ですか? 」
「残念だよ、ルリア。俺はお前に期待していたのだがな」
「い、いや、待って下さい。意味が分かりません。なにを言って……はっ!? 」
ルリアは、自分の手のひらを見て、あることに気づく。それは、自らの身体が透けるように消えかかっていたのだ。
「な、なにっ! これは!? 」
徐々に肉体が光を散らしながら消失し、そのうち暗くなっていく視界。
ルリアは「大佐ァ! 」と手を伸ばすが、彼は首を左右に振るばかりで。
「ルリア。お前は選ばれたのかもしれない。この終わりのない戦いから抜け出す権利を得たのだろう」
「ち、ちがっ……。私は、仲間たちと平和のために命を散らす覚悟で! 」
「もう戦わなくても良いんだ。幸せになれ。俺たちはお前の幸せを願っているぞ」
「そんな、大佐ッ……! 大佐ァッ!! 」
―――悲鳴のような叫びが響き渡る。
そして、その瞬間。
ルリアの意識は覚醒し、深い眠りから目を覚ます。
「……ハッ! 」
ゼェゼェ、と呼吸を荒げ、思い出に涙を残した瞳に映るのは、見知らぬ天井だった。
一瞬、何が起こっているのか理解できなかったが、直ぐに、自分の身に何が起きていたのかを思い出す。
(そ、そうだ。私は……)
自分は見知らぬ世界に飛ばされてしまったのだ、と。
ルリアは身体を起こし、目元に流れた涙を指先で拭き取ると、辺りを見回す。
どうやら、自分はベッドの上に寝かされていたらしく、その部屋も、随分と寂れた小さな部屋であった。
(ここはどこだ。あのラファエルとかいう少年に会い、衝撃の事実に気絶してしまったことまでは覚えているが……)
取り敢えずベッドに腰掛けて、辺りを伺う。
部屋は、自分の寝ていたベッド一つに小さなクローゼット、その隣に扉がある。窓から差す光に漂う埃の量は多く、全体的に薄暗い。
(……おや)
すると、その時。
扉が"ガチャリ"と開き、あの少年が水の入ったコップを片手に現れた。
「あっ、目が覚めた? お水持ってきたけど、飲む……? 」
「キミは……ラファエルとか言ったな」
「う、うん」
「ありがとう。その水、貰っても良いか」
「うんっ」
ラファエルが運んできたコップを受け取ると、それは薄く汚れていた。しかし、文句一つ言わずに口をつけ、ゴクリゴクリと喉を鳴らした。
「……美味しかったよ、ありがとう」
「う、ううん。それより、突然倒れて大丈夫だったの? 」
「心配をかけてしまったな。もう大丈夫だ。すまない。キミがここまで運んでくれたのか」
「うん。ここはボクの部屋だよ」
「キミのベッドを使わせて貰ってすまないな。でも、もう大丈夫だ」
ルリアはコップをラファエルに手渡してお礼を言った。
すると、ラファエルはルリアを見つめながら、申し訳なさそうに口を開く。
「あの……お姉さん。お姉さんは、ボクの所為でこの場所に来ちゃったんだよね」
「うん? ふむ、まあ、そう言われればキミが私を呼び出してしまったという話は事実の他は無いな」
「やっぱり! ごめんなさい。どこか、遠い場所から呼び出しちゃったんだよね……」
「う~む、遠い場所というか、遠すぎる場所というか」
大きな胸の下で腕を組み、苦笑いするルリア。ラファエルは眉を八の字にして、深く頭を下げた。
「ほ、本当にゴメンなさい。今すぐにでも帰れるようにお金も渡したいけど、今のボクには何も無くて……」
「ご両親が亡くなったのだろう。事情は知っているし気にするな。しかし、そもそもの話、私の帰宅に金は無意味なのだ」
「お金が無意味? 」
「そうだ。どうやら私は時代の爪弾き者にされてしまったらしくてな」
ルリアは薄ら笑いして言った。と、どうやら、その意味を聞きたそうなラファエルの態度を察して、簡単に身の上話をする。
「……聞きたいなら、隠す事でもない。ラファエル、私は騎士団に所属する騎士であると話しただろう。しかし私はMC2093年という現代ではなく、遥か昔に生きていた人間なんだ。つまりキミの言う、魔族と人間が戦争をしていた時代の人間ということだ」
普通は信じ難い時間旅行。だが、子供らしくあったラファエルはそれを信じて目を丸くした。
「じゃ、じゃあお姉さんは大昔から今の時代にやってきたの!? 」
「そういうことだ。理由は分からないが、キミの魔法陣は時空をも飛び越えてしまったのだろう」
「……ど、どうやったら帰れるんだろう」
「それは私が分かったら苦労はしないな。いや、そもそもこれが運命なのだとしたら……」
夢か現か、ミュール大佐や他の仲間たちは私に『 幸せになれ 』と言い残した。もしかしたら都合の良い解釈を勝手にしているだけなのかもしれないが、どうにも耳に残る。だとすれば、私は二度とあの世界に戻ることは無いのかもしれない。
(……おや? )
考え込んでいる傍で、ラファエルは下唇を噛み、泣き出しそうな表情を浮かべていた事に気づく。
 




