19.いざ深部へ
【 そして、次の日。 朝十時過ぎ 】
「おはようございます、お姉サマ」
「おはよーございます、リーフさん! 」
約束通り、ルリアとラファエルはリーフ鍛冶工房を訪問。
すると、リーフはテーブルでコーヒーを飲んでいた所だったらしく、カップ持った左手を上げて挨拶を返した。
「やーやー、来てくれたッスか。ルリアさんと、ラファエルくんっ」
カップを置いて椅子から飛び降りる。
ちょこちょこと足音を鳴らして、二人に近づいた。
「ルリアさん、例の鉄鋼剣ッスよね」
「はい。少し朝も早いかなと思ったんですが、出来ているでしょうか? 」
「ふっふっふ、このリーフを舐めないで欲しいッス」
可愛らしく、金色のツインテールを揺らしてウィンク。
ちっちっ、と人差し指を振った。
「ほら、実はそこの ウェポンラックあるッス。見てみるッスよ! 」
「えっ、どこに置いて……あっ! 」
「ふふふっ、どうッすか! 」
リーフの目線に合わせてルリアとラファエルが同じ方向に目を向けると、そこには。
紛れもなく折れる前の鉄剣のカタチを残したまま、ギラギラと白金に光る鉄鋼剣が立て掛けられていた。
「す、素晴らしい! 」
ルリアは思わず鉄鋼剣を握り締めて持ち上げ、剣身を見上げた。
なんという美しい仕事をするのか。
彼女の造り出した鉄鋼剣は、到底並みの代物ではなかった。
「えへへ、どうッスか。満足できる一品だと思うッスよ。カタチも前のままを維持してるから、前の鞘をそのまま使って貰って大丈夫ッス! 」
リーフは自慢げにドヤっとした表情を見せる。
「これは満足できるレベルではありませんよ。それに……若干ですが、魔力を感じますね」
「おっ、さすがに気づいたッスね。強度と切れ味を出すために"魔銀"を少量混ぜたッス」
「魔銀……魔宝石の一種じゃないですか! この時代でも高級品では無いのですか!? 」
「あはは、別の依頼品で余った削り銀を使っただけだから気にしなくて良いッスよ」
「……心より感謝します」
ルリアは彼女に深々と頭を下げた。
アロイス大佐に始まり、この町の人々はなんと優しい事だろうか。
まさか自分が魔族に礼を言う日が来るだなんて思いもしなかった。
「別にお礼は要らないッスよ。それより、これで色々と探索が捗るッスね! 」
「はい。これで色々と歩き回ることが出来そうです」
満足するまで剣を眺めたあとで、腰に携えていた空の鞘に鉄鋼剣を仕舞う。
すると、その様子を見ながらリーフはある事を言った。
「あ~、そうだ。この辺の山にはあちこちに廃坑があるのは知ってるッスか? 」
「廃坑ですか。鉱山が閉鎖したものですよね。そういった類の情報は初めて聞きました」
「確かラファエルの持ってる山はかなり広かったッスよね。もしかすると、廃坑があるかもしれないッス」
「廃坑があると、何か良いことがあるのですか? 」
「大有りッス。いわゆるダンジョンみたいなもので、奥には鉱石が眠っている場合が多いッス」
「……と、いうことは」
「売ればお金になるし、鉱石の種類によっては剣に強化を施すコトが出来るッスよ! 」
「なんと! 」
お金稼ぎに剣の強化。
なんと魅力的な響きだろうか。
「ラファエル君は、山の地図とかあったりしないッスか? そこに廃坑の記載があるかもッス」
ラファエルに尋ねるが、首を小さく左右に振った。
「ううん、お姉さんにも聞かれたけど、この辺の地図は家の倉庫にも無くて……」
「あちゃ~。じゃあ、ラファエル君の持つ山にあるかは分からないッスか。でも、探す価値はあると思うッス♪ 」
そう言って、指をパチンと鳴らす。
確かに彼女の言うように、廃坑を探す価値は大いにありそうだ。
「お姉サマ、それでは見つけた暁には改めてご報告に参ります」
「うん、そしたら採掘道具も貸せるし、欲しいなら安く提供するッスよ」
「ありがとうございます! 」
「にゃはは、お礼は要らないって言ったばかりッスよ~。じゃ、リーフはそろそろ仕事を始めるッス」
「長居してしまいましたね。これで今日のところは失礼します」
「また遊びに来てくれッス! 」
「ええ、是非もなしに。それでは」
ラファエルも「ありがとうございました」と別れを告げる。
二人は店を後にすると、これから何をするか話をしながら、帰路の商店街をのんびりと歩いた。
「お姉さん、すごい剣が出来て良かったね」
「ああ、これ以上ない満足の出来だ。これで壊したらどうしようとも思っているが……」
「は、はは。それは無いと思う……けど。そしたら、今日はこれからどうするの? 」
「折角だから試し切りをしたいと考えている。どうやら今日は比較的涼しいし、活動しやすそうだ」
「僕も着いて行っても大丈夫? 」
「もちろんだ。今日は、あのキノコの見つけた地点よりも奥に進もう」
「うんっ。楽しみになってきた! 」
「はは、私もだ」
そうと決まれば、二人の足は自然と早くなる。
商店街をあっという間に抜けて、いつもより早めに自宅に帰宅。
さっさと探索の準備を整えると、裏山へと駆け出した。
「ラファエル、忘れ物はないな。リュックに革袋と水は入れてあるな」
「うん、大丈夫。あと、言われた通りコレも忘れずに持ってきたよ」
ラファエルの腰には、ベルトに巻かれた小さな銀色の鞘が嵌められていた。
それは、彼の母親の形見である鉄の短剣であった。
「……ダガーは様々な用途がある。森を進むにも刃物は必須だ。とはいえ、今のキミにはあまり使わせたくない代物だ。出来る限り私が守るつもりだが、持っておいて損はない。それを抜く時は、充分に留意するんだぞ」
素人同然のラファエルに武器を持たせるのは正直、気が引けた。
しかし、今から足を踏み入れるのは、カルキノスすら飛び出てくるような山の深部。
何かあった時のため、万が一を考えれば持たせたほうが良いだろう。
「分かった。充分に気を付ける。……でもさ、なんだか嬉しいんだ」
ダガーの鞘を左手で撫でながら、えへへ、とラファエルは笑う。
「む、何が嬉しいのだ? 」
「お母さんの短剣を持っていけるってこともだけど、何だかお姉さんと冒険者になったみたい」
「……ははは、なるほど。言われてみればその通りだな」
「まだ何もできないけど、一緒に冒険してるって感じが嬉しくて」
「いつか強くなれるさ。そういえば、そのうち私が指南すると約束していたな。明日からでも始めるか? 」
「あ、お姉さんが良ければ教えて欲しい! 」
「そうか。ならば任せておけ」
そんな会話をしながら二人は山の深部を目指した。
やがて一時間後。
ヒュドラの渓流に到着してから一休みを入れてから、傾斜を一気に駆け上がれば、あっという間にキノコを採った深部前に辿り着く。
「さて、ここから先が未踏区域なワケだが」
「やっぱり、強い魔獣の気配がするの? 」
「ウヨウヨしているな。それでも、今の私に倒せる範疇だ。安心しておけ」
そうは言っても、ここから先はいつでも戦えるように気を張り巡らせる必要がある。
キノコ地点を境にした、裏山深部。
見晴らしの良かった山の木々は一変し、高々とした巨大な大木が増え始め、密集していることで太陽の光も届かず薄暗い。加えて魔獣の気配も漂い続ける薄気味悪いステージの他は無い。




