17.みんなが笑える世界を
【 更に二時間後 】
ルリアとラファエルはアロイスの案内を受け、三人でカントリータウン商店街を練り歩いていた。
なお、ルリアの腰ベルトに括り付けられた袋には、一万ゴールド金貨が二十枚ばかり仕舞われている。
「大佐殿。カルキノス程度に、二十万ゴールドもの大金……本当によろしかったのですか? 」
「それでも相場通りですし、そう心配しなくて大丈夫ですよ」
腰の大金は、アロイスがカルキノスを引き取るために支払った金額であった。
だが、ルリアは心の中で"いい意味"でその大金に唸っていた。
(二十万が相場通り? いいや、時代は違えども大佐が気を利かせてくれたことは分かる。いくらカルキノスが高級食材とはいえ、一晩水にさらしていたり、あんな真っ二つに切り裂いた甲羅では値下がり必須だ)
魔獣の素材は鮮度やカタチが値段に直結する。
正直、渡したカルキノスは非常に質が悪かった事はルリア自身重々承知していた。
だからアロイスはサービスして、あの値段なのだということも。
(今は大佐の優しさに預かろう。本当に、この時代に、この方と知り合えて良かったと思う)
ルリアは横を歩くアロイスを、とろんだ目で見つめた。
それでも、彼の左指に輝く結婚指輪が嫌でも目立ったが。
「おや、どうしました。私の顔に何かついています? 」
「……何でもありません! 」
サッと顔を逸らした。
本当のミュール大佐と彼は別人だと分かっていても、つい憧れであったり、女性としての目で見てしまう。
(このままではイカン。邪念を払わねば。邪念よ去れ、邪念よ去れ、邪念よ去れ、邪念よ去れ、邪念よ……)
ドス黒い紫色のオーラで気持ちを払う。
そんなルリアにアロイスは苦笑い「 ? 」と頭にクエスチョンマークを浮かべていたが、ふと、足を止めて、前方にある小さな建物を指差して口を開いた。
「……着きましたよ、二人とも」
「え、あっ。ここですか、大佐殿! 」
「着いたんですかー? 」
アロイスは頷く。
二人が建物に目を向けると、そこは茶レンガと木材で造られた二階建ての小さなお店だった。
屋根に立つ赤レンガの一本煙突からは、もくもくと黒い煙が昇る。
正面の片開き木造ドアの脇には濃い茶色の古木で『 リーフ鍛冶工房 』と白い墨字で描かれていた。
「ここがドワーフ族の工房ですか……」
「リーフという女性のドワーフ族がやっているお店です。昔、私の仲間だったんですよ」
「なんと! 大佐殿のお仲間とは。それなら腕は確かですね。ですが、むむ……」
ルリアは眉間にしわを寄せて、ドアを睨む。
アロイスが「止めておきますか」と言ったが、ルリアは両手で自らの頬をぱんっ! と叩いて気合を入れ直す。
「……いえ、行きます。私がドアを開きます」
緊張などの様々な想いが交差、額に一筋の汗を流しつつ、ドアに触れる。
ギィ……。
木製の重いドア押し込む。
すると、中から燻すような香りと熱の帯びた空気が溢れる。
「むぐっ……」
「うわ、あつい! 」
思わず顔を覆うルリア。
しかめ面で中を覗くが、その光景に驚きの表情を見せた。
(これは……お世辞なしで素晴らしいな……)
玄関付近に並べられた物棚や壁には、ギラギラと輝かん武器や防具がビッシリと並んでいた。
明らかに熟達した技術で造られた武具たちは、まるで生きているかのように光り輝き、騎士としてルリアはそれらに生唾を呑む。
また、それらを造ったと思われるドワーフの女性が、奥のレンガ窯の石台で小さなハンマーを用いてガンガンと金属を叩いている。
「……大佐殿、もしや彼女が? 」
「はい。私の冒険仲間で、今は鍛冶師のリーフです」
アロイスが言うと、彼女はこちらの声に気づき、振り返った。
そして、アロイスを見るやいなや、ハンマーを近くのテーブルに置くと、嬉しそうな顔をしてこちらに一目散に駆け寄った。
「こんにちわッス、アロイスさん! 今日はどうしたッスか!? 」
ニコやかに挨拶する鍛冶師リーフ。
しかし、ルリアとラファエルは彼女の容姿を見て目を丸くした。
「あなたがリーフさんですか。ドワーフの女性とは、現代でもやはり……」
「リーフさんて、え……えっ……!? 」
リーフ・クローバー。
彼女は、長い金髪を後頭部で結い、青い作業着を身に着ける。
いっぱしの鍛冶師のような格好をしているが、大きな瞳と雪のように白い肌、小柄な体つきという容姿は、可愛らしい"幼い少女"そのものであった。
「リーフさんって、子供だったんだ!? 」
ラファエルは、彼女が同年代かそれ以下だと思って叫ぶ。
ところがリーフは「子供じゃないッスよ」と、ため息を吐いた。
「おや、ラファエルはリーフ……もといドワーフ族と会うのは初めてだったか? 」
アロイスが尋ねると、ラファエル頷いた。
「そうだったのか。まあ、俺と会わなかったように地元でも機会がないと会わないものだからな。ラファエル、一応説明しておくと、リーフはこれでも二十七なんだぞ」
「……はえっ、二十七歳ってことですか!? 」
あまりにも衝撃的な年齢に、腰を抜かしそうになる。
するとリーフは"レディ"として一応アロイスに文句を言った。
「アロイスさん、まだリーフは二十六ッス。今年の十二月で二十七ッス! 」
「あれ、そうだっけ」
「ていうか、女性の年齢を勝手に言うのは禁忌ッスよ!! 」
「ははは、悪い悪い」
「ま、今回だけは許すッスけど。……ところで、こちらのお二人はどなたッスか? 」
リーフは、唇を尖らせつつ、ルリアとラファエルを見つめて尋ねる。
「ああ、そうだった。紹介するよ、こちらはルリアさんとラファエル君で……」
「ふむふむ、アロイスさんの浮気相手とその子供ッスね」
「違うわっ!! 」
「ふっふっふ、、冗談ッスよ。さっきのお返しッス。それで、本当のところお客さんで良いッスかね」
「お前な……。ま、まあ、お客ではあるんだが、ちょっと事情がある二人なんだ」
「事情。やっぱり浮気相手」
「ち~が~う~ってェのに! 」
会話だけで、二人が相当仲の良い事が分かる。
アロイスは彼女の攻撃に苦戦しながらも、何とかルリアが"古代から転移した女騎士"である事を説明した。
「……古代からやってきた女騎士さんッスか。へえ、そういうこともあるッスねえ」
はあ~、とリーフはルリアを見上げた。
彼女の言動から、どうやらアロイスと同じく転移という出来事を信じてくれたようだ。
「ドワーフの女性が、私の出来事を信じて頂けるのですか? 」
「まあ今の時代はそういう事もあるッスよ。古代から甦る魔族や魔獣珍しくないし」
「……珍しくない、ですか? それは、どういう意味でしょうか」
リーフの気になる言葉に、ルリアは喰いつく。
「んっ。えーと、今はルリアさんが住んでいた時代はダンジョンとして遺っているのは知ってるッスか? 」
「それは知っています。現代の時代には、冒険者が大勢居るのだと本で読みました」
「ふえ、勉強家ッスね。じゃあ話しが早いッス」
リーフは小さな手で、壁に掛けられた世界地図を指差す。
「今もこの世界には新たな古代遺跡がいくつも発掘されていて、その中には古代に封印された魔族や魔獣が眠っている事があるッス。そいつらは昔のように魔族の世にしようと攻撃を仕掛けてくるッス。だから、冒険者たちはお宝を巡ってダンジョンに行くだけじゃなく、そいつらを倒して世界平和のためにも戦うヒーローでもあるッスよ~」
彼女自身、元冒険者として、ヒーローを自負するかのような言いぶりをする。
だが、ルリアは彼女の台詞に耳を疑った。
「待って下さい。その内容だと、現世の魔族の冒険者たちは、平和のために甦った同胞を殺すというようにも聞こえますが」
「はは、ストレートに言うとそうッスね。リーフもダンジョンで知性高い竜族を倒したことがあるッスよ」
「……同胞でもですか」
「当たり前ッス。例え同胞の同種、ドワーフが相手だとしても、世界を脅かすならその覚悟はあるッス」
「冗談ではなく、本気で」
「本気ッス。リーフは嘘はつかないッス」
嘘じゃない、そう言ったリーフの瞳が色濃く帯び真剣な眼差しになる。
(このリーフという女性は、どうやら本気で言っている。でも……)
魔族が平和のために魔族を殺すというのか。本当に、本気で。
「信じられません。それじゃあ、本当に人と魔族が手を取り合い世界の平和を保とうとしているのですか」
「そうッス。きっと、古代時代に生きていた人間には難しい話しかもッス。だけど~……」
ニコッ!とリーフは満面の笑みを見せる。
そしてルリアに近づくと、その手を握り締めて。
「リーフはみんな仲良くしてるほうが嬉しいッス。誰かが涙を流す世界より、みんなが笑顔の世界のほうが嬉しいッスよ。ルリアさんは、そう思わないッスか? 」
「……ッ!? 」
―――ドクンッ。
ルリアの心臓が高く強く鼓動した。
(ど、どうして! 今の言葉は、あの日、ミュール大佐が言った言葉と同じ……! )
それは、こちらの世界で気を失った際。遠い記憶に刻まれ、夢に出てきたミュール大佐の言葉だ。
『 俺はみんなが涙を流すより、みんなが笑っている世界が良いと思ってる 』
―――……そうか。
ミュール大佐が言っていた言葉の意味を今、理解した。
それは人も魔族が笑い合う世界だったのか、と。
奇しくも魔族に教えられるなんて。
「……っ」
ポトリ、と。
不意に、瞳から涙が零れ落ちた。
どうしてかは分からない。
ただ、涙が流れ出た。
「ど、どうしたッスか? ルリアさん、どうして泣いて……大丈夫ッスか!? 」
「ごめんなさい。ど、どうしてか分からないけど、涙が……ッ」
「どこか痛いッスか!? だったら、すぐにヒーリングするか治療院に……」
「ち、違うんです。違う……! 」
ルリアは片膝を崩してギュッと彼女の手を握り締めた。
「……大丈夫ッスよ」
彼女の気持ちを悟ったリーフは優しい笑顔を見せて、優しくルリアを抱き締めたのだった。
………
…




