黒猫、夜を進む
PM 11:00
儀式が始まったその日の夜。
日中の学校は驚くほど穏やかだった。
儀の初日から、積極的に攻撃を仕掛けてくるやつを僕は確認していない。
4年間という長期戦を生き残るためには、初日から正体を晒すことはリスクが大きいからだろう。
朝礼で質問したバカを除けば、誰もが姿を潜めている。
だが、潜伏するだけでは生き残ることは出来ない。
ペアを組む必要がある以上、仲間探しは必須。それに、実戦経験も必要だ。
だから今夜は能力を使い散策しようと思う。
散策ルートには博台学院も含まれている。
学校は最もリスクが高い場所だが、だからこそ敵の能力を探れるかもしれない。
咲夜は部屋を抜け、玄関前に行くと深呼吸をする。
全意識を夢見時計に集中させる。
発動させる力は「現出」。
このペンダント型の時計を首に着けていることで、敵に時計の保持者だと知られてしまう。だから普段は、夢見時計は消えている状態、つまり、完全透明でこの世に存在しない状態にしている。
いわゆるオフの状態からオンに切り替えるのがこの「現出」の力だ。
「現出」は1本の針で表現する。
「1時-8時-6時……」
針を全部で5箇所の時間に合わせる。そうすることで「現出」は発動する。
1本の針で5箇所の時間合わせることを「1針5層」と呼ぶ。
針の動かし方にも指定がある。
時計回りと反時計回り、正しい方向へ回さなくては能力は発動できない。
正しい方向に針を回し、指定の時間を指す。
「現出」の力が発動され、夢見時計が姿を見せる。
これで他の能力も使えるようになる。というのも、夢見時計がオフの時に使える能力はこの「現出」のみなのだ。ゆえに、この力は誰もが使える、基本的かつ重要な力なのだ。
そして、もう一つの力、僕にしか使えないオリジナルの力である「黒猫」を発動させる。
「針Aを9時、針Bを7時……」
「黒猫」の力は2本の針をそれぞれ7箇所、全部で14箇所、正しい方向で差さなければならない。「2針7層」の能力、これがオリジナル能力の一つ目だ。
「黒猫」の入力が終わったと同時に、咲夜の体がポンっという音を立てて、獣の姿となる。
この能力はただ姿を黒猫に変えられるだけのものだ。戦闘能力はないが、姿を隠した情報収集に役立つ。
ちょっとブサイクな黒猫の首には、体に合わせて小型化された夢見時計がぶら下がっている。
「1針3層」の「消滅」を発動させて、再び時計をオフの状態へと戻す。
「よし、行こう」
視線の高さや手足を動かす感覚が人間のころと違う。
だが、生物として完全に猫となったわけではない。
猫の跳躍力はあるが、嗅覚や視力は人間のまま、おまけに人間の言葉を話すことも出来る。
慣れない手足をてちてちと動かし、玄関ドアに取り付けられているペット用のドアを抜ける。
昔、母さんが猫を飼っていたときに付けたペット用ドアだ。
今は、猫も母さんもいないが、そのドアは残っている。
まさか、このドアを自分がくぐることになるとは夢にも思わなかったが、役に立ったということは確かだ。
小さなドアを抜けて、外の空気を浴びる。
誰かに見つからないように、道路の端をのそりのそりと静かに進む。
5分ほど歩いたところだろうか、ズシリと大きな足音に気が付く。
音の発生源からまだ距離はあるようだが、その音が普通の音ではないことは理解できた。おそらく、時計使いの能力に関わるものだろう。
音を聞く限り何かの足音のようだが……、かなり大きい生物だな……。
戦いになるかもしれない……、恐ろしいが敵の能力は知っておきたい。
さっきよりも慎重に、音の発生地へと歩みを進める。
一歩一歩、前に進むたびに音は大きくなり、ついに音の正体へとたどり着く。
姿を現したのは一匹のトリケラトプス。
背後を取ったので、こちらには気が付いていない。
トリケラトプスが歩いてる方向は学校の方向だ。しかし、なんというか、ぎこちない歩き方だ。本物よりもトロくて弱そうに見える。まだ、発展途上ということだろう。
咲夜は回り道をして、学校に行こうと振り返ったときに、いつの間にか背後に霧が立ち込めていることに気が付いた。
霧は見えないベールに包まれているかのように、霧が濃い部分とまったく無い部分とで境界線が作られていた。そのことから、自然のものではないと瞬時に理解した。
霧は咲夜と同じ進行方向へとゆっくり進んでいる。
「この霧には触れたくないな……仕方ない、トリケラトプスに続こうか……」
日中は1回も能力を目にすることはなかったが、夜になり状況が変わってきてる。
200人もの時計使いが、好き勝手に能力を使うことで、街の雰囲気、世界観が滅茶苦茶になっている。
それでも学校を偵察したい。咲夜は色の変わった夕月市を、ただ黙々と歩く。
少し歩いたところで、後方の霧と距離ができた。
道を曲がり、二つの能力に挟まれていた状態を脱する。
大きく跳躍して、家の堀へ、さらに跳躍して家の屋根へ。
何度かバランスを崩しながらも、人間には出来ない動きで着実に学校へと進むのであった。