10.蛇肉
「な、なんかビクビク動いてるけど、生きてるんじゃないの! 危ないよ、お姉さん! 」
「安心しろ、もう死んでいる。これは脊髄反射の運動に過ぎん」
ヒュドラは双頭種。
一つの体に二つの頭を持ち、普通は片方の頭を切断したところで死にはしない。
だが、その元となる肉体を叩けば絶命させることが出来ると知っていたルリアは、飛び出したところを頭部が二つに分かれる枝部分から真っ二つに切り裂くことで、一瞬のうちにヒュドラの命を絶っていた。
「死んでると言っても、頭は残っているし反射で噛まれたら死ぬぞ。片方の頭には近づくなよ」
「ち、近づけないよ! 」
「それなら良し。じゃあ、ちょっと待ってろ」
ルリアは手に持っていた片頭を岩場に叩きつけ、その上から包丁でズンッ! と頭部を弾き飛ばす。そのあと、もう片方の頭も同じように切断すると、それをボールのように蹴り飛ばし、川から少し離れた場所に並べた。
「川に捨てると一帯が汚染されて魚が死んでしまうからな。毒のある頭部は大きい葉っぱで包んで土に埋める。あとは自然が分解してくれるはずだ」
近くの樹木から大きい緑葉をちぎり、ヒュドラの頭部を包むと、そのまま穴を掘って深く埋めた。
「そ、そうなんだ。じゃあ、頭の無くなった体のほうも埋めるんだよね、手伝うよ」
「……まさか。埋めるわけがない」
「えっ。じゃあ、それはどうするの? 」
「おいおい、愚問だぞ。そろそろお昼時だったし、丁度良いだろう」
「……ウソだよね? 」
ラファエルは目を点に、口を半開きにする。
「ヒュドラの毒は頭部だけで内臓と肉には無い。それに中々の美味なんだぞ」
「で、でも、生のままは食べれないでしょ。なにも用意していないし! 」
「そんなもの、いくらでも準備は出来るから安心しろ」
ラファエルは「そういう事じゃない」と突っ込みたかったが、その隙も無く、ルリアは手際よく準備を進めてしまう。
「この数日の天候が乾燥していたおかげか、近くの木々は乾いているものがあるようだ。点火するのは私の火魔法で充分。ヒュドラの処理もそう時間が掛かるものではない」
毟った木の皮や折った小枝を集めて火魔法で点火する。それが燃え上がる合間に、蛇の処理を進める。
「頭部を跳ね飛ばした際に血抜きは終わっている。だから、肉を軽く水洗いして内臓をサクっと取り出したら、あとは……」
はむっ。
ヒュドラの端っこを口に咥えた。
「ええええ、何してるの、お姉さんっ!? 」
「ははへふは。ひへひほ」
ヒュドラを口に咥えたまま、皮の端を両手の指差で摘まむ。そのまま思い切り真下へ引っ張った。
すると、ペリリッ! と、軽快な音とともに、ウロコを被っていた皮が一気に剥がれ落ちた。
「うわ、すごっ! 」
嫌がっていたラファエルも、その気持ちの良い光景には少しばかり興奮した。
「ふふ、どうだ。毒を持つ固体なら手間がかかるが、さっきも言った通りヒュドラの頭部以外に毒は無いし、コレが一番早い。それに、こんな姿になれば大分マシだろう? 」
皮の剥いたヒュドラを見せつける。皮の無くなったヒュドラは紫色の毒々しい姿とは真逆で、真っ白で、プルプルと柔らかそうな肉の身をしていた。
「た、確かに見た目はマシだけど……」
「もう一本も終わらせる。そしたら直ぐに焼くからな」
さっさともう一本のヒュドラの身も同じように水洗いと内臓を取り出して、皮を剥いだ。そして、処理を終えた二本のヒュドラを、焚火に直接投げ入れた。
「そのまま投げるのーっ!? 」
「面倒だからな。新鮮な蛇の身は刺身でもイケるが……そっちが良かったか」
ラファエルはブンブンブン、と何度も首を左右に振った。
「なら、もうすぐ焼けるぞ。……ほら、ヒュドラは肉厚だけど意外と火の通りも早いんだ」
ルリアは近くの太い枝を拾って、ヒュドラの身を炎から掬い上げる。その身はより白身を帯びて、まるで蒸した魚のような肉感になっていた。
「ほ、本当に火が通ってるみたいだけど……けど! 」
やっぱり、見た目は蛇のソレであった。
「アツアツが旨いんだ。ほら、この葉っぱを皿代わりにしてかぶりつくと良い」
近くの樹木から葉をちぎり、蛇肉を乗せる。それを満面の笑みでラファエルに手渡した。
「わ、わーい……嬉しいな……」
本当なら遠慮したいところだが、ルリアは「早く食べてみろ」と言わんばかりに目を輝かせる。




