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君の幸せを祈る  作者: 田中もぐ
4/5

Ⅰ―③

女子会です。




謎の訪問者、セルが来た日から二日後。何事もなく時は流れ、あたたかな昼間の光が微かに届く塔の中にはレイラともう一人、見事に洗礼された所作の女性がこじんまりとお茶会を開いていた。

お菓子を口に運んでは楽しげに会話をするこれは公式のお茶会ではなくあくまでプライベートなものだ。





いつも古めかしい分厚い大量の本が積み重なっているテーブルには、小さい子がお茶会ごっこをするように手の込んだ伝統的な刺繍のしてある布がかけられている。


その質のよい布の上には細やかな唐草模様が施されたロイヤルブルーとルビーレッドのティーカップ。例のごとく、父から送られてきた大量の茶葉消費作戦の餌食となったそれは、どちらも繊細な金色の薄い縁をしていてレイラのお気に入りなのだ。

そして乙女のお茶会に忘れてはいけない溢れんばかりのお菓子。クッキーにスコーン、ミニケーキ。周りには甘い香りが漂っている。



部屋のなかには神殿に現れる色とりどりのぼんやりとした光が浮遊していたが二人はさして気にしていないようだ。




「ねえレイ、何かあって?」



レイラがどれにしようか、とクッキーを品定めしているとふと、甘い大人の女性の声がかかった。とても美人というわけではないが、物憂げな垂れぎみな青色の瞳が人目を引くような雰囲気がその声の持ち主からやたら放出されている。




「え?いいえ、、何も?」


「嘘、いつもよりもぼけーっとしてるもの」



嘘をつくときに艶やかな銀髪を弄る癖はお見通しだと言わんばかりの眼光にレイラは思わず息がつまった。

さすがは自分の尊敬するレディ、と心の中で割れんばかりの拍手喝采だ。





普段白いシンプルなドレスを身に付けているレイラは、本日は淡い若葉色の生地に緑がかった黒いリボンでウエストがマークされた愛らしいドレスを着ている。大きい菫色の瞳によく合うこの丸襟のドレスはクロウ卿から贈られてきたもので、レイラの大事なドレスの中の一着でもある。



そして、数日前にセルが座っていたレイラの向かいの椅子には王都での流行を取り入れているらしいドレスを着たマダム。くすみがかったクリーム色の柔らかい布地には妖艶な薔薇の刺繍が黒い糸で大胆に施されてる。同じ黒色のレースを裾にあしらった落ち着いて、かつ色っぽいドレスはマダムによくお似合いだ。




「、、、ローザ様、お聞きしてもいいですか?」



「なあに、かわいいレイ」



ローザ――ローゼリア――様と呼ばれた貴婦人は花が咲くようにふんわりと微笑んだ。とても美人というわけではない、というのは語弊があるのかもしれない。このご婦人は人とは違う美しさがある。同性ですら目が離せなくなる魅力はどうやったら身に付くのだろう。色の薄いプラチナブロンドのゆるく結い上げられた絹の糸のような髪の毛にレイラはうっとりした。




(ああ今日もローザ様はお美しいわ!惚れ惚れしてしまう!いつか絶対スケッチのモデルになっていただきたい)



何を隠そう、ローゼリア夫人はレイラに淑女のマナーを教える先生なのだ。本日もマナー講座をきっちり午前中まるまる行い、それからのお茶会である。夫人曰く、昔からクロウ卿とは知り合いだったらしく白羽の矢が立ったのだ、と初めて会ったときおっとりと教えてくれた。


いつもゆったりと喋る様子から想像できないほどのスパルタ教育の甲斐あってかレイラは見事な淑女のマナーが身に付いた、はずだ。




(それにしても、どうしましょう。確かに今、セル様のことが気にかかっているのは事実だわ。でも、もしセル様が大きなお家の方でお忍びで遊んでおられたのならローザ様に言うのはやめておいたほうがいいわね。確かローザ様は公爵家の方だったと聞いたし、迂闊に喋ると貴族同士の問題になりかねないもの)




あの溢れ出る大人の色気で様々な男の人を「落として」きたのだろうローゼリアに聞いたらあの変なセルの態度の意味が少し分かるかもしれない、と考えていたのだが。


うーん、と数枚クッキーをつまみながら脳内で慎重に考えをまとむながらレイラは尋ねた。






「例えばの話なんですが、、、初対面の相手に失礼なことばかり言う人ってどう思いますか?」



ひどく真剣なレイラの表情に顔には出さず驚きながらもローゼリア夫人もスコーンを優雅につまみ、答えた。



「う~ん、そうねえ。失礼な度合いにもよるけれども、確かに社交の場でもわざと皮肉を言って相手に自分を印象づける荒業をする方がいないわけでもなくてよ、、、、ええ~、レイ、もしかしてそんな人にお会いになって?」



(す、鋭いわ!さすがローザ様!)



圧倒的ローゼリア信者のレイラはころりとセルのことを漏らしてしまった。何ともチョロい娘である。





「会ったというか、ばったり会ってしまったというか」



「やっだ~!どんな人?格好良かったの?美少年?歳はどのくらい?かわいかった?」




いつもおっとりと落ち着いた雰囲気をもつ夫人とは思えないほどの食いつき。はあはあと息が荒く、瞳が獲物を捕らえる肉食獣の目とそっくりだ。




「顔は、、、綺麗な方でしたよ。歳は、多分同じかその方のほうがちょっと上という感じでした」



「シュベンツとどっちが好み?」



「父様です」





食い気味で即答するとローゼリア、は相変わらずね、と苦笑した。




「まあとりあえず警戒するに越したことはないと思うわよ、お名前は伺って?」




「はい、セル、とだけ教えていただきました」





「、、、ああ、そういうこと」



ぱちり、大きく瞬きをしたローゼリアは深く息を吐いた。鬱陶しげに眉を潜めるその美貌を見るのは何とも珍しいことなのでレイラは頭の中で思案する。



(そういうこと、とはどういうことなのかしら?セル様のことをローザ様は知っているということ?やはり言ってはいけなかったのね、きっと。)



レイラは慌てて取り繕おうために口を開きかけたがそれより先に幼さのある声が次々とあがった。




『こわかった~』

『すっごい力だったの~』

『塔の中入れなかったよ~』




「あらあ精霊様、そうでしたの?」



複数の声はあのふわふわとした光からだ。ローゼリアの言うとおり、あれらは全て『精霊』である。精霊といっても属性や力の量などさまざまな種類に分類され、今、ここにいる精霊たちは分類の中でも祖とされている有名な種族である。この祖はすべての生きるものに命を吹き込む精霊で、祖がいなければ他の精霊が生まれることはなかったのではないかと精霊学の学者が提唱しているらしい。ちなみにサングスベルトはこの精霊を信仰している。





「そういえばあの時皆様が部屋にいなかったわ。だからあんなにしんとしていたのね」




精霊の声は持つ魔力の質が良ければ良いほど感じやすくなる。ローゼリアのように持つ魔力が少なくても声が聞こえるのがいい例だと言える。魔術の先生が言うにはレイラは質のよい膨大な魔力を秘めているらしく、そのためか毎日あちらこちらから精霊の声が聞こえていた。だからセルが来たときの異常な静けさに落ち着かなかったようだ。




『セル、こわい』

『もう来てほしくない』

『でも、水精霊は気に入ってた』





口々におしゃべりを始める自由な精霊の言っていることをきく限りセルは祖の精霊にあまり好かれない体質なのかもしれない、とレイラは思った。




「まあまあ、可愛い私のレイ。あまり知らない人に近づいてはだめよ?あなたになにかあったら私、ショックで倒れてしまうから」



クッキーを優雅に食べながらローゼリアは少し厳しい口調で嗜めた。




「分かっています、ローザ様。しかし変なのは父様ですわ。少し過保護すぎる気がするんです」




お茶で喉を潤すとレイラは頬を膨らませた。最近暇なときに絵を描きながら考えることがある、自分が森の奥にいる理由を。別に森の暮らしが嫌なわけではない。むしろきらびやかな世界よりは静かにここで精霊や花々と暮らしていきたいと思う。しかし、いくらクロウ卿が娘を大切に思っているとしてもこんな森の奥深くに住まわせるのはやりすぎではないだろうか。




「シュベンツはあなたを本当に愛しているのよ。あなたがもう、、、あんなことに巻き込まれないようにここに住ませているの」



二人の間に微かに重苦しい空気が流れた。すかさず気配りのお手本のようにローゼリアは話題をすり替える。



「シュベンツに会える時間が少ないから寂しいのではなくて?でももうすぐレイの成人の儀の準備が始まるでしょう?そうしたら会える時間が増えるわよ」


「ローザ様は私を子供扱いしすぎです。、、、成人の儀か、、、」


「あなたはいつもそう言うわね、それは『精霊のお守り』も関係しているのではないかしら?」


「ええ、そうなのです。私、そんな役目を全うできるのかと不安で」









ローザ様とのお茶会はまだまだ続きます。

が、田中が二週間ほど忙しい期間に入りますので次回は6月8日に更新いたします。

よろしくお願いします。

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