29.才能の外郭
【 そして次の日、午前九時 リビングにて 】
「それでは、今日は昨日説明した通りに魔法学の授業をしたいと思う……が」
「は、はいい……! 」
ソファに腰を下ろし、テーブルに参考書とノートを開くラファエル。
その対面で参考書片手に教師のよう起立していたルリアだったが、彼の姿に思わず笑ってしまう。
「はははっ、見事な反動が来たようだな」
「ううっ、手が痛すぎて開かない。脚は痛いし、腕もズキズキ痛んでて……ッ」
想定通り、全身筋肉痛となったラファエルは、子犬のように全身をぷるぷる震わせながら、なんとかテーブルに喰いついている状態であった。
「そこまで酷い筋肉痛では、勉学にもならないだろう。今日は素直に休息だけしておくか? 」
「い、いえ! どれだけ痛くても頑張るから、魔法学を教えて! 」
「ははは、素晴らしい気合いだ。そうか、それならば私も全力を尽くして教えよう」
それほど彼がやる気なら、何も言うまい。
ルリアは参考書を開き、魔法学の一ページを捲り、読み上げる。
「まず、魔法には五大属性が存在している。これはアルケーと呼ばれる万物始祖に由来するものであり、その五大属性についてだがー……」
それを説明しようとした時、ラファエルは筋肉痛に悶えながら代わりに声を上げた。
「ひ……、火と水、雷、風、土が五大属性だよっ! 」
「ほう、知っていたのか? 」
「うん。だって、お母さんたちを転生させようとした時に、一生懸命勉強したから……ッ」
「……ああ」
そういえばそうだ。
ラファエルは亡くなった両親を甦らせるため、自己流とはいえ魔法陣を完成させていたのだ。
「……そうだったな、ラファエル。キミは、どこまで魔法学を自己流で勉強したのだ? 」
「五大属性の魔法の基本が使えるくらいは……」
「なに。それは本当か? 」
「うんっ。でも、ボクは魔力が少ないみたいだし、お金も無かったから、見よう見まねで色々と試したんだ」
「そうだったな。それで偶然とはいえ転移術の魔法が発動……と、待て……」
確かに、ラファエルが発想で生んだ魔法陣は、偶然の産物とはいえ転移術を具現化できた。
(しかし……)
だが、よく考えれば。
それでも"魔法陣を完成させた"という技術力を考えれば、ラファエルの魔法技術は基礎レベルを遥かに凌駕しているのではないかということに気づく。
(あの時は気が動転して気づかなかったが、魔法陣を完成させるのは呪文を含んだ複雑な術式が必要なんだ。あれほどの強力な魔法を生み出す陣は、計算が僅かでも狂えば自身に跳ね返りで激しい痛みに襲われるだろう。しかし、ラファエルは確かに魔法陣自体を完成させていたとすれば……)
ルリアは眉間にしわを寄せて、ラファエルを見つめる。
ラファエルは「ど、どうしたの? 」と恐る恐る声を出す。
「あ……いや、怒ってるわけじゃない。ただ、キミは魔法の術式を独学で勉強していたんだったな」
「うん。難しい文字は分からなかったけど、出来る限り覚えたつもり」
「さっき言っていたが、五属性全てを本当に具現化出来るのか? 」
「高位魔法は無理だけど、基礎なら大体使えると思う」
「今、使えるか」
「使えるよ! あとね、物凄く練習したから、ほら……こういう事も出来るようになったよ」
ラファエルは筋肉痛に痛む右手を無理やり開き、苦痛に歪みながら魔法を具現化させるが、その魔法を見たルリアの目が大きく見開いた。
「えーっと、親指から属性を別々に具現化してるつもりだけど、ちゃんと出来てるかな」
まず、親指に具現化した小さな炎。
人差し指には少量の水が滴り。
中指の先端に静電気ほどの小さな白い雷が帯びる。
薬指の腹にそよ風が舞い。
小指の先端は小さいながら土魔法における硬化術が出来ていた。
「―――まさか、指先で別々の魔法が具現化出来るのか!? 」
ルリアが身を乗り出した。
「ずっと前に、人差し指と中指で別々の魔法が使えたから、もしかしてって思って練習したんだ」
「練習で……。い、いや、これは練習云々の話では通じる話では……」
まず、魔法の基礎として。
魔法を具現化するには、大気中に漂う"マナ"と呼ばれる魔力エネルギーを扱う。
それらマナを肉体に吸収し、血管内を通る魔力細胞を活性化させた際に初めて肉体外に放出する。
それこそが魔法であり魔術と呼ばれる代物だ。
(だが、属性を変換する魔力細胞にはルールがある……)
それは、重要かつ根本的な魔法のルール。
活性化する魔力細胞は普通、同時で"一つまでしか"属性しか扱えないということ。
魔力細胞が多いほど、いわゆる魔力が高いと言われる状態なのだが、どれだけ魔力が高かろうが、同時に複数の魔法を扱う事は出来ない。はず、なのだが……。
(私の知る限り、どれほどの大魔法使いでも複数の魔法を同時に具現化することは無理だった。二千年の時を経て人間が進化したというのか? いや、人間としてのルールは大きく変わるとは思えない)
火なら火、水なら水、雷なら雷。
都度、具現化する魔法は一種類のみに限られているのがルールなのだ。
(魔族なら二種類以上を扱える種は稀にいた。だが、それでも稀な存在に過ぎないんだぞ。もしかしたら、ラファエル、キミは……)
神妙な面持ちでラファエルを見つめていると、彼は「どうしたの」と尋ねた。
「……あ、いや、何でもない。すまない、少し驚いただけだ」
「ボクの魔法に? 」
「そうだ。もしかしたら、キミは思った以上の才能の持ち主なのかもしれない」
「え、そんなわけないよ! 」
「思いの外、キミの努力と技術に感嘆したんだ。本当は机上で魔法学の勉強をしようと思っていたが……」
今のラファエルの技術を見て、気が変わった。
「全身を痛めている所で悪いが、家近くの川辺に行こう。そこで、キミに魔法の指南をさせて貰う」
「魔法の指南って、火とか水とかの攻撃魔法のこと!? 」
「基本が出来ている以上、基礎は無用だと判断した。川辺で目いっぱい実際の鍛錬と行こう」
「……やった! 」
喜んだラファエルは意気揚々と立ち上がるが、その瞬間。全身に電撃のような痛みが走り……。
「い、痛い~~っ! でも、嬉しい……」
痛みに悶え、叫びながら幸せそうな笑顔を見せる。
その様子に、ルリアは苦笑いして、
「その発言は色々と語弊だから止めておけ」
と、小さく呟いた。
………
…




