仲間
深夜2時ごろ。
咲夜は、ロボットからの「手を組みましょう」という提案を受け入れることにした。
そのために、ロボットの部屋へと向かっている途中だ。
指定された部屋の場所は、高級タワーマンションの一室。
夕月駅前――商店街や大型商業施設が広がる、まさに街の中心部。
市に訪れる者のほとんどが、この夕月駅で降りる――市の入り口、玄関のような場所だ。
駅から3分の高級マンションって、どんだけ金持ちの家なんだ……。
そんなやつ生徒数4000人の博台学院にも早々いないはずだ。これから直接会って話さなくても、相手を特定できそうな気さえする。
今、咲夜は人間の姿である。セキュリティの関係で、部屋に行くにはエントランスを通る他ない。猫の姿でも入り口で番号を入力することは可能だが、余計な騒ぎを起こしたくない。なので、人の姿で部屋番号を入力し、ロックを解除してもらう。
エントランスを抜け、エレベーターを使い12階へ上る。
部屋の前までたどり着き、震える指でチャイムに指をあてる。
緊張はしてない……。いや、ありえないが、緊張をしていると仮定しよう。
理由はなんだ?戦いになる可能性があるからだ。
深夜に、知らない女性の自宅に行くくらいで心が波立つわけが……ないはず……多分。
ドアの前で棒立ちして一分経過。
「……」
自分の情けなさに頭を痛める。
何かを失ったわけでもないのに、失墜感に襲われる。
知らなかったのだ。自分がこんな臆病な人間だとは……。
しなびたキノコのように打ち沈んでいると、目の前の扉が開いた。
「え……あなたは何をしているのかしら……?」
ドアの前で萎れた咲夜を見て、彼女は困惑する。
「何もしていませんが、君がここに呼んだんだろ?」
「呼びましたけど、チャイム押しなさいよ……」
「……」
「まぁいいわ、中に入りなさい」
「……はい、お邪魔します」
玄関へと入り、リビングまで案内してもらう。
さすが高級マンションだ。目を見張るほど上質な空間となっており、窓から見下ろす街の光は美しく、初めて見る夕月市の光景に目をうばわれる。
「うわ……こんな風に見えるんだ……」
「ちょっと見とれていないで、座りなさいよ」
彼女はテーブルに腰かけ、腕を組んでいる。
「あぁ、すまない。少しはしゃいでしまった。でも、ひとつ疑問が解けたよ」
「疑問って何かしら?」
「リスクがあるにも関わらず、いとも簡単に自宅を紹介した理由だよ。この部屋は別荘なんだろう?物が少なくて部屋は片付いているけど、ほこりは溜まっていて、あまり生活感があるとは言えないかな」
「えぇ、その通りよ。ただ、儀式のために新しく買った部屋ではないわ。元々あった部屋を活用しているの」
彼女はニヤニヤと笑みを浮かべている。
僕は、彼女の正面の席に座る。
「それじゃあ早速だけど、時計の針を見せてくれ」
彼女の針は3本。そう聞いたからこそペアになろうと思い、ここに来た。
「あら、それよりも自己紹介が先じゃないかしら?」
「時計の針が先だ」
「はいはい」
やれやれといった顔で彼女は「現出」を発動させる。
彼女の胸に浮かび上がった夢見時計は赤色であった。
針の数は……確かに3本ある。
「よし、ペアになろう」
「あなたって現金な人ね」
「生き残るために徹底しているだけだよ」
お互いに「契約」を発動させる。
これは、ペアとなるために必要な過程であり、お互いが直接会っているときに「契約」を発動することで、正式に仲間となることができる。
ペアを組むメリットは複数ある。
① 協力して生存確率を上げられること
② 儀式に生き残れるのは1名ではなく、1組。つまり、ペアとは一緒に儀式を抜けられる。
③ 夢見時計を通して、お互いがどこにいても会話することができるようになる。それも、心で繋がり、音を使わずに会話できるため、盗聴の危険がない。
強力な制度であるがゆえに、その使用には制限がある。
① 互いの合意でペアを解消したとき、その二人は、その後4か月間、誰ともペアを組むことができない。
② どちらか一方の意思のみでペアが解消されたとき、その二人は、その後6か月間、誰ともペアを組むことができない。
③ ペアが死亡したとき、残された者は1年間、誰ともペアを組むことができない。
最後の制限は、二人を一蓮托生とさせるためのものだ。ペアが死亡することで残された者は絶大なダメージを負う。だからこそ、裏切りの抑止力となり、自分の命を担保する盾として機能する。
「契約」が成立した。
これで、僕と彼女は仲間だ。
「よし、帰ろう」
要件が済んだので席を立つと――
「ちょっと、あなた待ちなさい」
彼女はこめかみに青筋を立てている。
「何?僕、眠いから早く帰りたいんだけど……」
僕は、あからさまに嫌そうな表情を浮かべる。
「私、あなたの名前すら知らないんですけどぉ?」
「時計を使っていつでも話せるんだから、別に今じゃなくてもいいだろ……」
事実だ。今では授業中にでも情報共有ができる。
「せっかく、顔と向かって話しているんだから、今よ!さぁ、席に戻りなさい!」
今、何時だと思っているんだ……もう深夜の2時半だぞ……。
――苦虫を潰したような顔で自己紹介をした。
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