儀の始まり
AM 8:00
生徒数4000人を超える学校での全校朝礼が始まろうとしていた。
それだけの人数がいても広いグラウンドには余ったスペースがある。
学年とクラスに分かれ整列している。僕は2年9組の列に並び、グラウンドの土の上に座る。
まだ、全ての生徒が揃っていない。周囲を警戒しつつ、静かに朝礼が始まるのを待つ。
すると、咲夜の前に並んでいた男子生徒がこちらを振り向き話しかけてきた。
「なぁなぁ、凄くねぇかこの学校!めっちゃ広い!」
「え~と……」
咲夜は何言ってるんだこいつという表情を浮かべる。
というかこいつ…、儀式の参加者じゃないか……。
儀式に参加していない人間は、世界が変わったことを認識できない。
2年生ならば、この学校に2年間通っているという記憶に改変される。
こんなタイミングで学校の広さに驚くやついないだろ……。
時計の保持者であることを隠す気が無いのか、それともただのバカか。
咲夜はため息交じりに答える。
「いや、確かに広いけど、そんな今さら……」
「えぇええ!?」
男子は目をまん丸にして驚いている。
「いやいや、こんな学校今まで無かっただろ!」
こいつは本当に隠す気が無いらしい。
「いや、わけわからないから……」
咲夜は引き続き、一般人を演じる。
「おい、朝礼始まるから前向きな」
男子はちぇーと呟きながら、朝礼台に体を向ける。
どうやらこいつは、この学校で時計の保持者と知られることがどれだけ危険か、認識していないらしい。
時間となり、朝礼台に上る人影が目に入る。
軽やかに台へと上るその姿は、忘れはしない、先日のあの少女であった。
「儀式にご参加いただいた皆さん、おはようございます」
少女の声がスピーカーから響き渡る。
その声を聞いただけで、咲夜の体は悪寒に包まれた。
「大変幸運なことに、誰一人自らの手で首を吊る者も、儀式の前に戦いを始める者もいませんでした。200人全員で儀式を迎えることが出来てなによりだわ」
滅茶苦茶なことを言っているのに周りの学生は平然としている。儀式に参加していない者は誰一人それに気が付くことが出来ないようだ。
彼らの目には、普通の朝礼が映っているのだろうか。
「ふふっ……、皆さんにお知らせがあるわ。先ずは時計の針。みんなの時計の針の数を教えるわ。1針の時計が112人、2針の時計が73人、3針の時計が14人、4針の時計が1人。学校内の電子掲示板はもう見たかしら?電子掲示板でみんなの針の数と、誰が誰を殺したかを通知するわ。掲示板でのあなた達の名前はもちろん匿名、時計の裏に割り振られた数字が刻まれているから後で確認してね」
3針以上は15人か……、なんとか僕は上位に組み込めているようだ。
「それともう一つ伝えることがあるわ。みんなも察していると思うけど、一般人には儀式で発生した事故や殺人を認識することは出来ないわ。つまり、儀式に巻き込まれて死んだ者はこの世界の記憶から消えるわ。もっとも、あなた達は記憶出来るけどね」
能力使用での死人は存在が抹消されるというわけか。
「説明は以上。この朝礼の終了をもってして、あなた達は夢見の時計を使えるようになる。つまり、儀式の開始よ。ふふっ……それではこれより儀式を―」
儀式が始まる。正にその瞬間であった。
僕の目の前に座っていた男子が手を挙げ立ち上がる。
「先生―!!質問いいですかー?」
こいつ凄いな……。
どれだけ神経が図太いんだ、この男……。
これで、ほとんどのやつに正体を知られただろう。
「えーと、名前忘れちゃったけど、そこの君!」
少女は男を指差す。
「俺たち、なんで殺し合いするの?」
男が挙手したことは、全生徒が認識出来ているらしい。4000人近くの視線が、咲夜の目の前の男へと向けられる。
「あら、そんなこと重要かな?意味はともかくあなた達は殺し合いをする運命なのよ」
「そんなもん重要に決まっているだろ!」
「う~ん困ったなぁ、じゃあこうしようか、戦いを勝ち抜いた人には教えてあげるわ!」
「それじゃー、遅いんだけど……」
少女は困惑の表情を示す。
「ふふっ…………ふぅ。じゃあ、そういうことで!」
少女は逃げるように朝礼台から走り去っていった。
儀式は始まった・・ということでいいんだよな……。
首に下げている時計が脈を打つ。
今は能力で完全に透明、触れることも出来ない状態の時計だが、さっきまでの間隔と違う。時計が動いている。
夢見時計の稼働。それは儀が始まった証拠であった。