第九十二話 帰国
「そう言えば、噂になっているらしいですよ?トリーアの町には聖女が現れて、人々の悩みを何でも解決してくれているとか、なんとか」
「何そのざっくりとした噂は」
「噂なんてそんなものですよ?」
また変なことになったら嫌だな。
もうこの姿では派手なことはしない方が良さそうだ。
ため息をつきつつ、馬車の窓から外を眺めると、ふと気がつく事がある。
「この馬車、異様に早くないですか?単騎の全速力に近い速度が出ているように見えるんですけど」
「ええ。凄いでしょう?車軸と車体の間を風の魔法で繋いでいて、車輪の衝撃が上に伝わらないようにしてあるんです。だから、ほら、まったく揺れを感じないでしょう?」「え?いや、まあ、それも凄いんですけど、こんな速度で走り続けるなんて出来るんですか?これも魔法か何かで?」
「いいえ。馬には悪いのですが、頑張って貰っているだけですよ?」
頑張るだけって。こんなに飛ばしたら体を壊しちゃわないかな。
「残念ですが、この10頭の内、何頭かはもう馬車馬としては働けなくなるでしょうね。他の馬車はまだ軽いですし、故障する前には脱落させますから」
「いやいや、そこまでして、急ぐ必要はないですよね?」
「そうはいきません。フォルトナーさんを今日中に国王の元にお連れする必要がありますからね。天啓には、今日の内に王都に連れてこれなければ、この国が滅びるだろうと言う内容もありましたので」
何それ。絶対それって、スファレライトの嫌がらせだよ。
でも、国の存亡が掛かっていると思っているのを無理にやめさせるわけにはいかないし。
でも、馬達には悪いな。
何かできないだろうか。
第六の翼でこの馬車を引いている馬の一頭のステータスを見てみる。
名前 アカテナンゴ
性別 牡
年齢 3
レベル 3
職業 馬車馬
種族 馬
毛色 栗毛
生命力 33/253
CP 97%
SP 253M/253M
状態 疲労
スキル
疲労骨折〔軽度〕 SLv1
馬車引き SLv5
常足 SLv5
速足 SLv5
駈歩 SLv5
襲歩 SLv4
もう生命力がなくなりかけている。
それと、疲労骨折もしている。
やっぱりスキルとして登録されるんだ。
まずは、この疲労骨折のスキルを消してしまう。
それから生命力も最大まで戻すと、状態が自然と正常という文字に戻った。
状態 正常/疲れ知らず/骨折知らず
更に、こんな風にも書いてみた。
これで、疲労もせず、骨折も回避できるんじゃなかろうか。
これを10頭皆んなにやってあげた。
「ふひぃ、これでよし、と」
「何をされたんですか?あ、馬車の速度が上がりましたね。回復魔法でしょうか」
「まあ、それに近い事もしましたけど、多分王都に着いてもこの馬達はまだまだ馬車馬として働けると思いますよ」
「え?そうなんですか?結構王宮でも大事な馬だったので、それは嬉しいですね」
そんな馬を僕の為に使ったのかよ。
そこまでする必要ないのになぁ。
疲れ知らずの状態のお陰でなかなかのペースで王宮まで着いてしまった。
最後にまた馬達のステータスをチェックしてみたけど、皆んな疲れも骨折もしていなかったから良かった。
外壁の門にある検問所に来たけど、流石、王宮馬車だけあって列も検問もすべてスルーだ。
王都の中は石畳になるのと、人の往来が多くなるので速度を落として進む。
「あ、クラウゼンさん。一度僕の家に寄ってもらえないですか?まだ、家族の無事を確認していないんです」
「無事、、、ですか?ああ、先月のノルド戦の事ですね。分かりました、確かフォルトナーさんのお家は馬車で乗り付けられる程の道幅が有ったはずですので、このまま、目の前に付けますね」
こんな馬車がずらずらと家の前に付けたら、近所の人がびっくりしそうだけど、今はそんな事を言ってられない。
王都の中心地へと入り、僕の家が見えてきた。
「あ、ここで大丈夫です。ちょっと家族の顔を見てきます」
「はい。ここでお待ちしていますので、出来れば早めにお願いしますね」
急いで馬車を降りて、家に向かう。
玄関を開け、中に入り、皆んながいるであろうリビングへと行く。
「皆んなただいま!皆んなは無事?怪我とか無い?」
おお、フィア、ラナ、レティ、マルモ、ブロンみんな居るな。
奥のキッチンからエプロン姿のアニカとリーカも何事かと出てきた。
はあああ、よかったあ!
全員無事そうだったあ!
「え?誰?」
「オウ、不審者デスネ」
「あ、あの子は、、、」
レティとアニカが僕を見て驚いている。
そうだった。今僕はアリアの姿だったんだ。
でも、リーカは一度アリアの姿は見てるし、僕が中に入っている事も分かっている筈だ。
リーカに説明してもらうのが一番早いか?
「はあ。まったく。随分と長い間、無断で家を空けたのに、開口一番がその台詞なのかしら。まずはごめんなさいなのではないの?」
「そうよね。心配かけた自覚がご主人には無いのよ。これは懺悔室行きよね」
「リン兄さん!やっと帰ってきたあ!おかえりなさいっ!」
「にいちゃん!やったあ!にいちゃんだあ!」
エルツ組はなんでそんな反応なんだよ。
「どう言うこと?この女の子がリンくんなの?」
「ホエェ。オトコの娘デスカ」
アニカは意味が分かって言ってるんだろうか。
僕は当然分かっていないよ?
「どうもこうも、これがリン以外の何に見えるのかしら。レティは目が悪くなったの?」
「え?え?どう見ても可愛い女の子じゃないの!あれ?リンくんって女子だったっけ」
「そこは、男子って確信持ってよ、レティ」
「あ、リンくんの話し方だ。うわあ、リンくんが女装に走ったあ!」
「女装じゃないって、、、。どうやら、エルツ族だと僕の姿がちゃんとリーンハルトとして見えているみたいだね」
マナを見分ける能力辺りでもあるんだろうか。
「それで、土下座はまだかしら、リン」
「私も結構怒ってるのよ?ご主人。お姉ちゃんに黙ってお泊まりに行くなんて、そんな子に育てた覚えはありません!」
えっと、やっぱり土下座した方が良いのかな。
女子に頭が上がらないのは父さん譲りなんだな。
「フィア、ごめんね。そんなに僕の事を大事に思ってくれてるなんて知らなかったから嬉しいよ」
「な!何を言ってるのかしら!頭がファッケルの火で丸焦げになってるのかしら!」
「ラナもごめん。育てられた覚えは僕も無いけど、心配してくれてありがとうお姉ちゃん」
「ふああああ!!とうとうお姉ちゃん呼び!は、鼻血出そう、、、」
よし、この二人はもう大丈夫。
「やっぱりリーンハルトくんだったよ。お帰りなさい。大変でしたね」
リーカは今の会話で僕だと確信しないで欲しいな。
「それにしても可愛くなっちゃったわね。女装技術って進歩しているのね」
「レティは女装から離れてよ。本当に女子なんだって」
「レティは何を言っているの?ご主人は元々可愛いじゃないの!」
「え?そうよね。可愛さで言えば変わってないわよね。私どうかしてたわ、変ね」
「いや、レティが合ってるから。ラナのは趣味の問題だから」
ああ、でも、皆んな無事だったし、こんな馬鹿話しが出来るくらい平和だったのは良かった。
「シルフのお陰で我が家は安泰だったわよ。私達エルツ組がいるから、避難は出来なかったけど、家に近づくノルドの兵士は庭にすら入れず、皆んな追い返してたわね」
「外に出られなくて、暇だったのが一番の悩みでしたね。レティさんが事前に買い溜めておこうって言ってくれなかったら、食料も足りませんでしたし」
思いの外、安全だったみたいで良かった。
シルフをたくさん作っておいて正解だった。
「ちょっとまた出掛けるけど、国王の所に行くだけだからすぐ帰ってくるよ」
「国王様への謁見をそんな友達の家に行くみたいに……」
「ご主人、夕飯までには帰ってくるのよ」
「はーい」
「だから、国王様に謁見に行く会話じゃないわよ」
馬車に戻ってくるとクラウゼンさんは中で眠りこけていた。
ここ数日ずっと馬車移動だったんだろうから、疲れたんだろうね。
「お待たせしてすみません」
王宮魔導師のお姉さんに声をかける。
「いえ。問題ありません。この男は寝たままでも対して変わりないので、王宮へこのまま向かいます」
「あ、はい。お願いします」
クラウゼンさん、王宮では雑に扱われてるのだろうか。
馬車で移動中、魔導師のお姉さんがチラチラ僕の方を見てくるから、僕も目を合わせようとすると窓の外を見てしまう。
話しかけようとしても、はあ、とか、ええ、とかしか返してこなくて素っ気ない。
でも、目の端ではこっち見てるのが分かるんだよな。
何か監視されてるんだろうか。
王宮が近付いて来るころにクラウゼンさんの目が覚めた。
「あ、ああ、すみません!うっかり眠りこけてしまいました。あ、もう王宮ですね」
「いえ。僕の為に大変でしたね」
(ちっ。もう少し寝ていれば良かったのに………)
え?今の声、、、魔導師のお姉さん?
何か小声で言ってたよな。
実はちょっと怖い人?
王宮に馬車が付くと、大勢の人が迎えに来ていた。
あ、もしかして、天使のアリアが来たから、こんな仰々しい出迎えになってるんだろうか。
僕の正体はやっぱりクラウゼンさんとか一部の人だけにしか明かされていないんだろうか。
僕やクラウゼンさんの周りをノインの冠が囲み、その周りを騎士達が守るようにして、王宮の中を進んでいく。
王宮の中なんだからもうこんなにしなくて良いのに、と思ったけど、王宮の中は結構一般市民が入っていて、その目に晒される事になる。
クラウゼンさんの話によると、危険は無いだろうけど、きちんと守っている事は示さないといけないらしい。
「そう言った話は外国にも伝わりますからね、天使様を雑に扱ったなどと噂でも伝わるわけにはいきませんので。そこをつけ込まれて、攻めて来られるのも困りますから」
はあ。なるほどね。
そう言ったところも、戦争のキッカケになるかもしれないんだ。
攻め入る口実なんてなんでも良いんだもんね。
それが、天の住人関係ともなれば格好の餌食な訳だ。
今日の謁見は全て中止となり、、、ああ、並んでいた皆さんごめんなさい、、、僕の他にはクラウゼンさんとレリア、それから、王宮魔導師のお姉さん、あとはずっと護衛をしてくれていたノインの冠の3人が謁見室に入る。
ノインの一人はレリアのお父様だ。
「おお!これはこれは!こんな所までお越しいただける、とは!ようこそお越しくださいました!私はこの国を治めている、、、」
「国王、国王!わたくしが出立する前に申し上げたではないですか!この天使様は中身がフォルトナーさんだって!」
「ああん?クラウゼンは何を言っておる!こんな美しい女性があのリーンハルトな訳ないだろう!お前、目を洗って来い」
「国王。僕はそのリーンハルトですよ?でも、意外と国王って歳下好みだったんだ。うっわ、自分の娘くらいの子を口説こうとしてるし」
「おい!クラウゼン!見た目は美しいのに、話し方がリーンハルトだ!なんだこのがっかり感は!」
失敬な!
見ただけで僕だと分かってくれたエルツ族を見習って欲しいよ。
「それで?このがっかり天使がリーンハルトだとして、何故天啓はコイツをここに呼び寄せるように言ってきたんだ」
「それは、枢機院でも意見が割れていまして、、、ただ、フォルトナーさんの話によりますと、助けに行く事は別にしても、今日中にここに呼び寄せる事はあまり意味が無いそうですよ」
「おい、リーンハルト、それは本当なのか?事と次第によってはこれだけの人員と高速馬車を動かした経費をすべてお前に請求する事になるぞ?」
ええええ、それも嫌だな。
「意味が無い訳という事では無いです。だ、だって、間に合わなかったら国が滅ぶかもしれなかったんでしょ?」
「おお、そうだぞ、クラウゼン!一大事ではないか!」
「あ、あれ?フォルトナーさん、さっきは国には影響無いって言ってませんでした?」
「あ、あれは、追伸部分だけですって!あれは、問題無いですけど、他は意味あると思うなーって」
「そ、そうか、やはり、危険な状況だったのだな。クラウゼン、よくやった、これで、この国も安泰だな」
そういう意味は無いと思うけど、まあ、国王が良いならいいか。
「それに、中身がリーンハルトなら、余計に危ない目に合わせる訳にはいかなかったからな!む?それにしては見た目が違うぞ?あのちっこい本体はどうした?」
今更、見た目かよ。
それに、僕だから余計にってどういう事だ?
「国王陛下。発言をお許し頂けますかな?」
「うむ?アウグステンブルクか?構わん、発言を許可する」
え?何急に。レリアじゃなくてお父様の方だ。
レリアとは言えば緊張で固まりまくっている。
まあ、いきなりこんな場所に連れられてくればこうなるのは当然だろう。
「ありがとうございます。こちらのお方は天使アリアージュ様とお聞きしております。ですが、陛下は先程からここにおります私の不肖の娘の婚約者の名前でお呼びしておられるようです。これは如何なることか、お聞きしてもよろしいでしょうかな?」
おう!そうだ、その辺りの説明ってどうするのさ?
さっきの会話からすると何も考えてなさそうだけど。




