プロローグ
「転入おめでとう、伊井咲夜くん」
少女の声が聞こえる。無機質な人ならざる者の声……。そんな印象を抱いた。
まぶたを開くと真っ白な天井が目に入る。
ベッドに横たわる体を起こし、周りを見回すと、白いベッドが6つとそれを仕切るカーテンが取り付けられている。
一瞬、病院を連想するが、ここは保健室のようだ。
何故に自分が保健室にいるのか混乱していると、ドアの前に立つ少女の姿を見つけた。
「こっちよ、付いてきて」
少女はそう言うと、ドアを抜け、廊下に出る。
置いていかれた咲夜は慌てて、ベッドを飛び降り、少女の後を追う。
少女は廊下を進み、階段を上り、ある教室の中へと入っていった。
咲夜も教室の中へと入り、少女が腰掛ける机のそばまで近づく。
「ここはどこだ、僕はなぜ保健室で眠っていたんだ?」
「ここは私の作った世界。あなたにとっては訓練所、そして、いつかあなたの戦場となる場所のレプリカよ」
「理解できないな……」
あからさまに怪訝な表情を示すと、少女はそれに答えるように続ける。
「伊井咲夜くん、あなたは儀式の参加者に選ばれたのよ。選ばれた参加者は全員で200名。ふふっ……、これからあなた達200人は殺し合いをするのよ」
「殺し合いだと?それなら僕は辞退させてもらうよ」
「逃げようとするのは構わないけど時間の無駄よ。儀式から抜けることは出来ないわ」
「……。これから僕に起こることをもっと詳しく教えてくれ……」
「それじゃあ、儀式の規則を教えるわ。」
①儀の参加者は200名。
②参加者が2名以下となった時点で儀を終了とする。
③4年の経過をもってして、参加者全員が命を失う。
④議場から出ることは出来ない。
⑤参加者全員に夢見時計を与える。
「議場とは、どこを指しているんだ?」
「あなたの暮らしている夕月市よ」
「夢見時計は?」
少女は教卓の上を指差しして答える。
「そこに置いてあるわ、首にかけてみて」
教卓の上には、ペンダント型の時計が置かれていた。
そのペンダントが不思議なのは、まるでこの世に存在していないかのように透き通っていることと、時計の針が存在しないことだ。
言われるがままに、ペンダントを首に着けると、静かにその色を変えていき、黒色となった。
「あなたの力に呼応して針も姿を現すわ」
針が1本……、2本……、3本……。全部で3本の針が文字盤に浮かび上がる。
「針の数は多ければ多いほど、所有者がペンダントを扱う技術力が高いことを証明するわ。初めは針が1本しかない人がほとんどだけど、あなたの場合は3針だから素質があるってことよ」
少女は続ける。
「黒色が象徴するのは夜の使者。悲哀、憎悪、負の力が闇を作り出す。あなたはそのペンダントを使って戦うのよ」
「このペンダントが戦いに使えるのか?」
「そうよ。あなたにはこれから一週間、この空間で時計の使い方を覚えてもらうわ。ここは、現実の時間から切り離された場所だから、あなたの世界のことは気にしなくても大丈夫よ」
「とりあえず君の言っていることは理解したが、ただ、話に現実味が無くて……」
「構わないわ。私の話を信じるか信じないかに関わらず、この空間から一週間は出ることは出来ないから。その間、どのように過ごすかはあなたの自由よ」
「いたずら、もしくは幻覚、夢といった類か……。いや、そう考えられる根拠もない……」
腕を組み、思考を回転させる。しかし、咲夜にはこの状況を説明出来るものが思い浮かばない。
「……わかった。君の話が全て真実だと仮定した上で、ここで一週間、戦いの準備を行うよ。だけど、もし君の話が嘘だと考えられるような事実を見つけた時は……、その時は、仮定には誤りがあったと判断する。そして、おそらくは儀式にも協力しないだろう」
「ふふっ……。今のあなた達にとって殺し合いは非日常の光景でしょう。でも、これからは違うわ。食事や睡眠、あなた達が生命を維持するために必要な作業。その作業の中に、新しく儀式のために殺し合うことが追加されるということは、あなた達の日常生活に組み込まれることを意味するわ。やがて、殺すことに疑いも持たなくなるわ。」
こうして僕は儀式に参加することを受け入れた。