第七十五話 新生活
「じゃあ、行ってきます」
「む」
「行ってらっしゃい、リンくん」
クロはむすっとしている。
対象的にカルはにこやかに見送ってくれる。
アバターはもうあっちの世界に転移してあるらしい。
あとは僕がログインすればいいだけだ。
やり方は教わっている。
さっきのカルみたいに誰かのアバターに間借りする時は本体はこちらにいたままだけど、自分のメイン機やサブ機にちゃんとログインすると、この僕自身の体もあちらの世界に飛んでアバターの中に入ってしまう、らしい。
原理は当然分からない。
カルの説明だと、10次元の内、折りたたまれた6次元の隙間に保存されるんだそうだけど、全くもって言っている意味は分からない。
とにかくこの世界からは居なくなり、あちらの世界のアバターの中に入り込んで操縦する、みたいなものだ。
「よし、行くか!デバイス、アバター02。コネクト!」
目の前が真っ白になる。
あ、あの真っ白な場所に来たのか。
扉も机もない、床が石で埋め尽くされている、ただ真っ白な空間。
ここが、アバターの中の世界なのか?
何かないか、と探そうと一歩踏み出した。
次の瞬間、僕は森の中に居た。
つまり、元の世界に戻ってきた、、、んだろうな。
てっきり、リーカ達の所に転送されるのかと思ってたけど、座標がずれたのかな?
まあ、いいか。こっちの世界に来れたなら何とかなるよ。
あ、クロとカルには連絡しておこう。
「チャット」
……………あれ?
「チャット!」
チャットが動かない。
この体だとチャットが動かないの?
それは困るぞ。
そうだ、ラナとリーカには使えるメッセージスキルならどうだ。
「メッセージ」
これもダメか。
ん?待てよ?
「解析。情報操作。部隊編成。メールの水塊!ブリクスムの雷鳴!!ブラントストフの爆裂!!!」
ゼエゼエ
ダメだ。スキルも魔法も全部使えない。
なんてこった。
連絡が取れないのは痛いな。
ま、何とかなるか。
とにかく、森から抜けて、人が居る所を目指そう。
サクサクと落ち葉を踏みながら、森の中を歩いて行くと、小さな沢にぶつかった。
ありがたい。
沢の水を手ですくって飲む。
キレイな水だ。
沢の水に僕の顔が映る。
あの僕を刺した女の子の顔だ。
それが、今は僕の顔になっている。
不思議な感じだ。
濃い茶色の髪は今は結んでおらず、肩からするっと前に落ちてくる。
年齢は僕より少し上、、、かな?
背は僕とあまり変わらない。
丸い大きなスカイブルーの瞳は、沢の水に反射する陽の光が当たってキラキラしている。
もう自分の体なんだから、こう考えるのも変だけど、この子、かなり可愛いなぁ。
沢に映るこの子、、、じゃなくて僕の顔とか姿を見て、見とれてしまう。
ニコッとか笑ったりポーズを決めてみたり、他人が見るとどんだけ自分大好きっ子だよって思われそう。
そう言えばあっちの世界で着ていた、クロと同じ柔らかい素材の服ではなくて、こっちの世界の女の子用の服を着ていた。
カルが気を利かせてくれたのか、ちょっと高価そうな可愛い服だった。
胸元には大きなブローチが付いていたり袖についている飾りボタンもキラキラしていたり、無駄に豪華だ。
沢に全身を写して、クルクル回ってみる。
おお、なかなかいいじゃないか!
…………何を一人でやってるんだ、僕は。
誰にも見られてないけど、異様に恥ずかしくなってきた。
「え?」
見られてた!
沢の反対の茂みから同じ歳くらいの女の子にじっと見られていた。
は、恥ずかしい〜。
もしかして、うっとり自分の顔に見惚れてたのも、ふふって微笑んでみたのも、全部見られてた!?
「あ、あの、、、今のは、その、、」
「あなた、どこの子?」
「ふえっ?あ、、、いやその、何といいますか、遠くの町、、、かな?」
「ふーん。エピナルの町に泊まっているんでしょ?何処かのお貴族のお嬢様?」
あ、そうか、僕は今、仕立ての良い服を着てるから、貴族令嬢と思われてるのか。
「いいえ、違いますよ。ぼ、、、私は普通の家の出です」
「ん。ま、そういう事にしておいてあげる。町の戻り方分かる?そっちは反対よ?こっちおいで」
変に勘違いされてるけど、町に案内してくれるのはありがたい。
「わたし、アニエス。アニエス・シャルトー。あなたは?」
「え?あ、、、その、、、、」
どうしよう。リーンハルトなんて思いっきり男の名前だし、エピナルとかシャルトーとか、ここってフォルクヴァルツじゃないよね。
というか、この子が話してるのってマルブランシュ語だ。
ここはマルブランシュ共和国なんだろうか。
「…………別に良いけど。じゃあ、あなたの事ミネットって呼ぶわね」
「え?何で?」
「ん。なんだかあなた、子猫みたいだから。ミネットは子猫って意味よ?知らないの?」
「あ、ごめんなさい。あまり詳しくなくて」
マルブランシュ語は普段の会話くらいなら話せるけど、細かな単語までは分からない。
「あ、そうか。そうよね。庶民の言葉は知らなくて当然か。でも、こんな所まで1人で来たの?危なくない?」
「あ、ごめんなさい。迷っちゃって」
「うん、まあ、この辺りは魔物とか居ないから、野生のオオカミに気を付ければ平気だと思うけど。怪我とかしてない?」
「は、はい。大丈夫です」
優しい子だな。
気を使ってずっと話しかけてくれている。
1人で迷子になって寂しがっていた、と思われてるんだろう。
「シャルトーさんは」
「アニエス」
「ア、アニエスさんは」
「アニエス」
「アニエス、、、は、その、エピナルの町に住んでるのですか?」
「うん。ずっとエピナルよ。親もその親も。ずっとず〜っと前からここの住人。だいたいあそこの人は皆んなそうじゃないかな。たまに新参者が引っ越してくるけど、あまり馴染めなくてすぐに出てってしまうわ。あ、ミネットは観光か何か?」
「あ、そ、、、そんなところです」
どうしよう。嘘は付きたくないけど、本当の事も話せないし。名前も素性も内緒だなんて、助けてくれたアニエスに悪い気がする。
「さあ、着いたわ。エピナル。ここからは分かる?」
「は、はい。大丈夫だと思います」
「ん。良かった。じゃあね。また近いうちに何処かで会ったりしてね」
「あ、ありがとうございました」
アニエスとは別れてしまった。
町に来たは良いけど、宿なんて当然取ってないんだし、アニエスに宿まで付いて行くって言われなかっただけでも良かった。
これからどうしよう。
服は着てるけど、お金どころか何も持っていない。
というか、この服、ポケットなんて一つも付いてなかった。
ストレージが使えれば、中に色々入っていたのにな。
インベントリもストレージもやっぱり使えなかった。
このアバターって天使用の最高機種とか言ってなかったっけ?
町の中をとぼとぼとアテもなく歩く。
うう、お腹すいた。
町の出店からいい匂いがしてくる。
ぎゅるるる
お腹が鳴る。
うう、恥ずかしい。
周りに見られている。
肉と野菜を交互に串に刺した串焼きのブロシェットとか、バタールにハムや野菜を挟んだものとか、フォルクヴァルツにはあまり無い物がたくさん売っていて、おしいそう。
うううう、どうしよう。
ギルドを見つけてクエストするかな。
でも、スキルも魔法も使えないなんて、厳しそうだな。
魔物はもう倒す気にはなれないし。
あれ?これ詰んでる?
このまま、ここで何も飲まず食わずになって、倒れてしまう?
まあ、それならまたクロの所に戻れるのかな。
空腹で命を落とすまで待つのって結構苦しそうだな。
もうダメだ。こっちに来た時点でこの体自体がお腹空いていたみたいで、もう動けない。
ぺたっと、地面に座り込んでしまう。
周りの人は何事かと見るけど、誰も声をかけてくれるわけでもない。
この格好だから、下手に貴族に関わりたくないのかもしれないな。
ああ、また、ふりだしに戻るのか。
クロとカルに会ったら、ちょっと文句言ってやろう。
「ちょっと、ミネット大丈夫?動けないの?」
「へ?あ、エニアス」
「アニエス!」
「ああ、アニエス〜」
「顔真っ青じゃないの!ちょっとこっち来なさい!ほら、立って」
うおん、力入らないんだから。腕もげる。
何処かの家に連れて行かれる。
アニエスの家かな?
いきなり家に連れ込むなんて大胆だね。
………何を訳の分からない事を考えてるんだか、僕は。
「はい。昨日のスープだけど、これ飲んで。あと、バゲット。ちぎってスープに付けて食べるのよ」
あ、暖かい。
おいしい。
助かった〜。
「あ、ありがとうございます」
「もう、びっくりしたわよ。何とな〜く、嫌な予感がしたのよね。あなた、今日泊まる所ないんじゃないの?」
「………はい。無いです」
「ん。そ。やっぱりか。そんな身なりが良いから、高級な宿でもとってるかと思ったけど、、、、。何か事情があるのね?」
「う、、、はい」
「はあ、、、お金は?持ってる?」
「いえ、持ってない、、、です」
ふぅ、とアニエスは溜息をついて、腰に手を当てる。
何かを考えているんだろうか。
「今日の所はもう遅いからウチに泊まっていきなさい。明日どうするか考えましょう?」
「え、でも、そんな急に、、、いいんですか?」
「いいも何も無いわよ。ここまできてあなたを放り出せないわよ。そのかわり、料理くらいなら出来るでしょ?」
「は、はい!」
料理ならスキルレベル高いから、、、、あ、スキル使えないんだった。
上手に出来るだろうか。
料理は思っていたより上手に出来た。
スキルはやっぱり発動しなかったけど、今まで作ってきた経験があるからか体が何となく作り方を覚えていた。
スキルレベル1か2くらいの腕前はあるんじゃなかろうか。
「ん。ミネット料理うまいわね。お店出せそうよ。………あなた何者なの?王族?ってくらい豪華な服を着てるのに、宿は無いし、料理はプロ級って」
「あ、う。その、ごめんなさい」
「ああ、いいのいいの、別に尋問してるわけじゃ無いのよ?ちょっと興味が湧いただけだから。言いたく無い事は言わなくて良し!こっちも聞かない。あ、じゃあこれは聞いても平気?あのクルクルって回るのは踊りの練習なの?何か習い事?」
グフッ
危なくスープを吹き出しそうになったよ。
やっぱり見られてたのか。
恥ずかしい。ここへ来て何度目の恥ずかしい、だろうか。
「あれは、踊りじゃなくて、その、私の見た目を見てたというか、服がキレイだったから、それを見てたというか」
「ふはっ、何それ。自分に見惚れてたって事?はははっ。あなた結構自分好きなのね。この世でいちばん可愛いのはわたしよ、みたいな感じ?ま、女の子はそうじゃなくっちゃね。わたしも身に覚えが無いとは言わない」
そうなのか。
女子の秘密を知ってしまった。
これ男子が聞いちゃいけなかったんじゃないのか!?
あ、今は僕も女子か。
ん?違うのか?
「ま、でも、ミネットは可愛いもんね。お人形さんみたい。髪もサラサラ。あ、ねぇ、いじっていい?髪」
「え、は、はい、どうぞ?」
髪をいじるの?何するの?
と思ったら僕の髪を櫛で梳いてから、後ろで髪を結んでいる?あ、三つ編みかな?
いや、部分的に三つ編にしたら後ろでパチンと留めたのか?
「はい。出来た。ほら可愛い」
鏡を見せられると、確かに何もしてないより上品な感じになった。
「ありがとうございます。器用ですね」
「ぶはっ!あははは、何よそれ。これくらいなら誰でも出来る、、、あ、そうか、いつもは侍女とかにやらせてるのか」
あ、いや、侍女とか居ないです。男子だから知らないだけです。
完全に何処かの貴族の姫様的な何かと勘違いしてるな。
「今日はもう寝ようか。疲れたでしょ。ベッド一つしかないから、狭いけど我慢してね」
「え?同じベッド?」
「この部屋はわたし一人暮らしなんだから当然じゃない。あ、わたしと一緒なんて嫌?」
「いえ!そんな事は!でも、アニエスは嫌じゃないんですか?」
「嫌じゃないから一緒に寝ようって言ってるの。ほら、早く来なさいって」
うぐうっ。
いいんだろうか。いくら10歳とは言え、男女で共に寝るのなんて、、、、あ、いや、10歳じゃないけど、男子でも無かった。
いやいや、中身は男子だよ!
やっぱり色々まずいよ!
何がまずいかと聞かれても答えられないけど、フィアに合わす顔が無くなるとか、そういうのでまずいよ!
「私は床で寝るから平気です」
「何言ってるの!こんなか弱そうなお嬢様を床でなんて寝かせられる訳ないでしょ?あ、そういう事言うんなら、わたしが床で寝る事にするよ?いいの?」
「あ、あ、ダメです。分かりました、、、一緒にベッドで、、、寝ます」
「ん。もう、はじめからそう言えばいいのに」
たぶん、今日は寝れないんじゃないのかな、僕は。




