執事とメイドは仲が悪い
金持ちというのは本当にいるもので、豪邸を建ててそこに住んでいるというありがちな設定もそんなに非現実的なものではない。
実際俺はそういうところで働く人間だ。
執事、色々と意味が違うだろうが俺は『ご主人様』達からはそう呼ばれている。
俺こと『白川リア』はこのだだっ広い豪邸に仕える使用人の一人だ。
様々な分野の子会社を抱える『四季グループ』、その一番上に立つのが我らがご主人様だ。
この豪邸にはご主人様のご子息である四人が住んでいらっしゃる。
俺たちはその四人にご奉仕するべく、こうして働いているのだ。
家は無く、ここに住み込みで働いている。
というよりここがもう家のようなものだ。
お嬢様達という家族がいて、使用人達という同僚がいて。
俺はここの生活を何不自由なく過ごしている
とは言うものの、人が交われば苦手な奴・嫌な奴というのは出てくるもので、どうしても同僚の一人が気にくわない。
『黒川アリア』、この豪邸に仕えるメイドであり、そして俺が最も苦手とする女だ。
「なんですか、私をジロジロと見て。そんな暇があるのであればちゃんと仕事を進めてください」
「はいはい、分かってますよ。うるせーな」
この通り口うるさく小さな事にも文句をつけてくる。
でも一番ムカつくのは『仕事の腕は天下一品』というところだ。
掃除をさせりゃホコリ一つ落ちてない。
洗濯させりゃ真っ白でいい匂いがする。
料理は専属料理人がいるからする事はないが、本人曰く家庭料理は完璧らしい。
とにかく仕事に関しては非の打ち所がない女である事は認めている。
だからこそ気にくわないのだ。
あの女に比べれば俺の出来ることなんてたかが知れている。
だがあの女はなんでも出来る。
気にくわない女が優秀な奴だからより気にくわないのだ。
嫉妬も甚だしいところではあるが、それが俺の気持ちなのだから仕方ない。
俺はいつかアイツの鼻を明かしてやる。
アイツの得意分野で、アイツが俺に『参りました』と言うまで、俺は諦めない。
「はぁー、ここの書庫めっちゃ本あるよな」
「つべこべ言わずに手を動かしたらどうですか?」
今日はウチに昔からあるという書庫の整理と掃除だ。
だがあまりにも広くて、これだけで一週間は潰れそうだぜ。
「一週間は言い過ぎでしょう、せいぜい三日くらいです。それともリア様はその程度しか働く事が出来ないのでしょうか」
「言い方がいちいちムカつくんだよ、お前は」
「私のせいではございません、貴方の無能さ加減が原因でしょう?」
「てめっ、この野郎」
一回一回喋る内容がムカつく野郎だが確かに手際が良く本を片付けていく。
あんな女に負けるのはとても癪なので俺もテキパキと動き出す。
本を片付けだしてか三時間くらいが経った頃。
「おい、そろそろ休憩にしないか」
「そうですね、つい熱中してしまいました」
流石にノンストップで作業をするのは体に良くはない。
特に埃まみれのこの部屋に長居したとあれば余計にだ。
「今日はこの辺にしておきましょう、一日で片付けろとは命令されてませんし何よりシャワーが浴びたいです」
「それもそうだな」
俺とてこんな埃まみれの部屋にずっといるつもりはない。
早く部屋に戻って俺もシャワーくらい浴びるか。
「・・んで、なんで俺を連れてきたんですか」
「今日は荷物持ちが欲しかったのよ、そしたらリアが暇そうにしていたから」
「暇じゃないんですけど、ちゃんと仕事あるんですけど」
ある日の午後、俺はお嬢様に着いて行って荷物持ちをさせられていた。
四季春菜、四季家の長女で四姉弟の一番上のお人だ。
現在28歳、四季グループの中でも大きい会社に勤めており将来は四季グループをまとめ上げる人間として君臨するお方だ。
そんなこの方だが結構気さくで話しかけやすく使用人の間でも評判がいい。
俺もまるで実の姉のように接してもらえてすごく嬉しく思っている。
ただまぁ、こんな風に時折人使いが荒いのは勘弁してほしいが。
「ふむ、一通り回ってわね」
「やっと帰れるー」
「何言ってんの、まだご飯食べてないじゃない」
「げっ、これ持って店入るんすか」
「そうよ、文句ある」
自分が持っている荷物を見てため息が出る。
やっベー数の荷物が他の客に迷惑かけないといいけど。
「ハハッ、それでこき使われてきたわけか」
「笑い事じゃねぇって」
家に帰ってきて春菜様を部屋にお送りした後に厨房に来る。
ここには友人が一人働いている。
潮田将生、料理人の一人であり同じく住み込みで働いている。
うちのシェフはこいつの父親であり、家族揃ってこの家に仕えているというわけだ。
ただこいつはなにかと自由人であり、暇さえあれば外に出て遊んでくるらしい。
まったく、そんなに遊ぶ事があるのかと疑問に思ってしまう。
「おーい、なんか難しそうな顔してんぞー?」
「別に、お前の不真面目さについて考えていただけだ」
「げっ、勘弁してくれよな。今日は珍しくアリアちゃんもいなくて怒られないってのによ」
「アリアにも怒られてるのか・・ん?アリアがいないってどういう事だ?」
「あれ?知らないのか?アリアちゃんなら今日風邪ひいたって言って寝込んでるらしいぜ」
「へぇー」
あいつも風邪をひくことがあるんだな。
なんか人間らしくてちょっと驚いたというか。
後で見舞いにでも言ってやるか。
「・・リア様?」
「おう、起きたか」
アリアの様子を見にいくだけと思って部屋に行ったら春菜様がいて、「今日一日付きっ切りで看病してあげなさい」と言われてしまった。
まったく、なんで俺がこんなことを・・
「リア様・・お仕事の方は大丈夫なんですか?」
「あぁうん、そっちは概ね片付けてきたからな」
「・・私は大丈夫です・・それよりお嬢様たちを・・」
「そのお嬢様から看病するように頼まれてんの。まったく、病人は大人しく寝とけよな」
「・・いいです、私一人でも大丈夫です」
「だからなぁ・・」
「私一人でも・・一人、でも・・」
そこまで聞いて彼女の目が虚ろなことに気が付いた。
多分気力だけで意識を保っているのだろう。
「俺に貸しを作りたくない」その思いだけで。
「・・寝てろ、そんで今日のことは忘れろ」
「貴方には・・負けたくない、から・・」
「俺もだよ、でも体調不良とそれは関係ねーだろ」
そこまで聞いた彼女は黙って目を閉じる。
「今日のことは貸しでも何でもない、ただの俺の業務の一部だ」
「・・わかりました」
すぅ、と寝息が聞こえたと思ったら彼女は寝てしまったらしい。
どうやら本当に体力が限界だったようだ。
「今度俺が倒れたら、お粥でも作ってくれよな」
そんなことを考えると、こいつの看病もまあ悪くないと思った。
「だーかーらー!病み上がりなんだから大人しくしてろっての!」
「ダメです、そもそもあなたに業務など任せられません」
「なーんーだーとー!?」
あれから数日経って、アリアも元気になって業務に復帰していた。
とはいえあの口うるさいのが復帰したとなると逆に大変で、いない方が平和に仕事ができたなぁ。
「だから!窓ふきはもっときれいにやるようにと前に言ったでしょう!貸してください!」
「あーもううるさいな!オカンかお前は!!」
「メイドです」
「知ってるよ!ドヤ顔が本当むかつくな畜生!」
「あら、今日も仲良くやってるみたいじゃない。感心感心」
「「仲良くないです!!」」
これは執事とメイドの物語。
とても仲の悪い執事とメイドの物語だ。