12.足りない装備
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【 ニ十分後 】
「いやはや、現世のヒュドラも美味なものだったな! 」
「……お姉さんが喜んでくれて、ボクも嬉しいよ」
魔蛇を食したルリアたちは渓流を越え、更に深く探索を続けていた。
「ふーむ、なるほど。思いの外、渓流を越えてから先ほどから魔獣の気配は絶えないな」
「そんなに獣の気配がしてるの? 」
「うむ。正直持ってきた包丁だけでは心もとないくらいにはな」
ルリアは右手に握り締めた包丁を見つめて言った。
「そ、それなのに奥に進んで大丈夫なの? 」
「本当に危険なら引き返すさ。もう少しだけ進んでみよう」
「う、うん」
ルリアは臆すことなく、ドンドン先に進んでいく。
ラファエルはそんな彼女の後ろ姿を追いながら考える。
(……お姉さんって、どんな風に生きて来たんだろう)
彼女の身体能力、状況判断力やサバイバル知識など、生半可ではない。
過酷な古代戦争時代、どうしてルリアほど美しい女性が女騎士の道を歩み、どのように生きて来たのかが気になった。
「ねえ、お姉さん」
「どうした? 」
「お姉さんは、騎士団として戦争で戦ってたんだよね」
「……そうだな」
「どうして戦うことになったの? どんな時代だったの? 」
普通は躊躇してしまう質問だろうが、ラファエルは子供らしく好奇心旺盛に尋ねた。
「ふむ。どうして私が騎士団なったかを聞きたいのか」
「あっ、でも話をしたくないんだったら、全然大丈夫だから! 」
「ハハハ、別に話しづらい事でもない。簡単なことだ」
ルリアは足を止め、振り返り、ラファエルの額を人差し指でチョンと突き、言った。
「丁度、キミくらいの頃か。私が居た村を魔族に襲われて親を殺されたからだ」
「えっ!? 」
「ああ勘違いするな。私の時代には珍しい事じゃなかったんだ」
「で、でも! 」
「それが当たり前だった。むしろ私の同年代の知り合いには、親の居る子供のほうが少なかったくらいだ」
「みんな、魔族に殺されちゃったの……? 」
「その通りだ。大人の大半は兵士として死に、村や集落でも魔族に襲われて殺された」
「……そんな時代だったんだ」
「人と魔族が星を二分して戦った大戦争だ。互いを本気で潰し合い、互いに総力戦だった」
あまりにも凄惨に満ちた戦争。
しかしルリアは「当たり前だった」という言葉通り、さも当然のように話した。
「私は親を失った後、そういった子供たちの面倒を見るために世界各地に配置されていた孤児院に移り住んだ。そこで魔族と戦う組織だった王国騎士団と出会い、私は親の仇のために騎士団に志願したんだ。血の滲むような努力をして前線に参加してからは、色々な戦場を駆け回ったよ」
そこで私の直属上司だったのがミュール大佐だ、とも説明した。
「す、凄い……。それで、お姉さんはどうしてボクと出会った時にボロボロの布切れだったの? 」
「アレは少し前にも説明したと思うが、下手を打ったんだ。魔族の罠に嵌まってしまい、捕まってしまってなあ」
「捕まった!? 」
「ああ。地下牢に捕虜にされた。今でも思い返すとハラワタが煮えくり返る。アトラスのヤツめ……」
その話になった途端、ルリアの背中からもわりとした怒りのオーラが漂い始める。
「アイツが私たちの計画と作戦を攻め込む陣地に漏らしていた。おかげで魔族に敗北した挙句、アイツは地下牢で私に貞操の強要を……。衣服を剥がされかけ、どうにもあんな場所で私は全てを散らすのかと……って、おっと」
……これ以上の話は、子供にとって危うい。
咄嗟に話を切り上げた。
「ま、まあこういう話だ。そういう時に生きていれば、嫌でも強くなってしまうものなんだ」
「そっか。お姉さんの強さの秘密が分かった気がする」
「過酷な地では虫も食べて生きて来たからな。色々な知識も蓄えられたさ」
「虫……」
「うむ。意外と虫食はポピュラーなんだぞ。そのうち機会があったら食べような! 」
「……き、機会があったら」
蛇もそうだったが、さすがに虫を食べるという発想は無かった。
しかし、否定も出来ない。
彼女は楽しそうに説明するし、初めて食べた蛇肉が、あれほど美味しいものだと知らなかったからだ。
見た目などの先入観で否定するより、まずは経験を積むことが大事だと思った。
「……と、言っている間に。ホラ、面白いものを見つけたぞ」
「えっ、虫! 」
「違う。キノコだキノコ! 」
ルリアは喜んだように腰を下ろして、樹木傍に映えていた茶色いキノコを毟り取った。
「食べれるキノコなの? 」
「これはヒラタケだな。秋から春にかけて採れるはずの季節外れだが、食用だぞ」
『 ヒラタケ 』
秋から春にかけてシーズンとなるキノコである。
濃厚な香りと肉厚で締まった身は歯ごたえ充分、淡泊な味わいはどのような調理方法でも美味しく食べることが出来る。
「美味しいぞ。だけど、たまたま湧いた所為か量は少ないが」
それでも貴重な食糧品には変わりは無い。
余すところなくキノコをちぎってはリュックに放り入れた。
「よし。思いがけない成果だったが上々だ。今日の所はこれくらいにしておこうか」
「帰るってこと? 」
「タイミング的には丁度良い。この辺で進むのを止めようと思っていたからな」
進むべき道の先は、今まで広葉樹と針葉樹で成っていた視界の良さが一転し、森がザワつくような異様な雰囲気と、明らかに強い魔獣の気配が漂っている。これ以上、今の装備で進行するのは危険だと判断した。
「さっき言った通り、ここから先では包丁一つでは心もとないからな」
「強い魔獣がいるってことだね」
「正直、この森を少し舐めていた。気配で察せるくらい、ここまで強い魔獣がいるなら最低でも鉄剣が必要だった」
「剣……。鉄の剣? 」
「そうだな。ただ鉄剣は早々安いものじゃないし、今の私たちでは手に入らな……」
「あるよ! 」
ラファエルはルリアの言葉を遮るよう言った。
「な、なに。鉄剣があるのか? 」
「うん。お母さんとお父さんの使ってたのが、お家にあったと思う」
「そうか、キミのご両親は冒険者だったか! 」
「たしかね、お母さんたちが寝ていたベッドの下に置いてあった気がする」
「私が借りているベッドか。それが本当なら、もっと深部にも行くことが出来るな」
「じゃあ取りに戻ってから、すぐに出直そうよ」
ラファエルは言ったが、何故かルリアは首を左右に振った。
「駄目だ。今日は帰宅したあと、そのまま家で休む」
「え、どうして? まだ時間はあるよ」
「どうやらキミの体力が限界らしいからな」
ルリアがラファエルの額に手のひらで触れると、予想以上に熱を持っていた。いくら水分を小まめに取っているとはいえ、これ以上の進行は危険だと判断したのだ。
「あっ、ごめんなさい。ボクのせいで……」
「気にするな。明日も明後日も時間はある。ゆっくり成長して、のんびりと生きていこうじゃないか」
「うんっ、ありがとうお姉さん」
「よし、それじゃ今日は帰ろう。お母さんたちが使っていた剣も一緒に見てみよう」
探索や冒険は引き際が肝心だと心得ているルリア。
心の底では進みたいと思っていても、その気持ちを堪えて帰路についた。
……そして、自宅についた後。
一休みをしてからの夕刻、二人は両親のベッド下から、鉄剣の仕舞われているという箱を引っ張り出す。
「ゲホゲホッ、随分と埃っぽいな」
「ごほっ! ほ、ほんとだ。ずっと使っていなかったからだね」
「錆びていないと良いが……どれ、とりあえず開けてみるか」
箱は木製で、上部が楕円形になっている、いわゆる宝箱型。
くすんだ金属のパッチを外し、箱を開く。
するとそこには、冒険衣服を始めとした様々な冒険用具が詰められていた。
「ほお、これは……」




