3人の時計使い
一匹の黒猫が夜道を歩いている。
トリケラトプスと謎の霧からはかなり離れた。
改めて、学校へと向かう道を進む。
学校までかなり近づいている、あと10分もかからないだろう。
そんなことを考えていると、家の裏から不思議な声が聞こえてくる。
その声は、なんだか電子音みたいだ。
ロボットのような異様な声が気になり、忍び足で声の方へと近づいていく。
「お前はちょっと現実を見た方がいいぜ」
声の主の姿は想像したとおりのロボットであった。
手のひらに乗せられるような小型ロボットだ。白を基調とした丸まるとしたフォルムで、顔には大きな黒い目が2つ付いている。
ロボットと話している相手もまた人間ではない。
横にいるのは、ブリキ人形だ。
真っ赤な制服と帽子を身にまとっており、口元には立派なヒゲが生えている。こちらもロボットと同様に、丸まるとした可愛らしい体系をしている。
なるべく音を立てずに近づいたつもりであったが、いち早くロボットが気配を察知し、こちらを振り返り、それに反応したブリキ人形もこちらに気が付く。
「猫だっぺ!」
ブリキ人形が田舎くさい言葉で叫びを上げる。
「違う、猫じゃない、こいつは人間だぜ!」
ロボットは答えるや、すかさず戦闘の構えをとる。
人間であることを瞬時で覚られ、咲夜も驚き、瞬時に後ろへ跳躍し距離をとる。
「な、なんで人間なんだっぺ!?」
ブリキ人形は戸惑いながら疑問を投げかける。
「俺たちの姿を見えるのは能力者だけだ。一般人はもとい、動物にだって見えやしねえんだ。俺たちを見ていたことも目を見ればわかる」
不覚だ……、さっそく敵に覚られてしまった。
だが、このロボットとブリキ人形は戦えるのか……?
猫の姿で僕が言うのはなんだが、すごく弱そうだ。さっき見たトリケラトプスとは体の大きさが比較にならないほど小さい。
「待ってくれ、僕は戦いに来たわけじゃない。二人の声がしたから気になって見に来ただけなんだ」
「しゃべったっぺ!」
「俺たちと同じで、会話が出来るようだな」
僕の言葉を信じてくれたのかはわからないが、ロボットは構えを解いている。
しかし、ブリキ人形の方は目に見えて警戒している。
「君たちはここで何をしていたんだ?」
二人に質問を投げる。
「このブリキと少し話していただけで、特に何もしていないさ。情報収集のために巡回していたらこのブリキを見つけたんだ。あんたも俺たちと同じく探索していてここに辿り着いたんだろ?」
「あぁ、その通りだよ。学校に向かう途中で偶然、君たちの声が聞こえたから見に来ただけさ。ちなみに何の話をしてたんだ?」
好奇心で問いかける。
「くだらない話だぜ。このブリキは儀式なんて嘘で、どこかのテレビ番組のドッキリだとほざいてるから、お前のそのブリキ人形はどんな原理で動いているのかって聞いていたところだ」
「あ、ありえないだよ!こ、ここ、殺し合いだなんて……っ!こんな能力もただのトリックだっぺ!」
ブリキ人形は表情を変えずに叫ぶが、中の人間が顔を真っ赤にして、まさに怒り心頭に発していることが伝わる。
「そう思うのなら、儀式のことは忘れて、今まで通りの生活を送るのはどうかな?」
「よかったな、ブリキ!これで問題解決だ」
「オ、オラをバカにするなッペ!」
ブリキ人形は肘関節のない右腕を大きく振り回し、ロボットのこめかみを殴る。
「お、おい!暴力はやめろよ!」
短い腕で抵抗するも、ブリキ人形に押される形で二人とも倒れこむ。
ポコポコと鉄とブリキがかち当たる虚しい音が響く。
咲夜は二人の小競り合いを呆れ顔で観戦する。
「それじゃあ、僕、学校に行かないとだから……」
咲夜が早々に立ち去ろうとするや、ロボットが助けを乞う。
「ちょい待った、そこの黒猫!学校なら俺も行こうと思ってたんだ!このブリキをなんとかしてくれ!」
咲夜は少しだけ考え、渋々とブリキ人形を猫の前足で薙ぎ払う。
「ぶえ!なにをするんだ!」
ブリキ人形は背中から地面に叩き付けられ、すかさずロボットは立ち上がる。
「ブリキ人形さん、そのくらいにしておきなよ……。音を立てれば敵が来る。次は好戦的なやつが来ないとも限らない。冷静になりなよ……」
「……」
ブリキ人形は目に見えて怯えている。臆病な性格なのだろう。
こいつが儀式に巻き込まれたことは本当に不運に思う。だから、取り乱したことを責めるつもりはない。
「ロボットさんは、僕と一緒に学校に行く?」
「あぁ、一緒に行ってくれる奴がいると、少しだけ気が楽だからな」
「それじゃあ最初に言うけど、ロボットさん。あなたに危機が迫っても助けたりしないから、自分の身は自分で守ってね」
「殺し合いだからな、そりゃあ当然の話だ。時間が惜しい、さっそく出発しよう」
心ここにあらず……そんな感じで地面に座り込むブリキ人形。
「えーと、オラは……」
ブリキ人形は僕たちに着いて来るか迷っているらしい。
「おい、ブリキ。お前それ遠隔操作だろ?安全な自宅に引きこもって何ビビってるんだよ?」
「う、うん、そうだけど、お前もだっぺか?」
「当然だろ、こんな小さいしな」
二人の能力は遠隔操作か……。
変身能力の僕と違って安全な偵察ができるというわけだな。
この「黒猫」にも変身能力ならではの長所はあるが、他人の芝生は青く感じてしまう。
「どうするのブリキ人形さん?僕たちはもう行くから、すぐに決めてくれ」
「い、行くだよ!ひ、一人にされるのは嫌だ!」
決意が固まったらしい。ブリキは震えた足で立ち上がる。
「よし、出発しよう。君たち二人は僕の背中に乗ってくれ、その方が速く移動できる」
咲夜は、ロボットとブリキ人形を背中に乗せ、ゆっくりと歩を進める。
「うぎゃあ!」
バランスを崩したブリキ人形が、落馬……ではなく、落猫して、コンクリートを転がる。
「あら、大丈夫かな……」
ブリキ人形はよろよろと立ち上がる。その姿は、体の所々に小さなキズが付いており、塗装が剥がれ落ちている。まるで、子どもに遊びつくされた玩具のようだ。
咲夜はブリキ人形の元へ駆け寄り、声をかける。
「ごめん……、怪我はないかな?遠隔操作だから痛みとかはないよね……?」
つい、敵の体を本気で心配してしまった。
殺し合いの敵なのに……。
敵であることを頭では理解していても、とっさの言動には日常の素が出てしまうものだ。
ブリキ人形はおぼつかない足取りで京の目と鼻の先まで近づくと……、怒りのままに拳を叩き付けた。
「痛っ!?」
「歩くの下手くそだッペ!もっとゆっくりと歩いてけろ!」
「わ、悪かったよ、何も殴ることないだろ!」
咲夜は殴られたオデコを右前足の肉球でポムポムと押さえる。
一方のロボットは器用にしがみつきバランスを取っている。
「短気な野郎だ」
二人を尻目にロボットはぼそりと呟いた。