26.鍛錬日和
【 そして、明くる日 午前八時 】
ルリアとラファエルは簡単な朝食を済ませたのち、リビングに腰を下ろして会話を交わしていた。
もちろん、話題は昨晩のオウルベアのすき焼きについてである。
「本当に美味しかったね~……。あれってどうやって作ってるんだろう? 」
「確かに私も気になるな。今度、大佐殿に訊いてみるか」
「ボクたちにもつくれるかな? 」
「特別難しくないはずだ。砂糖やみりん、酒を使っているという話だからな」
「へえ~! 」
「機会があれば、是非ウチでも作りたいものだ」
「うんうんっ」
「とはいえ、そのようなご馳走を作るには、今の私たちにとって道のり険しいわけだが……」
「……そうだね」
いま、我が家は財政難。
料理研究などの余裕があるわけでもなし、明日の生活すら分からない状態だ。
(しかし、昨日の儲けは大きい。三十万ゴールドは明らかな浮き分。当面の食費もなるし、あの山小屋を立て直す道具も買うことも出来る。折角だから商店街で木こりオノでも購入して、今日は中継地点を切り開こうか)
今日、これから何をするべきなのか予定を立てる。
だが、昨日の時点で"やりたい"と考えていた、あるコトを思い出した。
「そうだ、今日はラファエルの鍛錬をしようと考えていたんだ」
ぱちんッ。
指を鳴らして言った。
ラファエルは「ボクの修行!? 」と声高々に反応する。
「朝も早いが、鍛錬するには良い時間だな。ラファエル、体調は良好か? 」
「すこぶる良好だよ! 」
「それなら良し。これから先、日課としてキミの鍛錬を取り入れよう」
「ボクも強くなれるかな」
「なれるさ。私が教えるんだからな。しかし、教科書を用いた勉学にも励んで貰うぞ」
「……はい」
そればかりは苦手なようで、返事が若干曇りがちになった。
「ま、今日のところは参考書の一冊も無い。今日は肉体訓練といこう」
「肉体強化って、何するの? 」
「キミの場合、ここ最近の山登りを見る限り体力はそこそこついていると知った」
「うん? 」
「本来、戦い方の基礎として足腰の強化が必要だが、そこはある程度飛ばしても構わないかもしれない」
「……ってことは、今日から戦い方を教えてくれるの! 」
「教えても良いとは思う。だが、私のやり方は少々強引だし、素直についてこれるか……」
「ついていく。言われたことは全部やる! 」
ルリアの強さを垣間見てから、興奮冷めやらぬラファエルは全力で懇願した。
「もちろん基礎体力の鍛錬は出来る限り行うぞ。文句を言わずにやれるか? 」
「やります! 」
「そうか。それなら、今からでも始めようか」
「う、うんっ! 」
戦い方を覚えることが出来る。
自分もお姉さんのように強くなれるかもしれないと、ラファエルは心底喜んだ。
だが、実際にルリアの指南が始まった途端、ラファエルは「ええ」と頬をヒクつかせる。
「……お、お姉さん、これって」
午前九時、自宅の庭先。
ラファエルは鉄鋼剣を握り締めていたが、ルリアはその辺に落ちていた"細い木の枝"一本で対峙していたからだ。
「どうした。早くかかってこい。今説明した通り、私を殺す気で来るんだぞ」
「……ま、待って、質問したいです。お姉さんはどうして木の棒なの!? 」
「これで充分だからだ」
「こっちは本物の剣だよ? 」
「それは、私を怪我させると思っている発言か」
「当然だよ! 」
「ハハハ、私も舐められたものだ。剣の素人に怪我なんてさせられるわけがないだろう」
ルリアは木の枝を指先で巧みに回しながら言う。
「そもそも、キミは剣の重さも知らなかった人間だぞ。それで私に怪我をさせるかもしれないなど思う必要など無い」
「そ、それはそうだけど……でも、考えていたより剣は軽いんだ。万が一ってこともあるかもしれない! 」
「軽いか。確かにそのロングソード三キロ未満だからな。見た目よりずっと軽いし、そこは驚くかもしれん」
意外なことに、ロングソードと呼ばれる長剣の重量は一キロから三キロ程度である。
また、よっぽどな大剣を除き、現実的に扱われる両手剣の重量も五キロ程と想像よりも非常に軽めだ。
しかし、三キロという重量は軽そうに見えて、実際は非常に負担のかかる重さなのだ。
「丁度良いから一つ指南をしておこう。持った感触は軽いかもしれないが、それがネックだ。普段、腕力を使っていないなら三キロ程度といえどもそれを振り続けられるほど筋持久力は備わっていない。恐らくは十回も振れば腕に疲労感を覚えてくるはずだ」
……十回程度で?
ラファエルは驚いた。
「だから剣の素振りをする。素振りは、基本の型を覚える意味もあるが、根本的な鍛錬の意味は筋力アップだ。剣に慣れ、振り回されずに振り回すようになるための鍛錬なのだ」
「……じゃあ、まずは素振りからやる必要があるんじゃ」
「素振りは自発的にすれば良い。私が直接指南出来る時は、流動的に戦えるようにするためにも実戦をしたほうが成長は早い。だが、さっき言った通りキミは今まで剣も握った事が無かったわけだ。だから、私は木の棒程度で十分ということで……」
また、ラファエルに対し、闘志焚き付ける言葉を口にする。
「それとも、なんだ。キミは男のコでありながら、私に恐怖を覚えているのか。そんな立派なロングソードを装備しているクセに、木の棒を握る私に恐れをなして攻撃出来ないという……そういうことで良いんだな」
フン、と鼻で笑ってみせた。
ラファエルは少しカチンとしたようで、鉄鋼剣をギチリと両手で強く握りしめ、言った。
「そ、そういうこと言っちゃうんだ。分かった、それなら知らないからね。怪我したって、ボクのせいじゃないんだから! 」




