27.闘争心
罵倒のような煽りに闘争心燃え上がったラファエルは、足早にルリアに詰め寄る。
「……てえいっ!! 」
そして、勢いよく右上から剣を振り下ろした。
だが、所詮は幼い初心者の斬撃。速度は遅く、刃は立たず。
ルリアは斬撃を余裕綽々に避け、ラファエルの手の甲にパチン! と木の枝を叩き付けた。
「痛いっ!? 」
しなった木の枝とはいえ、思いのほか鋭い痛みが走る。
慄き、後退しようとするが、ルリアはそれを逃がさない。
「ほら、隙だらけだぞ」
左腕を伸ばし、ラファエルの首をガシリと掴んだ。その上で、木の枝を顎下に突きつける。
「げ、げほっ!? 」
「……これでキミの首は跳ね飛ばされた」
目つき鋭く、睨むようにルリアは言う。
その眼に、ラファエルの背筋に冷たい悪寒が走った。
「お、お姉さ……」
「ラファエル、私が怖いか」
「そ、その……」
「怖いと思うのは普通だ。だが、今のキミに恐怖を覚えさせることは必要な事なのだ」
「えっ……? 」
ルリアは刃物のような目力のままで、ラファエルに言った。
「全てが初めてのキミに、戦いの弱さを馬鹿にする気はない。しかし、勘違いをしては困るのだ。まず、本格的な鍛錬を始める前に説明しておきたかった。……キミは私の戦いを見て、自身も"そう出来る"と勘違いしている節があったはずだ」
それは"思い込み"という厄介な幻想だ。
例えば、強く戦う他人の姿や絵物語を見て、自分も出来るかもしれないという甘い考え。
ラファエルは、ルリアがオウルベアとの闘う姿を目の当たりにし、剣を握り締めた余裕も相まって、自分も"やれば出来る"という幻想を見ていることを分かっていた。
「キミ自身は、赤子同然に弱いということを自覚して鍛錬に励め。ほんの僅かな慢心が戦いでは命取りだということ、勇気と蛮勇は違うということ、しっかりと胸に刻んでおけ」
戦いに、蛮勇という名の無駄な勇気は要らない。
自分の弱さを理解しなければ、必ず死んでしまう。
だから、幻想を見るラファエルを貶めることは絶対に必要だった。
「戦いは怖いものだということ。それだけは最初のうちに覚えさせておきたかった」
「お、お姉さん……。そっか、ボク、お姉さんの言う通りどこか勘違いしてたと思う……」
「自分の弱さを知るところから全ては始まるんだ」
「うん。ありがとう、お姉さん……」
「ただし、もう一度言うが、私は弱い事を馬鹿にしないし、弱いのは恥ずべきことではない。これから強くなっていけば良いのだ」
そう言って、ルリアはいつものように優しい顔に戻った。
ラファエルを掴んでいた左手を離すと、ニコリと微笑む。
「では、改めて実戦を始めようか」
ラファエルが持っていた"自分も出来る"という勘違いを正し、自らの弱さを認めさせる。
それがスタートライン。ここから、本当の鍛錬が始まるのだ。
「ま、今のやり取りで分かっただろう。ここから先は、殺す気で打ち込んで来い」
ルリアは、木の棒をラファエルに突き付けて言った。
「分かった。言われた通り本気でやるよ」
目が覚めたラファエルは、改めて剣を構え直す。
「それで良い。ま、安心しておけ。今は木の枝とて優しく叩かせて貰う」
「た、叩きはするんだね~……」
「痛みが強さを生む。実戦とはそういうものだ」
「……そうだよね。痛いのは嫌だけど、分かった。いくよ」
「来い、ラファエル! 」
そして、ラファエルの鍛錬は午前中の時間をたっぷり使って行われた。
やがて、午後十二時を過ぎた頃に。
ラファエルは、腕や手、首筋、太ももに枝で叩かれた赤い腫れをいっぱいに、体力の限界を迎え、地面へと倒れ込んだのだった。
「はあ、はあっ……! も、もう動けない。全身痛いし、お姉さんの言った通り、軽いと思っていた剣がこんなにも重いなんて……ッ」
剣を握る手はプルプルと震え、わずかな握力も残っていない。
限界の限界まで追い込んだラファエルは呼吸を激しく荒げて、眩しい天を仰いだ。
すると、その日差しを遮るようにして、微笑んだルリアがこちらを見下ろした。
「思いの外、体力が続いたな。本当は一時間もしないで倒れると思っていたのだが」
「えへへ、ボクって頑張れたかなあ……」
「ああ。私もキミが頑張るものだから、張り切り過ぎて、やり過ぎてしまった」
ルリアはラファエルの傍に片膝を着き、痛々しく腫れた腕を見つめる。
「あとで薬を塗ろう。しかし、やり過ぎてしまったな。痛いだろうに、本当にすまない」
「ううん。謝らないで。お姉さんの鍛錬に付き合うって言ったのは、ボクだから」
「そう言って貰えると嬉しいよ」
「でも、今日はもう動けないや。もっと頑張るつもりだったんだけどなあ」
「今日はこれで充分だ。午後はゆっくり休もう」
「く、悔しいけど……。じゃあ、続きは明日だね……」
ラファエルは強い心の持ちようで言った、が。
その心意気に対し、ルリアは何故か苦笑いで「無理だな」と返事した。




