18.信頼の連鎖
「……本当に申し訳ありませんでした。リーフさんの台詞に、昔の上司を思い出してしまって。床を汚してしまいました……」
ルリアは、ラファエルに始まり今日何度目か分からない謝罪の言葉を口にした。
「ふふ、お気になさらずッス」
「有難うございます。リーフさんのおかげで、魔族に対する気持ちが安らぎました」
「ううん、仕方ないことッス。ルリアさんの気持ちはすごく分かるッス」
「……お優しいんですね。信頼できる魔族に会えて嬉しいです」
「あ、あはは。なんだか照れるッスね」
「いえ、本当に本当に有難うございます! 」
どうしてだろう。
彼女の言葉一つ、少しの涙で魔族に対する考えが変わった気がした。
(さっきまでモヤモヤしてた気持ちが一瞬にして晴れてしまうなんて)
この世界の魔族は"こういう存在なのだ"と。
人と深く仲睦まじい存在なのだと、ようやく心から理解出来た気がした。
「もうリーフさんは私にとって、お姉サマですね……」
「お姉サマッスか!? 」
「はいっ。さすが二十の私より七つも年上なだけはあります。お姉サマと呼ばせてください」
「……ちょっと待つッス、リーフは二十七じゃなくて二十六」
「お姉サマ、これからよろしくお願いいたします! 」
「う……。う、うん。もう何でもいいッス、お姉さまでも二十七でも、ドンと来いッス!! 」
リーフは右手で小さな胸を叩いて言った。
「さすがリーフお姉サマです! 」
「な、何とも情熱的ッスねえ……。これが古代の女騎士ということッスかね……! 」
リーフがチラリとアロイスを見ると、彼も笑って頷いた。
「ま、まあとりあえず分かったッス。それで、今更だけどウチに来た理由を聞くッスよ! 」
「……そうでした。すっかり忘れていました。リーフお姉サマにご相談があったんです」
腰ベルトに巻き付けた鞘から、折れた鉄剣を抜き出す。
もう半身はポシェットから取り出して、テーブルに置いた。
「この剣なんですが、元に戻すことは出来るでしょうか」
「あやや、これは真っ二つに折れてるッスねえ」
リーフは剣を小さな手で握り、軽く振り動かしながら言う。
「お姉さまでも、やはり難しいですか」
「難しい事は無いッスよ。でも、一つ気になることがあるッス」
「なんでしょうか」
「この鉄剣は、それなりに頑丈に作られているのに、何を斬って折れたッスか? 」
「カルキノスです」
「化け物蟹ッスか。……それは、よく鉄剣で倒せたッスねえ」
鉄剣でカルキノスの甲羅を破ることは相当な手練れに成し得る技だ。
そうリーフはルリアを褒めた。
「そんなことは! 私自身は未熟者で、鉄剣を折るようでは技術不足です」
「悲観し過ぎッスよ。鉄剣でカルキノスを倒せたら大したものッス。でも、ルリアさんはサバイバルで生活するつもりッスよね? 」
「はい。だからこそ、剣が必要なのです」
「う~ん、でも……今のルリアさんの実力じゃあ、鉄剣じゃ少し役不足ッスよねえ」
リーフは鉄剣をテーブルに置く。
ぴょんと跳ねて高い椅子に腰掛けるが、百三十センチ程度の身長では床に足は着かず、プラプラと動かした。
「だったらいっそのこと、この鉄を基にして鋼を混ぜた鋼鉄の剣でも造ったらどうッスか? 」
「鋼ですか。それは魅力的ですが、色々と問題が……」
これは普通の鉄剣では無い。
あくまでもラファエルの両親が遺した思い出の品であり、勝手は出来ない。
……と、思っていたが。
ラファエルはリーフの傍に近寄り、お願いを言った。
「リーフさん。この剣を強く出来るなら、お願いします! 」
「……ラファエル!? 」
「良いの、お姉さん」
ルリアは慌てるが、ラファエルは笑みを浮かべて返事した。
「し、しかし……! 」
「お姉さんの役に立てるなら、それで良いよ。だからね、リーフさん。強くしてあげて欲しいです! 」
ラファエルの依頼に、リーフはルリアに目を向けた。
ルリアは一瞬迷った。
だが、ラファエルの優しさを無駄にするべきではないと思い、頷いて答えた。
「リーフさん、ラファエルの依頼通り、私からも改めてお願いします」
「本当に良いッスね、ルリアさん」
「はい。問題ありません……が、ちょっと待って下さい」
「どうしたッスか? 」
「あの、お金のほうは如何ほど……」
鉄は鉄剣を溶解して再利用できるだろうが、原材料の鋼は別料金だ。
また、リーフ自身の労働費用もあるだろうし、決して安くはないはず。
「鋼の剣自体は珍しいものじゃないッスけど、やっぱり値段は相応ッスね。でも事情が事情だからサービスするつもりッス。もし同じサイズの鋼鉄剣を造るなら、値段は大体二十万ゴールドくらいするッスけど~……」
値段を聞いたルリアは「あっ」と、腰のポシェットに手を触れる。
カルキノスを売買した値段が丁度二十万ゴールドだった。
「……二十万ゴールドなら、丁度。これで足りるでしょうか」
ポシェットから取り出した一万ゴールド金貨二十枚をテーブルに置いた。
「あら、お金はあったッスか? ……って失礼な言い方ッスよね」
「とんでもない。これはカルキノスを大佐に引き取って貰ったので、その金貨になります」
「大佐ってアロイスさんの事ッスね。なるほど、そういうことッスか」
「こちらの金貨で造って貰うことは可能でしょうか。全て、納めて下さい」
「もちろん問題は無いッスけど、大丈夫ッスか? 」
現状を知っている手前、二十万ゴールドを受け取るのは気が引けるリーフ。
それでもルリアは「構いません」と即座に答えた。
「その剣を基に、更に精進しますので」
「……そう言うのであれば、遠慮なく受け取るッス」
「お願いします」
「でも、基礎となる鉄は再利用するッスから、その分だけは要らないッスよ! 」
そう言ったリーフは金貨のうち三枚をルリアに返した。
「三万ゴールドもよろしいのですか! 」
「どうぞッス。武器自体は明日までに造るから、また明日に来て欲しいッス! 」
「そうですか。それではお言葉に甘えて……。明日、またこちらに顔を出しますね」
「お待ちしているッス~♪ 」
笑顔のリーフは手をふりふりと振った。
そうして、剣の強化の算段がついたところで、ルリアたちは彼女に見送られながら外に出た。
「ふう。剣を元に戻すどころか、強化すら請け負って貰えるとは……」
「お姉さんが喜んでくれたなら、ボクもそれで良いよ! 」
「ああ、気を遣わせてしまってすまなかった。剣が出来た暁には必ずキミに旨いモノを食わせてやるからな」
「な、生もの以外なら何でも食べます! 」
「ははは、そうか。……では、大佐殿」
くるり、と。
ルリアはアロイスの方を向いて、頭を下げた。
「重ね重ね、有難うございます。本当に助かりました」
「お礼なんて要りませんよ。それより私が少しでも役立てたなら良かったです。……ちなみに、私は午後から酒場の準備があるので戻りますけど、他に困った事はあります? 」
アロイスは念のために尋ねたようだが、こちらとしては特に何もなく。
「いえ、今はありません。お気遣い、有難うございます」
「そうでしたか、それなら。では、自分はこれで」
「はっ、大佐殿。それでは私も失礼致します」
「うん、それでは」
ルリアとラファエルは、鍛冶屋の前でアロイスと別れる。
そして二人はそのまま帰路へとついた。
……それから、午後。
本来なら探索すべき時間ではあったが、装備の不足により無理はすべきでは無いと断念。
それでも何か出来ることは無いかと考え、そこで、あることを思い出す。
「そうだ、釣りでもして時間を潰そうか」と。
早速、二人は倉庫から釣り竿を引っ張り出し、家近くの河川で釣りを始めた。
「ラファエル、この辺の川でも魚は釣れるものなのか? 」
「うん。石の下にいる川虫で釣れるよ。でも、渓流のほうが大きいのは釣れるけど……」
「あそこは今は武器が無ければ危険だ。明日以降に、武器が出来たら改めて行こう」
「うん、楽しみにしておくね」
こうして二人は釣りを楽しみながらのんびりと時間を潰した。
結局、釣りの成果は小さな川魚を数匹程度だったが、それでも晩御飯にするくらいの量にはなった。
やがて、その日はいつの間にか時間は過ぎて、夜。
二人は休日のような心地よさと共に床についたのだった。
―――なお。
ルリアに限り、ベッドの中で、鼻息荒く興奮していたようだが。
(フ、フフッ。明日は鉄鋼剣が出来るのか。これでもっと深くに探索に行くことが出来る。楽しみだ、フフフフッ! )
………
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