透明の罠
籠城戦――30分持ちこたえれば、美優が敵を倒してくれる。
咲夜は、「夕立」の姿のまま、体育倉庫に身を潜める。
四方を壁に囲まれた空間に籠っていれば、敵が透明でも問題ない。入ろうとすれば、必ずわかる。
グラウンドを整備するためのトンボを手に取る。
アルミで作られたトンボだ、使えるかもしれない。
トンボの先端部分――土当たりの箇所を無理やり外す。
柄だけになったトンボを、強引にねじり、敵を突き刺せるように尖らせる。
4分程経っただろうか、こんな状況で何だが、少し眠くなってきた。
立ち上がり、体を大きく伸ばす。
その時だった。猛烈な爆音が倉庫内に響き、シャッターが縦に切断された。
裂け目を両手でこじ開けて、ミノタウロスが姿を表す。
それと同時に、咲夜は、カラー石灰の入った袋を投げ、先ほど作ったアルミの槍を、袋に突き刺すように投射する。
赤い石灰が空に散る。
一瞬、敵が怯んだ隙に、奴が開けた穴から、グラウンドに逃げる。
続き、敵も体育倉庫から追ってくる。
牛野郎の足元……。さっき校舎で斬りつけたキズがない。
この短時間で治癒したのか?
咲夜は包丁を構え、敵は斧を強く握り締める。
睨み合いの末、先に動いたのは――敵。
敵は斧を振り払おうと、体を横にねじり、助走をつける。
それじゃあ軌道がバレバレだね。
斧は横に一閃、しゃがむ咲夜の頭上を空振りする。
咲夜は包丁を突き上げ、敵の胸元を切り裂く。
もう一度、包丁で追撃する余裕があったが、後ろに回避する。
さっきから違和感が気になって仕方がない。
敵の戦闘スタイルが掴めない。
校舎で手合わせしたときは、受け身の姿勢だったが、ここにきて攻め始めて来た。
接近戦は僕の方が上、戦えば戦うほど、それを理解出来るはずなのに、逆に相手から突っ込んでくるようになった。
まるで、校舎で戦った牛野郎とは別人のような……。
もう一つの違和感と繋がる。
奴のキズが治っているのは、治癒能力ではなく、本当に別人だから……?
だとすると、牛野郎は2匹いるということになる。
透明化の能力を持っているわけだから、2匹いるなら、確実にもう1匹近くにいるはずだ。
足音を聞き取れば、真相がわかるか。
まさに、そう考えていたとき。
かすかに、後ろから足音の近づく音が耳に入る。
右に飛び跳ね、音の場所から距離を取る。
すると、もう1匹の姿が浮かび上がる――足についたキズ……間違いなく校舎で戦った奴だ。
敵が透明化を解除したのは、能力の制限で解除せざるを得なかったのか、もしくは、2体1なら、小細工は必要ないという意思表示なのか。
なんにせよ、追い詰められているのは僕だ。
3針の切り札を使うべきか。
ここは異空間、こいつらを除けば、誰にも能力を見られない。
むしろ好条件。絶好の機会なのかもしれない。
そう思い、時計の針を回し始めると――空に亀裂が入る。
空の裂け目はしだいに広がり、空間が歪む。
世界の崩壊のように見えた。
それは、咲夜の想像した通り、世界の破滅を意味していた。
能力が解除されたのだ。
咲夜はもとにいた、現実世界の第一校舎へと戻された。
「10分といったところかな。早かったね、美優さん」
時計を使い、会話する。
「……私じゃないわ」
バツが悪そうな声で答える。
「別の敵か……今、どこにいるんだ?そっちに行くよ」
昨日と比べて、学校が荒れている。安全のため合流がしたい。
◇
僕は学校を抜けだして、喫茶店に来た。
学校から400メートルほど離れた場所だ。
喫茶店の位置するこの場所は、一本の坂道が丸まる商店街として、店が連なっている。
その一区画のコーヒー屋、その店の前に僕は来ている。
ここで美優と落ち合う予定だ。
到着してから1分も経たずに、美優の姿が見える。
自転車に乗っているみたいだが……絶望的に似合わない。
ゼーハーと息を切らしながら、必死にこいでいる。
顔を歪めながら……長い黒髪を揺らしながら、無様に自転車を走らせる姿は、見ていて悲しくなる。
彼女はもっとこう、リムジンとかスマートな乗り物が似合うわけで、自転車を立ちこぎする姿なんて見たくなかったな……。
「はぁ、はぁ、ちょっと、なんでここ坂なのよ……」
「なんで坂と言われてもなぁ」
「はぁ……もっと、別の場所選びなさいよ……」
美優は肩で息をしながら、汗を拭う。
「それじゃあ中に入ろうか」
「え、ちょっと待って!嫌よ」
「何言ってるんですか?」
「だ、だって、こんなに汗かいちゃって、入りたくないわ」
「……」
ここまで来て、何を言ってるんだこの人は……。
「そんなの誰も気にしてませんから、さぁ、早く入りましょう」
美優を置き去りにして、お店に入る。
「ちょっと待ちなさいよぉ……」
美優は涙目で後に続く。
僕は二人分のコーヒーを注文して、なるべく目立たない、奥の方にある席に座る。
「あなた、学校抜けだして大丈夫なわけ?」
諦めた顔で言う。
「今日の学校は戦いが激化してる。むしろ離れた方がいいと思ってね」
「ふーん」
「それで、図書室の二人組を倒した奴、もちろん姿は見てるんだよね?」
「見たわよ、人形の目を使ってね。当然でしょ」
美優は、コーヒーカップを傾ける。
「その二人はどうなったんだ?」
「死んだわよ」
バッサリと言い放つ。
「そうか……」
予想していたことだ。驚きはない。
「儀式の生存者は残り、184名よ」
昨夜の残り人数は193名だった。たった数時間でかなり減ったみたいだ。