1.不運な転移
―――時はM.C2087年。
世界五大陸の一つ『 イーストフィールズ 』領に属する小さな町、カントリータウン。
緑の山々に囲まれたこの町は、大自然の恵みによって活かされる静かな田舎町である。
そして、この物語は、そんな自然豊かな田舎町の更に外れ、森に囲まれた一軒家から始まる。
「お父さん、お母さん……」
ボサっとした黒髪に、荒れた布の服を身に着ける少年、ラファエル。
今年で十を迎えたばかりの彼は、この田舎町で、文字通りの孤独であった。
先月、両親が流行り病で亡くしてからというもの、残った食糧と川の水を啜り生き長らえてきたが、それも限界であった。
「お父さんとお母さんに会いたいよお……っ」
そんな彼の人生は、自宅の倉庫で見つけた『 在る書物 』により大きく揺れ動く。
それは、かつて冒険者として活躍していたラファエルの両親の遺品である『 魔法術 』に関する一冊の本。
「でも、もうすぐ会えるから……」
両親が遺した魔本には、幼きラファエルにとってあまりにも魅力的過ぎる言葉が描かれていた。
「てんせいじゅつ……」
転生術。
死したモノを再びこの世に生を呼び覚ます秘術の一つである。
何故ラファエルの自宅に、このような魔本が眠っていたのかは分からない。
だが、今のラファエルには、秘術とも呼ぶべき、この魔本に頼る他は無かった。
「よおっし、やるぞぉ! 」
ラファエルは、魔法術の勉学に励んできたわけではない。故に、魔本に描かれていた情報を見よう見真似で作り上げた。
万年杉の粉で描くはずの魔法陣は炭屑で拵え、足りない魔力を補うために地元の錬金術店に並ぶ安い魔力回復栄養ドリンクを近くに置いたり、どうにか何とか試行錯誤の末に形にはなった。
「すうっ……」
息を深く吸い、魔本を左手に持ち、ひらいた右手は魔法陣に向ける。目を閉じると、小さな声で、魔本に書かれた魔法呪文を読み始めた。
「えーと、月の満ち欠けのようにうがる声……じゃない、唸る声、その血を捧げます……じゃないや、その血を捧げる! んと、命のこどう? が、花開くよう奇跡の声……」
十歳を迎えたばかりの彼にとっては、中々どうして呪文は難しい。何度も読み間違えはしたが、勉強した成果はあり、何とかこれも形になる。
―――そして、いよいよ。
魔本に倣い、全ての呪文を唱え終える時。
刹那、ラファエルの人生において、新たなる運命の扉が開かれる事となる。
「……例え光が失われても、全てを捧げる事を誓う! さあ、僕の命に答えて、オロバス! 」
詠唱の終了、と同時に自らの魔力を解放する。しかし魔法に乏しいラファエルは、魔力回復の栄養ドリンクを魔法陣に振り撒くことで、それを補った。
傍から見れば、あまりにも稚拙が過ぎる儀式。普通ならば、このような儀式が叶うはずも無かった。ところが、ラファエルの強い想いが天に通じたのか、とある奇跡が起こる。
それは、栄養ドリンクを魔法陣に撒いた瞬間のこと。
魔法陣が蒼く輝き出し、倉庫の室内を眩く照らしたかと思えば、ラファエルが気づいた時には、魔法陣の中心に、在る女性が立っていた―――。
「む、ここは……!? 」
困惑した様子の彼女は凛とした顔立ちにサラリとした銀髪を靡かせ、透き通るような白い肌と、目を惹くバストと魅惑の腰つき。その容姿は美しいの一言。
……だが、何故かその服装は、破れかけたみすぼらしい布の服を身に着けていた。
「……? 」
困惑する彼女の名は『 ルリア・アルバトロス 』。
格好はみすぼらしいが、何を隠そう、彼女は数百年前の世界に生きた先鋭騎士団の女騎士であった。
それが、現世。
ラファエルの稚拙な儀式が偶然を呼び、過去の世界より"時空転移"をしてしまったのである―――。
「一体、何が起きたのだ……。ここは一体……」
………
…