第八十八話 魔王派
トリーアの騎士団駐屯地に入り、僕には一つの部屋を充てがわれた。
この町に来てから、ようやく一息つけた気がする。
あれから、ダミー君モドキがこの町に出現しているのが分かっている場所に赴いては、全てセラフの翼で潰して回った。
副隊長さんはとても恐縮してたけど、他に人には出来ないことが僕に出来るというなら、やらないという訳にはいかない。
でも、流石に二十数箇所も回れば疲れるし、マナも足りなくなってきている。
3Tくらいあったのに、今は400Gくらいに減っている。
まあ、それでも、普通の魔法なら十分過ぎるマナ量なんだけど。
「お食事にしましょうか。それとも、お風呂にしましょうか。それとも、わ、わたくしめを」
「な!何言ってるのさ!レリア!」
レリアも当然のように同じ部屋にいる。
お世話係という事だし、同性だからということだし、まあ、自然の成り行きなんだけど、今日はもしかしてこのまま、2人でこの部屋に寝泊まりするんだろうか。
それはまずい。
早く事情を話して、別の部屋にでもしてもらおう。
「レリア。ちょっと話しがあるんだ。そこに座ってくれる?」
「は、はい!覚悟は出来ています!」
「いやいや、その覚悟は使わない事になると思うよ?」
「は、はあ」
ああ、変に思い込みが激しい子なんだよな。レリアは。
「レリアにはちょっと衝撃が強いかと思うけど、実はね。僕は」
ダンダンダンダン
何だよー。
扉を雑にノックする音が鳴り響く。
まあいい。無視だ。
「僕の正体はね」
ダンダンダン ダンダンダン
あーもー。せっかく話しができると思ったのにー。
「アリア様、あれに出ても?」
「うん。お願い」
「は」
レリアが扉を開けてくれる。
廊下には髭をたくわえた恰幅の良い軍人が立っていた。
脇には部下らしき人が2人控えている。
「は!これは、南部方面隊隊長アーブラハム・バッケスホーフ8段王宮騎士殿!」
「ああ、良い。楽にしてくれ。部屋に入っても良いかな?」
「はい。あ、、、、その」
「うむ。お客人に聞いてもらえるかな?」
「は」
何だ?偉い人?
「アリア様。我が王国の南部方面全域を指揮されている、バッケスホーフ王宮騎士殿がアリア様にご面会に来まして、それで、その、この部屋にお入れしてもよろしいでしょうか?」
「レリア、かなり焦ってるね。そんな凄い人なの?」
「は、はい! 8段でありながらも、王国内の発言力で言えば国王と宰相殿に次ぐ力をお持ちかと」
ふーん。
そんな人が僕なんかに何の用だろう。
あ、僕じゃなくて、天使としてのアリアに用なのか。
「うん。分かった。入ってもらって」
「は」
レリアがその王宮騎士殿を部屋に招き入れる。
板挟みにしちゃってごめんね、レリア。
「お初にお目に掛かる。熾天使セラフ殿、、、でよろしかったかな?我輩はアーブラハム・バッケスホーフ8段王宮騎士と申す。突然の訪問を許していただきたい」
「いえ、私こそ、急な事にも関わらず、このようなお部屋を用意してくださりましてありがとうございます。熾天使セラフは役職名のようなものでして、名は、、、ああ、そうですね、アリアとお呼びください。レリアにもそう呼んでもらっています」
「成る程、では、アリア殿と。アリア殿には此度の変異人形族退治に御助力いただき、大変助かっていると部下から聞いております」
「変異人形族、ですか?」
「ああ、あの人形族の呼び名です。通常の人形族とはやや違うようで」
流石に軍でダミー君モドキはダメか。
こっちが正式名称らしいんだけど。
というか、あれ人形族なのか?
とても生きているようには見えなかったけど、もし生きてたのなら、殺してしまった事になるんだろうか。
「私も助けていただきましたから、今回はそのお礼です」
「いやあ、そうでしたな。我が軍の者から聞きましたが、アリア殿の窮地に我が部下が危機一髪でお助けしたと」
「そ、そうですね。危なかったので、助かりました」
「そうですな。そう、本当に後一歩で取り返しのつかない事になりそうだったと」
うう。このおじさん、僕に恩を売って何かさせようって腹なんだな。
「今回のその、変異?人形族の件ですぐにこのご恩をお返しできたので良かったですよ」
「そ、そうですかな。だが、まあ、人形族などは、我が軍の者にしてみれば、容易くあしらえるもの。天使殿にとって見れば赤子を捻るようなものかと」
「天使は赤ちゃんを捻りません!」
「ああ、これは失礼を。ではどうですかな?アリア殿は王都へおいでになりたいとの事。そこまでの護衛はもちろん移動の費用、食事、衣類、宿など、更には王都に着いてからの滞在費も全て我輩の方でご用意いたしましょう」
どうですかな、じゃないよ。
あからさまに、代わりに何かしてくれって言ってるんじゃんか。
これ、断れないのかな。
レリアをチラッと見るけど、カッと目を見開いてから、ぷるぷると首を横に振る。
まあ、そうか、こんな事、どうすればいいかなんて誰にも分からないよな。
仕方ないか、衣食住全て用意してくれるし、あの天使売買事件みたいに僕が売り飛ばされるなんて事になるのももうごめんだしね。
「王宮騎士殿は何かお困りのことはありませんか?護衛をつけていただけるお礼に何か私でも出来る事があればいたします」
「おお、、、おお、そうですか、いやはや、何か催促をしてしまったようで申し訳ない。わははは!」
催促してしまったようで、じゃなくて、催促したんじゃん!
まあ、いいか。一回だけ、何かやってあげて、それでイーブンだ。
「それで、何かお困りの事はありますか?」
これでそんなのないよ、とか言ったら惚れてしまう、、、訳は絶対ないけど、この人の評価は急上昇なんだよな。
「それがですな」
やっぱりあるんかい。
まあ、そうだろうけど!
「最近、魔王派と呼ばれる派閥ができましてな」
「ブフォ!」
「ア、アリア殿??」
そ、その話か。
「あ、いえ、失礼。続きをどうぞ」
「あ、ああ。それで、その魔王派というのは文字通り魔王を旗印に掲げ、この世を牛耳ろうという者達の集まり、のようなのだが、それが王族の中にも魔王派がいるという噂すら流れている始末で」
「そ、それは、大変ですね」
王族の中って、それって、クリスの事だよね。
魔王派っていうか、魔王そのものなんだけどね。
「噂というのは尾ひれが付いてくるもので、中には国王閣下がクリストフォルス王子殿下を魔王として担ぎ上げて魔王国家建国を企んでいるという、荒唐無稽な物までありまして。ほとほと困り果てている次第なのですよ」
「は、はあ。それはまあ、、、」
まずい、まずい、クリスが魔王なのは本当なんだから、下手をすると、その噂もあながち間違いとは言えないんだよな。
あの国王が、クリスを魔王にする為にあれこれクエストとかしてた可能性もあり得なくはない。
偶然で王子が魔王とかあるんだろうか。
国王とか、あとは会ったことないけど、王妃とか、王族関係者が何か企んで、クリスを魔王化させたかもしれないんだ。
あの国王がそういう事をするかと言ったら、そうは思えないんだけどね。
「王国内の事情は分かりました。ですが、その事で私に出来る事はありますでしょうか。内政干渉はやはり、、、」
「まあ、そうでしょうな!過去の文献からも天使や神と言われる存在が、国の政治や内部の出来事に干渉してきたという事例はありませんからな。だが、この国の民に関わる事であれば、話は変わってきますかな?」
「民、、、王国民の皆さんに何か危険が迫っているのですか?」
「ええ、先程アリア殿に解決いただいた、変異人形族の事もそうですが、最近の国内では、精霊が暴走すると言う話はお聴きしておりますかな?」
「ああ、はい。それとなくは」
少し前だけど、それが問題になっているって聞いたな。
スファレライトのせいじゃなかったっけ。
「その事も、変異人形族も含めて、魔王派の中でも過激派が引き起こしていると言う話なのですよ」
「ええ!?それは違うのではないでしょうか」
「天の国ではそう言った見解で?」
「ま、まあ、総意と言うわけではないのですが、精霊暴走は別口かと思いますよ?」
「ほう、そうですか」
スファレライトの仕業って言うのも噂の域を出ないんだよなあ。
「それでも、国としては、信頼していた精霊がいきなり暴走をし始めるなどとあっては、民達も安心して生活ができませぬ。なにせ精霊は世の中の生活や国の運営にも深く関わっておりますからな。ああ、熾天使殿には分かりきった事でしょうな」
全然知りません!
あとでレリアに聞こう。
「では、その精霊の暴走を止めて欲しいと?」
「ええ。精霊は天使の下位の存在と聞きます。天使の中の最高峰たる熾天使殿であれば、制御、、、までは出来なくとも、抑えつけ捕縛するなどは赤子を、、、ああ、捻りませんでしたな!では、クロモリウサギを捻るくらいに」
「クロモリも捻りません!というか人族も魔物も誰も捻りません!」
「これは失敬!わはははは!」
うう。
悪い人じゃないんだろうけどな。
国民第一に考えてるし、魔王といえば大抵の物語では、悪として描かれているし。
まあ、発言力ナンバー3ともなれば、これくらいの人間でないとなれないのか。
「まあ、分かりました。精霊が暴走すると言うのは、私も見過ごせませんので、微力ながら協力いたしましょう。それで、この辺りが多く発生している、というのはあるのでしょうか?」
「ええ、有りますとも」
「そ、それは?」
「王都です!」
そうなの?
王都に住んでたけど一回も精霊暴走なんて見たことないよ?
バッケスホーフ王宮騎士さんは、この町の問題は解消したからと、次の町に行ってしまった。
話し方は嫌な感じだけど、ちゃんと責務を果たしてるし、国民の事を大事に思っているらしいから、嫌いにはなれない。
だから余計に失敬なのが、イラっとするんだよな。
そう言えばバッケスホーフさん。名前を一発で覚えたな。
副隊長さんの名前はアロイス・トロムリッツさん。
おお、何故か名前を覚えられる。
もしかして、名前を覚えるのが苦手だったのってアバターのせい?
そんな特性ってあるのかな。
僕を連れた第2部隊は当初の予定通り、3日後に王都へ向かう事になった。
6日後だった予定も、僕があのダミー君モドキを全て倒したから、最短の3日後でも問題なくなった。
つまり、この駐屯地の、この部屋で2泊する事になる。
なので、早くレリアには僕の正体は明かさないといけない。
「レリア、さっきの話の続きをしたいんだ」
「はい!何か衝撃の事実だとか!この世の常識が覆るような何かなのでしょうか!」
「そこまで言われると、大した話じゃないような気がしてきたよ。あのね、僕は今はこんな格好をしてるけど、実はリーンハルトなんだ。リーンハルト・フォルトナー」
「はあ。その名前は私のフィアンセの名前ですが、アリア様はリンの事をご存知なのですね」
「うん。そうなるか。そうじゃなくて!このアリアがリンそのものなの。僕がリンです」
「あ!もしかして、前に私に馬鹿っぽい話し方の女神様が乗り移ったみたいに、アリア様にリンが?」
天使にはあんなに敬意を払ってるのに、クロには馬鹿っぽいって言うんだね。
流石、低硬度女神だ。
人に好かれやすい、、というか、下にまで見られる程の柔らかさ。
庶民派女神だよ。
「アリアも僕なんだよ。というかアリアって言う天使はいなくて、この体も僕の物なんだ」
「リ、リン?僕の物って、天使様を攻略したってこと?」
「えっと、攻略って意味はよく分からないけど、多分違うと思う。僕がアリアの体の持ち主なんだよ。アリアなんて天使は居ないんだ」
「とにかく、今話しているのはリンでいいのね?」
「そう!まずはそこだけ分かってくれればいいよ」
「アリア様がリンで、リンはアリア様なのね?」
「う、うん、そう、、、だけど」
何か質問の意図が分からなくて怖いけど、これで、同じ部屋で寝泊りするという事は避けられるだろう。
流石にレリアも中身が僕だと分かれば、別の部屋を取ってもらえるはず。
「じゃあ、そろそろ寝ましょうか。着替えは用意してあるから。はい、リン」
「うん、ってそこで着替えたらダメでしょ!」
「何言ってるの?私も着替えないと寝れないわ」
「キミは別の部屋でしょ!」
「私はリンのお世話係なんだから一緒の部屋で寝るのは当然よ?」
「僕のじゃないでしょ?!アリアのでしょ?!」
「アリア様はリンなのだったら、リンのお世話係でもあってるわ」
これが言いたくて、色々僕に聞いてたのか。
「ダーメ。大体お世話係って、同じ部屋にはならないと思うし。ほら、別の部屋取って」
「それなら、フィアンセなのだから、同じ部屋でもいいと思うの」
「いくら、婚約者でも、、、いやいや、婚約者なら余計に同じ部屋はまずいでしょ!お父様に怒られるよ!」
「ふっ。ようやく、フィアンセって認めたわね」
今度はそっちに舵を切って来たのか。




