迷いの学校
――2月23日――AM7:00
「ちょっと!起きなさいよ!」
「う~ん……」
京子のうるさい声を遮るように、布団を頭まで被せる。
「あんたねぇ……」
ゴミを見るような目で、京子は僕の布団を暴力的に剥がし、布団が空を舞う。
すかさず、カーテンと窓をガバっと開ける。
冷えた空気が――朝の光が、部屋に差しこむ。
「もうご飯作ってあるから、早く下りてきてよ!」
怒りのままに吐き捨て、リビングへと消えた。
まだ、寝ていたい……。
昨夜の戦いの疲労は想像を絶するものだった。時計使用の体力消費は理解していたが……。
3時間しか寝る時間が無かったのは想定外だった。
それも全てあの女のせいで……。
「あの女って誰のことかしら?」
その声は、京子ではなく。時計から発せられた、まさに「あの女」の声であった。
昨夜、彼女とペアになったことで、いつでもどこでも、時計を介した会話ができるようになったのだ。
うっかり、心の声が彼女に届いてしまったようだ。
彼女の名前は「作真美優」――僕よりひとつ年上の高校3年生。
真っ黒な髪に、雪のように白い肌。
彼女が今、何をしているかはわからないが、どうせ、豪華なテーブルに腰かけ、優雅に紅茶でも飲んでいるに違いない。
なにせ彼女は、たっぷり寝ているからな。余裕綽々なわけだ。
当初、咲夜は、作真美優の能力を「ロボット」を操る能力だと勘違いしていた。
しかし、彼女の持つ力の本質は、「小型の人形」を操る能力。
そして、その力の強みは、人間としての作真美優が眠った状態でも、人形を操作して活動が可能――つまり24時間365日活動できるというわけだ。
重い体に鞭を打ち、リビングへ向かい、寝ぐせも気にせず、京子の正面の席に座る。
「昨日は早起きだったのに、今日は寝坊ってどういうこと?」
京子が眉間にしわを寄せる。
「あの女って言い方はどうなのかしら……、世界で一番美しい美優先輩って呼ぶように昨日教えてあげたわよね?」
時計から作真美優の声が響く。
本当にノイローゼになりそうだ……。
◇
儀式が始まってから二日目の学校――先を歩く京子について歩き、第二校舎の下駄箱を抜ける。
今日の朝は散々だった。京子と美優の二人と同時に会話を進める……そんなことを1時間近く続けたせいで、疲労はさらに増した。
京子と別れ、自分のクラスのドアを開ける。ホームルームが始まるが、疲れで話の内容が頭に入らない。
結局、上の空でホームルームを過ごしてしまった。一時間目は理科だ。
理科室に行かないと……。冴えない頭で移動しようとするが、途中で道に迷ってしまった。
「うっわぁ……まじかぁ……」
道を間違えるなんて、まったく情けない……。
同じクラスのやつに着いていこうと、キョロキョロと周りを見回すと、生徒が一人もいない。それどころか、どの教室からも声が一切聞こえないのだ。
「そういうことか」
自分が、誰かの能力に巻き込まれたことに気がついた。
近くの教室を覗き込む……だが、もぬけの殻だ。
「美優、そっちの状況はどうなってる?」
時計を使い、話しかける。
「美優先輩って呼びなさい。状況って何のことかしら?」
「一瞬で、生徒が全員消えた……いや、消えたのは僕の方かもしれないが……何かわかるか?」
「……いや、わからないわ、というか私、今日学校サボりだしね」
学校をズル休みしている美優のことも気になったが、それは後回しだ。
とにかく、この状況を何とかしよう。
「私は学校にいないけど、人形なら第一校舎を巡回させているわ。特に目立った異常はないわよ、普通に生徒もいるわ」
僕がどこかに誘い込まれた……そう考える方が妥当かな……。
ん、なんだ……。
後ろから、コツンコツンという足音と、猛獣の荒い鼻息のような音が聞こえる。
「美優、また後で連絡するよ」
通話を切り、後ろを振り返る。
茶色い毛並みに、ねじれたツノ。
赤い瞳でこちらを見据えるその生物は――ギリシア神話の怪物、ミノタウロスであった。