Ⅰ―④
お茶会続き
精霊信仰を軸とするサングスベルトには、いくつか建国から続く伝統があるのだが『精霊のお守り』というものはその一つだ。
またの名を『精霊に愛されし人』、という精霊のお守りはざっくり言ってしまうと精霊を祀る国中の神殿のトップ、それに加え精霊を信仰するものの代表なのだそうだ。
あくまで人づての情報であるのは、当のレイラも四年前に精霊のお守りに選ばれたと突然神殿から知らされたきり色々門外不出なことがあるという理由により、何も教えてもらっていないからだ。神殿からは成人の儀が済んでから詳しいことを教えると言われている。
こんなに情報をもらえていないのに不安にならない人はいないのではないだろうか、とレイラは思った。
そんな様子をみて慈しむようにローゼリアは優しく微笑む。潤んだ青色の瞳は細められ、なんとも色っぽい。が、正面からその目を見つめるがその奥の真意はよくつかめない。
「何が心配?精霊のお守りのお仕事?」
形のよい顎に人差し指を軽くそえながらローゼリアは尋ねた。そうやって尋ねれば丁寧に自分の考えをまとめられることを知っているローゼリアだからこそ、レイラは安心してなんでも相談できるのだ。
お茶をゆっくり飲んでから待ってくれているローゼリアに自分の考えを伝えてみる。ゆっくり、ゆっくり時間をかけて。相手がどう印象を持つのかも考えて。
「あの、、私、すごく世間知らずな娘なんです。すぐ思ってることを言ってしまうし。だから、だから私が何か問題を起こしてしまえば父様にも迷惑がかかってしまう、でしょう?それが怖いのです。もっとも、問題を起こさなければいい話なのですが」
ずっと考えていたことだ。
自分の父であるクロウ卿が普通の人ではないことは、あまり会わないレイラでも分かる。直接聞いたわけではなく、ローゼリアとの会話や少ない時間の中での父娘の交流から感じる多忙さには国の重鎮、その言葉がふさわしい。
父はこの国の未来をつくる人なのだ、今までどれだけ努力をしてきたのだろうか、どれだけ辛いことがあったのだろうか。あの背中には考えられない程の責任とプライドがのっているのだろう。それを、世間知らずで無鉄砲な自分がすべてをぶち壊す可能性があるのだ。大切な人に迷惑をかけるのはきっと苦しくてつらいだろうから。
だから、きっと怖い。だから、怯えている。
「あなたはいつも他の人のことばかり考えているわね、レイ。大丈夫よ、シュベンツは。あの人は力を持っているのだから」
茶目っ気たっぷりにローゼリアがウインクして少しばかりレイラの気が晴れた。テーブルにおいた、白く滑らかなレイラの手をとったローゼリアはさらに安心させるように擦る。
(父様のことを名前で呼ぶくらい親しいローザ様がいうくらいだもの。私があれこれ不安がることもないわ。それのほうが父様に迷惑がかかるかもしれない)
レイラは無理やり自分の考えをまとめて笑顔をつくる。ひくひくと口角が小刻みに震える。うまく、笑えているだろうか。
ローゼリアは慈愛の笑みをよりいっそう深め、繋いでいた手を離すとクッキーを優雅につまみ上げながらレイラに話題をふる。
「そうなるとベルザ=ファノールに引っ越すことになるのかしらね」
急な話題変換だが、意味のない沈黙を嫌うローゼリアと長い付き合いになれば自然と馴れてくる。
レイラはお茶をこくりと飲んでから首を傾げた。
「やっぱりそうらしいのです、私は転移魔法で移動しても全然問題はないのですけど」
魔法と共存するこの世界では、日常生活で魔力を使うことが多い。その一つが転移魔法だ。少ない魔力でも使いこなすことができる転移魔法は、魔法に触れ始める小さい子が上級編として練習するらしい。
レイラの得意な魔法の一つも転移魔法で、通常一人しか転移させることができないのにレイラは一回で大人一人、あと森の動物多数を運べるのだ。これは何年が前に試したものだから今はもっと運べるのかもしれない。
そういうわけでレイラの中では塔から毎日神殿に転移魔法で出勤する計画だった。
だがしかし、神殿に打診したところ何か一人の時にあったら困るから、という何ともシンプルな理由で提案は突き返されてしまった。
その結果、結局成人になるのをきっかけにクロウ卿のすむ王都の屋敷に移ることになったのだ。
(あの時、父様が何故か神殿にどうしてもダメかと何回も相談していたのよね。よっぽど私をここから出したくないのね)
「私も詳しく仕事の内容は知らないけれど、日中は神殿と城を行き来したり、下に降りて平民の方々のもとを回ったり、各地の神殿回ったりで何かと忙しいみたいよ」
めちゃくちゃ詳しいではないかという突っ込みは取り敢えず置いておこう。ローゼリアはすごい人脈をもつ女性なのかもしれない。
ローゼリアと話すたびレイラはこのご婦人のことをあまりにも知らなすぎると感じる。自分の知る限りでは一番喋る人間のはずなのに。だとしても困ることはないのだが。
「はあ、できるかしら私に」
思わずため息をつくと焦った精霊がせかせかとレイラを慰めるため部屋中に色とりどりの花びらを散らしてしまった。
『ごごごめんねええ~!風の精霊助けてえ~』
『土の精霊がやらかしたぞー!』
『抜け駆けしたからだ~!レイはみんなで喜ばせるの~』
『うるさいなあ、静かにしててよ』
『あああ水の精霊がなんかやな感じ』
『何だと、黙れ火の精霊』
「大変だわ。精霊様、落ち着いてくださいな!吹け!」
危うく部屋中が花びらまみれになり、からの精霊同士の口喧嘩。最後はレイラが風魔法を使って片付ける。ローゼリアとのお茶会でこれが起こらない日はない。
という一騒動を挟んで二人でもう一度落ち着いて椅子に座るとローゼリアは慣れたように仕切り直した。
「シュベンツの娘なのだからできるわよ、それに私の娘のようでもあるし。にしても相変わらずねえ、精霊様も」
何を言うのか、ローゼリアには子供がいるようには見えない。染みもシワもない肌や健康的な体つきから年齢を推測するのは難しい。そう言えば、四年前から変わったところは、、、ない?
レイラはローゼリアの美貌から年齢を割り出すのはやめることにした。
「私は幸せ者ですわ。たくさんの方が傍にいてくださるのだから」
お手本のようににっこりと頬笑む。目元を下げ、口角は微かに上げる。少し首は傾げがちで。この笑い方がレイラの顔には刷り込まれている。ずっと前から意図的に使っていたように。
(また、うまく笑えないわ。なぜかしら)
ローゼリアは何故かほんの少し瞳を悲しげに翳らせるとすぐにテンションと声をあげた。
「それよりも~、今週の魔術師様はどうだったのよ~!」
魔術師様とはレイラが先生と呼ぶ人物なのだがローゼリアはこの話が大好きなのだ。キラキラと目を輝かせて手を組み、何かにつけてこの話を聞きたがる。
レイラもレイラで先生のことをとても尊敬しているし、少女のようなローゼリアを見られるので悪い気はせず、つい容姿や仕草をぺらぺらと喋ってしまうのだ。
「相変わらず格好いいです!」
「私も一度見てみたいわ、ローブを被っているのに格好いいっていうんだもの。気になるわ」
「う~んいつも週始めの日に来てくださるんですけどローザ様がこちらに来られないのでしょう?」
「お願いよう、レイ!私のために魔術師様をスケッチして下さいな」
「先生がやんわり嫌がるのです、いやあ本当に格好いいんですよ」
淑女のお茶会という名の女子会はローゼリアの帰るまで続いた。
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