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君の幸せを祈る  作者: 田中もぐ
3/5

Ⅰ―②

サングスベルトの王都、ベルザ=ファノールにある古びた塔にレイラは一人で住んでいる。

王都のシンボルである白い華美な城の後ろにはもさもさとした巨大な森があって、その奥深くにひっそりと塔は建てられているのだ。


白い煉瓦だったのであろう側面は苔や蔦が絡み付いていて見るからに古い。ぐるりと円柱型のフォルムは二十人の大人が腕を目一杯伸ばして手を繋いで届くくらいの大きさ。上のほうではもう一回り広くなっている部分があり、そこはバルコニーとなっている。古びた木製の門は不穏な音を立てるしすきま風も笑えないくらい吹き込んでくるが、わりとレイラは気に入っている。自然いっぱいの塔の近くには誰かに教えたい美しい湖や花畑があるのだが知り合い以外誰ともあったことがない。





あったことはなかったのに。







*・*・*





、、、なぜか流れで見知らぬ人を家にあげてしまっていた。





だって、とレイラは心中で叫んだ。



(外で会ってしまったら流れで家に来ますか?と誘うのが正解ではないの!?)




純情なレイラの心臓は過労で千切れそうになる位働いていた。それはもうバクバクと。言い訳をするわけではないが生まれてから今までまともに同世代の男の子と喋ったことがないのだ。あるのは父、クロウ卿と先生、神殿に遣える方々という年季のはいった面々。さらに塔に一人で住んでいるので異性とのコミュニケーションの仕方がよく分からない筋金入りの箱入り娘っぷり。




淡い紫色とオフホワイトで統一された部屋の奥にはこじんまりしたキッチンがあり、そこからお茶の用意を持ってくるとガタガタと怯えながらおっかなびっくり準備をする。出してきたのはサングスベルトでも高価とされる茶葉。一度おいしいと絶賛したところクロウ卿が転送魔術で月一で送るようになり最近溜まりがちだったので、ここぞとばかりに消費させていただく。





「ど、どうぞ。お茶です」


「ありがとうございます」


「いえいえ」


「あなたは、、、」


「は、は、はい」


「あはは、初めの威勢はどうしたのですかクロウ嬢。そんなに怯えなくたって取って食べはしないのに」




追い討ちをかけるかの如く嘲笑うように声をかけてくる目の前の青年、セルは超がつくほどの美形。会ったばかりでなぜそんな態度を取られなければならないのか、とレイラはすでに涙目だ。




先程外で出会ったときは数十メートル離れていたが、近くでみると顔が人形のように整っているのがはっきりと見えてしまった。染みもない、傷も吹き出物などもなに一つ見当たらない。この完璧な美貌を前に思考が乱れるのも当然だといえる。





(ちちち近いし何だかよく分からないわこの人!!どうしましょう、どこを見ればいいのかしら。目の前を見ると神々しすぎて目が潰れてしまう!ああだめだわ、前が見れない!どうしましょうかどうしましょう!そうね、一回落ち着きましょう。草原を思い浮かべてみるのはどう?青い可憐なお花に青々とした草。ひらひら翔ぶ蝶々。澄んだ青空。あ~あ清々しいわ)





未知の生物が、いつも使っている古いテーブルに肘をついて自分を見つめているのだから思わず呆然と現実逃避をしてしまうのを許してほしい。




「クロウ嬢は絵を描くのが好きなのですか」



セルは挙動不審なレイラに気を使ってか長い指でテーブルにあった本の表紙をなぞりながら話題を提示してくれた。あら、意外といい人なのね、単純な思考回路はころりと意見を変える。



「はあ、、、ええ、そうなのです。日中やることがないときは外に出て花や湖の絵を描いています」



ぎこちなく笑みらしきものを試しに浮かべてみるも、相手の完璧な作り笑顔を前にあえなく撃沈。






塔の中は下から石造りの長い螺旋階段が続いていて、登り終え、重い扉を開けると広々とした一つの部屋が現れる造りになっている 。その薄暗い螺旋階段の途中の壁には油絵や水彩画、ペン画がところ狭しと並んでいるのでレイラの趣味が絵を描くことという推理になったのだろう。お見事、当たりだ。




「お嬢さんにしてはとても上手だと思いますよ、誰かに習ったりしたんですか?」




多分セルは嫌味のようなものを言ったつもりなのだろう。しかし侮るなかれ、超箱入り娘のレイラにはそんなもの通用しない。脳内で都合よく誉め言葉に変換しつつ少し照れながら口を開いた。



「いえ。独学で、と言えるような腕前ではないのですけれど」


「、、、それは、、、すごいね」


「ありがとうございます」


「、、、」


「、、、」







、、、ついにやって来た沈黙の時間。まだ出会って三十分もたっていない相手と何を話せばいいのだろうか、コミュニケーションスキルが底辺に近いレイラには検討もつかなかった。ただセルは不自然な程にこりと微笑んでいるのが違和感を感じる。すらりと涼しげな切れ長の瞳の奥を読むことをさせない、読ませないような微笑み方だ。現実味のない風景が広がっていることだけは定かである。



なにか話題はないかとキョロキョロと目を動かすがいつも暮らす部屋に何かがあるわけでもなく。



が、その沈黙を破るようにレイラがそっと言葉を発する。





「、、そういえば、なぜ、、、セ、セ、セル様はこちらに?ここへは身内以外滅多に来ないんですの」




ふと沸き上がる疑問をぶつけた。人の手の行き届かない、精霊が棲むとされている森の奥はお世辞にも整備された土地とは言えない。草は延び放題で虫も出る。レイラだって大神殿から家までは簡易的な転移魔法で移動するのだ。それなのにあんな大きな馬に乗って森の奥へやって来るなど、何か理由があったのだろうか。



「特に理由があったわけではないんです。私の馬の散歩に付き合っている内に鬱蒼とした森の奥へと来てしまったようで、そうしたら綺麗な花畑があったものだから」


「そうだったのですね。確かにあの花畑には魔術でつかえるような珍しいものもありますから魅力的ですよね」


「そうなのですか?例えばどんな?」




魔術に使う植物のことをふと漏らせば食いついてくる人がいることにレイラは驚いた。彼女の先生はいつも「最近のサングスベルトの人々は魔術に興味がないからいけないよね、悲しいことだね」と永遠に愚痴を溢すから聞き流されるとばかり思っていたのに。



さっきの不自然な笑みから少し和らいだ表情になったセルに驚きながらもレイラも自然な微笑みを浮かべた。



「ええと、治癒魔法で使うものでしたらユクレアの花やソイティアの花ですわね。ああ、前にファビル草も見たことがありますわ」


「へぇ、ファビル草が?あれはサングスベルトでは滅多にお目にかかれないのに」


「あのファビル草ですからね!私もびっくりして思わずお食事中の先生を召喚魔術で呼び出してしまいましたの」





さっきの感情の読み取れない目とは打ってかわって少年のようにキラキラした紺色の瞳で見つめてくるセルに年下みたい、という印象をもつ。そうしてしばらく時間も忘れて魔術の話が白熱する。



(なんだ、いい人そうじゃない。でもあまりお友達にはなりたくない感じの方だわ)




レイラはあまり人付き合いをする機会がないが人を見る目は父のお墨付きだ。裏表のある人、黒いものを抱える人の魔力を他より敏感に感じとるらしい。そしてこのセルという男、



(初めてだわ、こんなに真っ黒な人!腹黒というやつ?)




「何か言った?」


「いいえ、いいえ何も!?もしかしてセル様も魔力をお持ちなのでしょうか」


「ええ、まあ。あなたと比べると少ないですがね」


「ま、魔力量がお分かりになるの?」


「いいや、分かりません」




(何なのよこの人!)





レイラが心の中でセルを小指サイズに縮めたあとに魔術大辞典を上から落とすという妄想を終了させると同時に、目の前の男はアンティーク調の懐中時計を見て柔らかく微笑んだ。



「そろそろ時間のようだ。楽しかったです、」




そういうとセルは優雅にゆっくりと立ち上がった。

やはり立ち振舞いに気品が溢れており、どこかの貴族の子息なのだろう。



「あら、もうそんな時間なのですか」


「こう見えても多忙の身なのですよ」


「私、魔術の先生以外とこんなに魔方陣について議論したのは初めてでした、とても楽しかったわ」


「その魔術の先生とやらに会ってみたいところだけれどね」



そういうとセルはバルコニーに軽い足取りで向かい、満足気な笑みを浮かべる。長身で均等のとれたスタイルは惚れ惚れしてしまう。


「それではクロウ嬢、またあなたに会いに来ますから待っていて」


「、、、っへ?セル様っ?そこバルコニーですよ!?」



バルコニーに慌ててレイラが駆け寄って手を伸ばそうとするも間に合わなかった。後ろ向きに倒れたセルを見つけようと身を乗り出すと、


「転、送、、魔法、、、?はあああびっくりした」



そこにはもう美青年の姿も黒い馬の姿もなく、微かに魔術の力を感じる程度だった。



「不思議な人だったわね、なんだろう、、、何だか懐かしい気持ちになってる」



レイラは、夢見心地ね気分のままゆっくりとテーブルに戻ると、お茶会の用意を片付け始めた。


セル様は不思議くんなようですよ、皆さん。

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