表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見る時計と黒猫咲夜  作者: しきまゆ
第一章
6/29

初戦・命を懸けた殺し合い

猫となった咲夜は、ロボット、ブリキ人形の2人を背中に乗せながら、学校前の坂道を見上げていた。


猛獣の叫びが夜の街に響き、地面を叩き付ける振動が大地を揺らしている。

音の場所は間違いなく学校のグラウンドだ。

戦闘が始まっていることも明白だ。


咲夜は二人を乗せ、坂道をゆっくりと進んでいく。

他にも時計使いがいないか、周囲への警戒も怠らない。


だんだんと音が大きく聞こえてくる。

「見えるところまで、近づいていいんだよね……?」

改めて2人に問いかける。


「あぁ、危険な戦場も恐れずに潜り込める……、それが遠隔操作のメリットだ。そういえば聞いていなかったけど、あんたの猫はどうなんだ?」

「能力は教えられないが、戦場に近づくことなら問題ない。対処する手段がある」

「そうかい……」


坂を上りきり、門の前まで辿り着いた。

門を抜け、噴水を目の前に右に曲がる。グラウンドはもう目と鼻の先だ。

第一校舎と第二校舎をつなぐ渡り通路。その下をくぐり、グラウンドに辿り着く。


「あわわわわわ……」

「トリケラトプスだな。そいつと戦っているのは……あぁ、朝礼のときのバカだ」


それは、恐竜と人間が戦うなんとも不思議な光景であった。

素手で恐竜と戦っている男は、朝礼のときに僕の前に座っていた男。

身バレが怖くないのか、堂々と質問をした男だ。


トリケラトプスはツノを突き刺すように、男に突進を仕掛ける。

しかし、そのツノは空を切る。

男が高く飛び上がったからだ。それも、建物の2階に達するほどの高さまで。


「男は身体能力を上げる力で、恐竜の方は、遠隔操作か自動運転ってとこだな」

ロボットはそう呟く。僕もそう思う。

「恐竜の主はどこだろう……君たちみたに自宅にいるのかな……」

「どうだろうなぁ、恐竜の操作に距離制限はあるかもしれないが……おそらく、そいつも家だろう」


男はトリケラトプスの突進にも余裕で対処している。男にとっては、おそらく、腕試しなのだろう。自分の能力がどこまで通用するか試しているようにも見える。


10分ほど経っただろうか、男は高く飛び上がり――右足をトリケラトプスの背中に強く振り下ろす。

肉体強化と重力の力で破壊力を増した蹴りは、敵を光の粒へと変えた。


見たところ、トリケラトプスは実際よりも脆いみたいだ。人間がくらえば致命傷の蹴りだが、あのサイズの生物なら耐えられたはずだ。

にもかかわらず消滅したのは、時計使いに作られたニセモノの生き物であり、本物の恐竜の頑丈さを再現できなかったのだろう。


戦いを終えた男は気が抜けたか、緊張が緩んでいるのが目に見える。

体に疲労が溜まったのだろう、肩をほぐすように回しながら、こちらに近づいてくる。


「わわっ、早く逃げるっぺよ!」

「落ち着け、バレちゃいねぇよ」


咲夜が隠れなければと思った瞬間であった。

グラウンドの端――学校を囲む草や木々の密集した暗闇から、一本の日本刀が弾丸のように飛ぶのを見た。

刀は男の背中を捉えて、そして、大量の血しぶきが空を舞った。


「……ッ!?」

僕たち以外にも観戦しているやつがいたのだ。

闇から姿を現したそれは、人間の形をしているが、目や口、耳などが付いていない。

真っ黒なスライムを、人間の型に流して固めて作られたような異質の生き物だ。

手、足、胴体、頭。体のいたる部分に刀が刺さっている。

だが、そんなことよりも問題なのは、そいつの首に着けられている時計が回っていることだ。


「来るぞ!!」

ロボットが叫んだと同時に、人型スライムの足に刺さった刀がこちらをめがけて放出される。


咲夜は瞬時に横へと緊急回避をする。背中に乗せた二人は宙に飛ばされ、咲夜は勢いよく地面を転がる。刀はさっきまで咲夜のいた場所を正確に通り、空を切った。


「速いな……」

時計が回転した時点で攻撃がくるとわかったから、今の一撃を避けることができたが……。

猫の姿では何度も避けることはできない、撤退しよう。


「解散だ!健闘を祈るよ!」

「あぁ、またなぁ!」

「うわあああああああ!」

3人は散り散りに駆ける。


「さぁ、誰を狙う……っ」

足の速さなら、猫に変身している僕が3人の中で一番速い。

ロボットとブリキは手のひらサイズのおもちゃ……、追いかければ十中八九捕まえられる。

速さだけで考えるなら、猫である僕を追いかける道理はないが……。


「まぁ、そんなに甘くないよね……」

どうやら人型スライムのターゲットは僕みたいだ。

一番、遠隔操作ではなさそうな――殺せそうなやつを狙おうってことだろう。


咲夜は「現出」を発動させ、首に時計が浮かび上がる。

そして、二つ目のオリジナル能力――戦闘用能力「夕立」の入力を始める。

「2針16層」のこの能力には、32の時刻と回転――その全てを正確に入力しなければならない。

人間や猫の姿から戦闘態勢に入るためのこの力は、最も重要な能力だ。

ゆえに、一週間の準備期間は「夕立」を素早く確実に入力するためのトレーニングを中心に取り組んだ。


人型スライムの時計が時間を刻む……。

「先に入力してみせる……っ!」

二人の時計が速さを競うように回る。

時計使いの戦いにおいて、入力の速さは生死を分かつ。

そして、咲夜は確信している――自分が誰よりも素早く入力できると。

儀式の参加者200人。どんなやつがいるかわからないが……。

それでも、咲夜は自分こそが最速だと自負する。


だから、咲夜は大きく跳躍した。

敵の入力速度は把握している。地に足つかず、宙を浮いた黒猫に刀を避けるすべはない――「夕立」の発動以外には……!


跳躍した咲夜は、「狙ってみろ」と言わんばかりに無防備な脇腹を晒す。

人型スライムは時計の入力が終わる間近――右手に刺さった刀の先をこちらに向ける。


だが、敵の能力よりも先に、黒猫の体に異変が起きる。

猫の体が黒い布のようにペラペラとなり、そして布は大きくなり、形を変えて、人間が着けるような黒いローブとなる。瞬時に、ローブの中から手足がでてくる。


放出された人型スライムの刀は、黒いローブから覗かせる右腕に握られた包丁――刃渡り20センチを超える重工な包丁に弾かれた。

驚いた人型スライムは、後ろへと跳躍する。


咲夜が発動させた「夕立」で変身した新しい姿は、空気を凍結させるような恐怖を身にまとっていた。顔は真っ黒な猫の形をした仮面で覆われ、体は漆黒のローブで隠されている。


「まさか、初日からこれを使うことになるとはね……。使うからには君には死んでもらう、その首の時計と、これまでの動きから予想するけど、君も僕と同じ変身する能力じゃないかな……?」

返答はない。会話することができないのか、する気がないのかはわからない。


人型スライムは体に刺さった刀を2本――強引に抜き取り、両手に持つ。

状況は一転したが、撤退の意思はないらしい。


勢いよく地面を蹴り上げ、距離を詰めにきた。

敵の時計は回転している……、また刀が飛んでくるが、今度は両手に握られた刀にも警戒しなくてはならない。


咲夜は微動だにせず、5つのポイントを注視する。

5つのポイント――それは、手に握られた2本の刀、射撃が予想される2本の刀、そして敵の時計の動き。

「夕立」で強化された動体視力をフル活用し、敵の動きを探る。


しかし、懐に入った人型スライムが繰り出した攻撃は「蹴り」であった。

不意を突かれ反応に遅れるも、左腕で防御する。


防御後の硬直、一瞬のスキを敵は見逃さない。

時計の入力が終わり、至近距離で刀が放出される。


「ぐ……っ、そっちは想定……内……っ!」

放たれた刀を包丁で弾く。

やつの体に刺さった刀はそう多くはない、どの刀が飛んでくるか予想は可能……!

刀を弾かれた人型スライムは、後方へと飛び――間合いをとる。


「よし……」

今の攻撃で敵の時計――針の動きを掴むことができた。

2本の針で10層。入力時間は4秒ほど。

時計動かしているときは、やはり、体の動きが鈍る。意識が時計に向けられるからだ。


僕は3秒で詰められる間合いを維持して、次に敵が時計を動かしたときに攻める……。

咲夜がそう考えていたとき、まさにチャンスが訪れる――敵の時計が回り始めたのだ。


いける……!

咲夜は風のように疾走する。

3層……、4層……、このままやつが時計を入力してくれれば……、入力を止めて両手の剣で迎撃してこなければ――僕の勝ちだ!


8層まで入力したところで、敵は気が付いた「間に合わない」と。

人型スライムは後ろに跳躍しつつ、右手の剣を振り下ろす。

「もう遅い!」

そして、咲夜の包丁は敵の頭を貫いた。


「ウオ……アァァァァ!!!」

予想通り、自分の刀を体に刺すのは平気でも、敵の攻撃は通用するらしい。

僕が「夕立」を発動させたときの敵の行動が、僕から距離を取ることだったから、倒すことができる……そう思うことができた。


スライムの体は星のように輝き夜を照らすや、光の粒となり悲しく消えた。

「…………」

トリケラトプスの時と違うのは、地面に夢見時計が落ちていることだ。


その時計は黒色だ――だが、しだいに色を失い透明になり、目の前から消え去った。

「時計が消えたってことは、本当の意味でやつを倒せたってことだよね……」

一人、ぽつりと呟く。


なんか、すっごい疲れた……。

これ以上「夕立」を維持することは難しそうだ。

「黒猫」を発動してコストの消費を減らす。


「ふぅ……」

素早く帰って寝たいところだけど、もうひと仕事だ……。

電光掲示板を見にいこう……。


僕が本当に敵を倒せているか、儀式の進行状況はどうなっているか確認したい。

危険は承知だが、もう少し頑張って情報収集をしよう……。


学校内には5箇所に電光掲示板が設置されている。

第一校舎から第三校舎、それから食堂と職員棟の入り口。

校舎の中に入らず見れる掲示板は、職員棟の入り口に設置されたやつだけだ。


もう戦う余力はないのでさっさと見て帰ろう。

猫の姿で中庭を走る。


「うっ……気持ち悪い」

変身能力で3つの体を何度も切り替えたせいで気分が悪くなった……。

目に映る景色、手足の間隔から何まで、五感の変化に酔ってしまったみたいだ。

「歩くか……」


のろのろとした足取りで、職員棟までたどり着く。

後ろ脚をたたみ、お尻を地面につけ、電光掲示板を見上げる。


この儀式で初日に死んだのは7人のようだ。

その内、2人の死者はこのように表記されている。


2月21日 AM12:02 「ユーザー79がユーザー165を殺しました」

2月22日 AM12:14 「ユーザー22がユーザー79を殺しました」


ユーザー22は僕のことだから、敵を倒すことができたみたいだ。

ホッとした気持ちと、人を殺めてしまった罪悪感が押し寄せる。

しかし、体力的にも精神的にも疲労した咲夜には、深く考えるほどの思考力も残っていない。

「帰ろう……」

そう思い、後ろを振り返ると――さっき別れたロボットがそこにいた。


「あなた、結構戦えるのね……」

そう言ったのはロボットだ。しかし、僕の知るロボットとは口調がかなり違う。

「見ていたのか……」

「当然でしょう?遠隔操作だから襲われても逃げる必要はないわ」

「……」


もちろん、力を見られることは想定内だ。

学校で力を使うからには能力バレは覚悟していた。

だからこそ、さっきの戦いで僕は3針の力を使わなかった。

本当に隠したいのは切り札だけ、それ以外は多少知られても構わない。


「悪いけど、僕はもう帰るよ」

そう言って立ち去ろうとする。


「待ちなさい。あなた、私とペアを組みなさい」

「……ペアの相手は慎重に選ぶつもりだ、君の能力がわからない以上は、ここで即答はできないよ」

「3針よ」

「……え?」

「私の針の数。どうかしら?3針は14人しかいないわけだから、出会う確率は低いわよ」


3本の針を持つ時計使い……。確かに好条件だ。

「それに、私はあなたの能力を見ている。敵にするよりは仲間にした方が利口じゃない?」


彼、もしくは彼女の言っていることは正論だ。

「わかった、ペアになろう」

「交渉成立ね」

「ところで、ひとつ聞いてもいいかな?君のその口調は?」

「私は女性よ。最初に合ったときに男性口調を使っていたのは特定されないため。機械音とはいえ会話するだけでも、性別や性格、口癖などが相手に知られるわ」

「なるほど、演技がお上手なのですね」

てっきり男性だと思っていたから、騙されたことに少しイラっとした。


「本題に入りましょう。直接会って手続きを踏まなければペアにはなれないわ。あなた、今から私の家に来なさい」

「冗談だろ?今日はもう疲れたよ……」

「本気よ。明日に伸ばす理由がないわ。嬉しいでしょ?女子高生の部屋に夜に入るなんて……いけないコトしてるみたいで素敵じゃないかしら?」

「どこかで待ち合わせするのはどうかな?」

「嫌よ。私は変身能力とかないから、今夜は一歩も外には出ないわ」

電光掲示板を見上げる。時刻は深夜の1時……涙が出てきそうだ。


「わかったよ、家まで案内してくれ……」

「案内はしないわ、小言で家の場所を教えてあげる。私は能力解除して消えるから、一人で来なさい。あ、1時間は市内をぐるぐる回って尾行を振り切りなさい。敵に住所バレたら殺すからね」

「ふざけやがって……」

肩を落とし、今年一番の大きなため息をつく。


だけど、今日の成果は計り知れないほど大きい。

何人かの能力を見ることができた、敵との戦闘も経験できた、ペアも見つけることができた。


――そして、人を殺した。殺さなければ殺される。これは生きるために必要なプロセスなんだ……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ