初戦・命を懸けた殺し合い
猫となった咲夜は、ロボット、ブリキ人形の2人を背中に乗せながら、学校前の坂道を見上げていた。
猛獣の叫びが夜の街に響き、地面を叩き付ける振動が大地を揺らしている。
音の場所は間違いなく学校のグラウンドだ。
戦闘が始まっていることも明白だ。
咲夜は二人を乗せ、坂道をゆっくりと進んでいく。
他にも時計使いがいないか、周囲への警戒も怠らない。
だんだんと音が大きく聞こえてくる。
「見えるところまで、近づいていいんだよね……?」
改めて2人に問いかける。
「あぁ、危険な戦場も恐れずに潜り込める……、それが遠隔操作のメリットだ。そういえば聞いていなかったけど、あんたの猫はどうなんだ?」
「能力は教えられないが、戦場に近づくことなら問題ない。対処する手段がある」
「そうかい……」
坂を上りきり、門の前まで辿り着いた。
門を抜け、噴水を目の前に右に曲がる。グラウンドはもう目と鼻の先だ。
第一校舎と第二校舎をつなぐ渡り通路。その下をくぐり、グラウンドに辿り着く。
「あわわわわわ……」
「トリケラトプスだな。そいつと戦っているのは……あぁ、朝礼のときのバカだ」
それは、恐竜と人間が戦うなんとも不思議な光景であった。
素手で恐竜と戦っている男は、朝礼のときに僕の前に座っていた男。
身バレが怖くないのか、堂々と質問をした男だ。
トリケラトプスはツノを突き刺すように、男に突進を仕掛ける。
しかし、そのツノは空を切る。
男が高く飛び上がったからだ。それも、建物の2階に達するほどの高さまで。
「男は身体能力を上げる力で、恐竜の方は、遠隔操作か自動運転ってとこだな」
ロボットはそう呟く。僕もそう思う。
「恐竜の主はどこだろう……君たちみたに自宅にいるのかな……」
「どうだろうなぁ、恐竜の操作に距離制限はあるかもしれないが……おそらく、そいつも家だろう」
男はトリケラトプスの突進にも余裕で対処している。男にとっては、おそらく、腕試しなのだろう。自分の能力がどこまで通用するか試しているようにも見える。
10分ほど経っただろうか、男は高く飛び上がり――右足をトリケラトプスの背中に強く振り下ろす。
肉体強化と重力の力で破壊力を増した蹴りは、敵を光の粒へと変えた。
見たところ、トリケラトプスは実際よりも脆いみたいだ。人間がくらえば致命傷の蹴りだが、あのサイズの生物なら耐えられたはずだ。
にもかかわらず消滅したのは、時計使いに作られたニセモノの生き物であり、本物の恐竜の頑丈さを再現できなかったのだろう。
戦いを終えた男は気が抜けたか、緊張が緩んでいるのが目に見える。
体に疲労が溜まったのだろう、肩をほぐすように回しながら、こちらに近づいてくる。
「わわっ、早く逃げるっぺよ!」
「落ち着け、バレちゃいねぇよ」
咲夜が隠れなければと思った瞬間であった。
グラウンドの端――学校を囲む草や木々の密集した暗闇から、一本の日本刀が弾丸のように飛ぶのを見た。
刀は男の背中を捉えて、そして、大量の血しぶきが空を舞った。
「……ッ!?」
僕たち以外にも観戦しているやつがいたのだ。
闇から姿を現したそれは、人間の形をしているが、目や口、耳などが付いていない。
真っ黒なスライムを、人間の型に流して固めて作られたような異質の生き物だ。
手、足、胴体、頭。体のいたる部分に刀が刺さっている。
だが、そんなことよりも問題なのは、そいつの首に着けられている時計が回っていることだ。
「来るぞ!!」
ロボットが叫んだと同時に、人型スライムの足に刺さった刀がこちらをめがけて放出される。
咲夜は瞬時に横へと緊急回避をする。背中に乗せた二人は宙に飛ばされ、咲夜は勢いよく地面を転がる。刀はさっきまで咲夜のいた場所を正確に通り、空を切った。
「速いな……」
時計が回転した時点で攻撃がくるとわかったから、今の一撃を避けることができたが……。
猫の姿では何度も避けることはできない、撤退しよう。
「解散だ!健闘を祈るよ!」
「あぁ、またなぁ!」
「うわあああああああ!」
3人は散り散りに駆ける。
「さぁ、誰を狙う……っ」
足の速さなら、猫に変身している僕が3人の中で一番速い。
ロボットとブリキは手のひらサイズのおもちゃ……、追いかければ十中八九捕まえられる。
速さだけで考えるなら、猫である僕を追いかける道理はないが……。
「まぁ、そんなに甘くないよね……」
どうやら人型スライムのターゲットは僕みたいだ。
一番、遠隔操作ではなさそうな――殺せそうなやつを狙おうってことだろう。
咲夜は「現出」を発動させ、首に時計が浮かび上がる。
そして、二つ目のオリジナル能力――戦闘用能力「夕立」の入力を始める。
「2針16層」のこの能力には、32の時刻と回転――その全てを正確に入力しなければならない。
人間や猫の姿から戦闘態勢に入るためのこの力は、最も重要な能力だ。
ゆえに、一週間の準備期間は「夕立」を素早く確実に入力するためのトレーニングを中心に取り組んだ。
人型スライムの時計が時間を刻む……。
「先に入力してみせる……っ!」
二人の時計が速さを競うように回る。
時計使いの戦いにおいて、入力の速さは生死を分かつ。
そして、咲夜は確信している――自分が誰よりも素早く入力できると。
儀式の参加者200人。どんなやつがいるかわからないが……。
それでも、咲夜は自分こそが最速だと自負する。
だから、咲夜は大きく跳躍した。
敵の入力速度は把握している。地に足つかず、宙を浮いた黒猫に刀を避けるすべはない――「夕立」の発動以外には……!
跳躍した咲夜は、「狙ってみろ」と言わんばかりに無防備な脇腹を晒す。
人型スライムは時計の入力が終わる間近――右手に刺さった刀の先をこちらに向ける。
だが、敵の能力よりも先に、黒猫の体に異変が起きる。
猫の体が黒い布のようにペラペラとなり、そして布は大きくなり、形を変えて、人間が着けるような黒いローブとなる。瞬時に、ローブの中から手足がでてくる。
放出された人型スライムの刀は、黒いローブから覗かせる右腕に握られた包丁――刃渡り20センチを超える重工な包丁に弾かれた。
驚いた人型スライムは、後ろへと跳躍する。
咲夜が発動させた「夕立」で変身した新しい姿は、空気を凍結させるような恐怖を身にまとっていた。顔は真っ黒な猫の形をした仮面で覆われ、体は漆黒のローブで隠されている。
「まさか、初日からこれを使うことになるとはね……。使うからには君には死んでもらう、その首の時計と、これまでの動きから予想するけど、君も僕と同じ変身する能力じゃないかな……?」
返答はない。会話することができないのか、する気がないのかはわからない。
人型スライムは体に刺さった刀を2本――強引に抜き取り、両手に持つ。
状況は一転したが、撤退の意思はないらしい。
勢いよく地面を蹴り上げ、距離を詰めにきた。
敵の時計は回転している……、また刀が飛んでくるが、今度は両手に握られた刀にも警戒しなくてはならない。
咲夜は微動だにせず、5つのポイントを注視する。
5つのポイント――それは、手に握られた2本の刀、射撃が予想される2本の刀、そして敵の時計の動き。
「夕立」で強化された動体視力をフル活用し、敵の動きを探る。
しかし、懐に入った人型スライムが繰り出した攻撃は「蹴り」であった。
不意を突かれ反応に遅れるも、左腕で防御する。
防御後の硬直、一瞬のスキを敵は見逃さない。
時計の入力が終わり、至近距離で刀が放出される。
「ぐ……っ、そっちは想定……内……っ!」
放たれた刀を包丁で弾く。
やつの体に刺さった刀はそう多くはない、どの刀が飛んでくるか予想は可能……!
刀を弾かれた人型スライムは、後方へと飛び――間合いをとる。
「よし……」
今の攻撃で敵の時計――針の動きを掴むことができた。
2本の針で10層。入力時間は4秒ほど。
時計動かしているときは、やはり、体の動きが鈍る。意識が時計に向けられるからだ。
僕は3秒で詰められる間合いを維持して、次に敵が時計を動かしたときに攻める……。
咲夜がそう考えていたとき、まさにチャンスが訪れる――敵の時計が回り始めたのだ。
いける……!
咲夜は風のように疾走する。
3層……、4層……、このままやつが時計を入力してくれれば……、入力を止めて両手の剣で迎撃してこなければ――僕の勝ちだ!
8層まで入力したところで、敵は気が付いた「間に合わない」と。
人型スライムは後ろに跳躍しつつ、右手の剣を振り下ろす。
「もう遅い!」
そして、咲夜の包丁は敵の頭を貫いた。
「ウオ……アァァァァ!!!」
予想通り、自分の刀を体に刺すのは平気でも、敵の攻撃は通用するらしい。
僕が「夕立」を発動させたときの敵の行動が、僕から距離を取ることだったから、倒すことができる……そう思うことができた。
スライムの体は星のように輝き夜を照らすや、光の粒となり悲しく消えた。
「…………」
トリケラトプスの時と違うのは、地面に夢見時計が落ちていることだ。
その時計は黒色だ――だが、しだいに色を失い透明になり、目の前から消え去った。
「時計が消えたってことは、本当の意味でやつを倒せたってことだよね……」
一人、ぽつりと呟く。
なんか、すっごい疲れた……。
これ以上「夕立」を維持することは難しそうだ。
「黒猫」を発動してコストの消費を減らす。
「ふぅ……」
素早く帰って寝たいところだけど、もうひと仕事だ……。
電光掲示板を見にいこう……。
僕が本当に敵を倒せているか、儀式の進行状況はどうなっているか確認したい。
危険は承知だが、もう少し頑張って情報収集をしよう……。
学校内には5箇所に電光掲示板が設置されている。
第一校舎から第三校舎、それから食堂と職員棟の入り口。
校舎の中に入らず見れる掲示板は、職員棟の入り口に設置されたやつだけだ。
もう戦う余力はないのでさっさと見て帰ろう。
猫の姿で中庭を走る。
「うっ……気持ち悪い」
変身能力で3つの体を何度も切り替えたせいで気分が悪くなった……。
目に映る景色、手足の間隔から何まで、五感の変化に酔ってしまったみたいだ。
「歩くか……」
のろのろとした足取りで、職員棟までたどり着く。
後ろ脚をたたみ、お尻を地面につけ、電光掲示板を見上げる。
この儀式で初日に死んだのは7人のようだ。
その内、2人の死者はこのように表記されている。
2月21日 AM12:02 「ユーザー79がユーザー165を殺しました」
2月22日 AM12:14 「ユーザー22がユーザー79を殺しました」
ユーザー22は僕のことだから、敵を倒すことができたみたいだ。
ホッとした気持ちと、人を殺めてしまった罪悪感が押し寄せる。
しかし、体力的にも精神的にも疲労した咲夜には、深く考えるほどの思考力も残っていない。
「帰ろう……」
そう思い、後ろを振り返ると――さっき別れたロボットがそこにいた。
「あなた、結構戦えるのね……」
そう言ったのはロボットだ。しかし、僕の知るロボットとは口調がかなり違う。
「見ていたのか……」
「当然でしょう?遠隔操作だから襲われても逃げる必要はないわ」
「……」
もちろん、力を見られることは想定内だ。
学校で力を使うからには能力バレは覚悟していた。
だからこそ、さっきの戦いで僕は3針の力を使わなかった。
本当に隠したいのは切り札だけ、それ以外は多少知られても構わない。
「悪いけど、僕はもう帰るよ」
そう言って立ち去ろうとする。
「待ちなさい。あなた、私とペアを組みなさい」
「……ペアの相手は慎重に選ぶつもりだ、君の能力がわからない以上は、ここで即答はできないよ」
「3針よ」
「……え?」
「私の針の数。どうかしら?3針は14人しかいないわけだから、出会う確率は低いわよ」
3本の針を持つ時計使い……。確かに好条件だ。
「それに、私はあなたの能力を見ている。敵にするよりは仲間にした方が利口じゃない?」
彼、もしくは彼女の言っていることは正論だ。
「わかった、ペアになろう」
「交渉成立ね」
「ところで、ひとつ聞いてもいいかな?君のその口調は?」
「私は女性よ。最初に合ったときに男性口調を使っていたのは特定されないため。機械音とはいえ会話するだけでも、性別や性格、口癖などが相手に知られるわ」
「なるほど、演技がお上手なのですね」
てっきり男性だと思っていたから、騙されたことに少しイラっとした。
「本題に入りましょう。直接会って手続きを踏まなければペアにはなれないわ。あなた、今から私の家に来なさい」
「冗談だろ?今日はもう疲れたよ……」
「本気よ。明日に伸ばす理由がないわ。嬉しいでしょ?女子高生の部屋に夜に入るなんて……いけないコトしてるみたいで素敵じゃないかしら?」
「どこかで待ち合わせするのはどうかな?」
「嫌よ。私は変身能力とかないから、今夜は一歩も外には出ないわ」
電光掲示板を見上げる。時刻は深夜の1時……涙が出てきそうだ。
「わかったよ、家まで案内してくれ……」
「案内はしないわ、小言で家の場所を教えてあげる。私は能力解除して消えるから、一人で来なさい。あ、1時間は市内をぐるぐる回って尾行を振り切りなさい。敵に住所バレたら殺すからね」
「ふざけやがって……」
肩を落とし、今年一番の大きなため息をつく。
だけど、今日の成果は計り知れないほど大きい。
何人かの能力を見ることができた、敵との戦闘も経験できた、ペアも見つけることができた。
――そして、人を殺した。殺さなければ殺される。これは生きるために必要なプロセスなんだ……。