第六十三話 あまり平和でない日々
第2部隊が隊列を整えて、再び歩き出す。
レリアはこちらをムスッと見ている。
「ねぇねぇ、あれって赤目の剣姫じゃない?」
「きゃああ、ステキ〜。クールでカッコいいわよね〜」
「うおお、すげぇ、顔小せぇ。あんな可愛い子と話してみてぇ」
ほう、レリアはなかなかの人気だな。
あの歳で7段騎士だもんな。
ん?レリアが第2部隊の隊長さんに話している。
隊長さんがこちらを見て、何かを思案した後、よしと頷いている。
第2部隊から一人が伝令として走ってくると、第8部隊の隊長さんに何かを伝えていた。
「ああ、うむ、隊長殿に了解したと伝えてくれ」
何だろうね。
嫌な予感しかしない。
やっぱり思った通り、第2部隊がこっちにやってきた。
「学生諸君、今回、特別に第2部隊の赤目の剣姫が諸君の為に剣の稽古をつけてくれると申し出てくれた。彼女は皆も知っている通り、剣の腕にかけては横に並ぶもの無しという程の強さを持っている。私も教えを請いたいくらいだ」
第8部隊の隊長さんはレリアの倍くらいの歳だよね。
しかも隊長さんなのにいいの?それで。
「そこの君。前へ」
いきなり僕かよ。
不幸な結末しか見えてこないから嫌だよ。
「ええ!またあいつかよ!」
「何だあの野郎、実は軍に親のコネでもあるんじゃねぇ?」
「不公平だ、俺もあの子に剣を教えてもらいたいよー」
男子のやっかみがひどい。
親のコネじゃなくて僕のコネなんだよ。
しかもそのコネの所為で今僕は窮地に立たされているんだよ。
「…………。じゃあ、そっちの君からでいい………」
レリアは赤目の剣姫の時の話し方で通すらしい。
それもカッコ良いけど、普段の話し方のほうが可愛くて良いと思うけどな。
「ふひょう!やったぜ!へへ、悪いなみんな!俺の格好良さに剣姫が惹かれてしまったようだぜ」
「何だよー、ずりぃよー」
「いいなー」
女子からも羨ましそうな声が上がる。
男女問わず人気なのは良い事だ。
良家のお嬢様だし、剣は強いし、非の打ち所がない子だよ、レリアは。
ちょっと思い込みが激しい所があるけどね。
選ばれた男子生徒、、、名前は、、、まあ、いいか。
その男子がレリアの前に立つ。
「君はこれを、、、」
男子にはレリアが帯剣していた、軍備品の普通の剣を渡す。
自分専用の剣は馬車で持ってきているのだろう。
今はマルネの町から移動してきただけだし、備品の物で済ませているのだと思う。
「うひょひょー。剣姫の剣だぜ。すげぇ持っちゃったよ」
だから、備品だって。
持ち手だって新品じゃないか。
多分、町を出る時に初めて持った剣じゃないかな。
「自分はこれで、いい」
レリアは落ちていた細い木の枝を拾って、それを剣がわりにするようだ。
まあ、そのくらいが妥当かな。
「いやいや、剣姫殿。いくら学生相手でもその枝では勝負にならないではないのか?」
「これで、いいと、言った」
「あ、ああ。そうか、まあそこまで言うならいいのだが」
第8部隊の隊長さんは魔法系の人なのかな?
レリアの実力ならもっと細い枝でもいいくらいだよ?
「全力で、、、掛かってきて」
「は、はい!」
男子生徒がレリアに向かって突進する。
剣が大振りになってしまっているけど、レリアは避ける事もなく、ただ、左手に掴んだ木の枝をのんびりと持ち上げる。
ただそうするだけで、男子生徒の持つ剣はレリアの木の枝に誘われるようにして当たる。
そして、木の枝に当たった所で、金属製の剣がピタッと動かなくなる。
キィン
硬い音が剣と木の枝からする。
レリアは木の枝に自分のマナをしっかりと巡らせているようだ。
そのお陰でこんな細い枝でも学生の太刀筋程度なら余裕で受け切れる。
「もっと全力で」
「は、は、はい!やあああ!」
キンキンと何合も打ちあうけど、レリアは棒立ちのまま左手だけをゆっくり動かして剣を捌いている。
「左足に体重を乗せる。脇を広げない。そこで、もう一歩踏み出す」
「はい!はい!やああ!」
おお、レリアもなかなか教え方がサマになってるじゃないか。
剣の師匠っぽい。
剣の師匠なんて実際には見た事ないけど。
「振り切った後に溜めが多すぎ。だから、、、こうなる」
スパッと枝を振ると男子生徒の持つ剣が弾かれて、地面に突き刺さる。
「はあはあ、あり、がとうござい、ました、ゼエゼエ」
「うん。………それじゃあ、そっちの君」
ええ……。結局僕ともやるのかよ。
その生徒でもう十分じゃんか。
「早く」
「………はい」
レリアはジトーッとした目で僕をずっと見ている。
ああ、もう何が言いたいか分かってるって。
「何でこんな所にいるのよ!そして、なんで学生なんてしてるのよ!」って所でしょ?
この間、ヴォーさんとツィスカさんでその辺は一通りやったからもういいよ。
さっきの男子生徒が落とした剣を拾う。
レリアはというと、他の隊員が持っていた剣を借りている。
ええ……。僕の時も枝にしてくれないの?
まあ、そんな訳にはいかないか。
「全力、、、は怖いから、、、手を抜いて、、、欲しい」
「あ、はい」
ここでどう答えていいか分からないなぁ。
お互い剣を構える。
レリアが先に動く。
中段から一気に突いてくる。
なかなかいい速さだ。
剣の腹を軽く叩いて軌道を逸らすと、捻るようにしてレリアの剣を絡めとろうとする。
さすがに嫌がったのか、レリアは剣を引いて、横飛びをしながら、僕の脇腹を薙ごうとする。
捻る動作中だった僕の剣を手前に引いて、柄頭、つまり剣のお尻をレリアの剣に当てて止める。
流石に安物の備品剣だけあってそれだけで柄頭にヒビが入ってしまった。
新品みたいだからあまり傷付けないようにしないとだな。
フッと力を抜くと、レリアがガクッと体勢を崩す。
その隙に一歩引いてから狙いを定めて、えいっと。
キン
レリアの持つ剣を折ってから、レリア喉元に剣先を向けて、試合終了だ。
ああああ、しまった、また折っちゃった。
なんで僕は剣の闘いになると相手の剣を折る癖があるんだよ!
新品だから大切に!とか思ってたのにレリアのも新品だよ。軍の備品だよ。何やってるんだよ僕は!
「ああ、ごめん、レリア、剣折っちゃったよ。後で管理部の人に謝りに行っておくから」
「………」
あれえ?レリアはムスーッとした顔で、口をきいてくれない。
「レリア?」
「…………リンの馬鹿………」
あ、そのまま第2部隊に戻ってしまった。
なんだよ、久しぶり会ったんだから話くらいしてくれてもいいのに。
「ああ、なんだ。剣姫は調子が悪いのかもしれないな。それでも剣を合わせて貰えて良かったな」
第8部隊の隊長さんはそう言うけど、生徒達はそうは思っていないみたいだ。
何で剣姫の剣が折れたんだとか、何で剣姫とあれだけ撃ちあえるんだとか、ヒソヒソ声が聞こえてくる。
いかんな。だから剣は苦手なんだよ。
撃ち合っているといつも夢中になってしまってやり過ぎてしまうんだ。
やっぱり魔法の方がいいね!
「おお!やはりそうか!なんとなんと!」
第2部隊の隊長さんがこっちに近づいてくる。
と言うより僕に一直線だ。
「第1部隊の小隊長殿ではないか!アウグステンブルクが学生に剣を教えたがるなど不思議な事を言い出すものだと思っていたら、そうだったか!小隊長殿と話したがっていたのだな!はて、、、何故に小隊長殿は学生の中にいるので?おお、もしや、臨時教師として後世の指導をされてるのか!流石小隊長殿だ!」
うおわあ。一気にまくし立てられて止める暇がない。
お願いだからもう何も言わないで!
「あの、隊長さん。詳しい話は後程しますんで」
「何をおっしゃる!さん付けなど不要!国王陛下から直々に勲章を賜ったお方なのだからお気遣いご無用!段位も私より上なのだからどっしりと構えてなされ!」
「その、もう、お願い、何もかも言わないで………」
「いやいや、しかしアウグステンブルクも可愛いものだ。婚約者殿と話したいが為に剣を指導するなどと言いだして、素直に言えばいいものを。おっと婚約者殿の前で可愛いは無かったか。失礼失礼」
ちょっと、ちょっと、何を言ってるの?この人。
さっきまでの話はまあ真実だったし、この中にもフリーデやクリスみたいに知ってる人もいるくらいだけど、婚約者って僕が?そういうデマも混じっちゃっているのかよ。
「隊長殿。婚約者というのは、その」
「ああああ!これは失言!まだ内密だったか!申し訳ない!我が隊の赤目の剣姫と第1部隊の低硬度の英雄殿が結ばれるという、なんと誇らしい出来事に歳甲斐もなく舞い上がってしまったな」
「え?ああ……。ええ?」
内密なんなら、全部言っちゃわないでよ。
本当の事だったらどうするのさ。
ちゃんと否定しておかないと。
ついでに他の情報も嘘にできないかな。
「おい、アウグステンブルク!まだ婚約者殿と話していいのだからこっちに来い!それとも恥ずかしいのか?」
「うっ。いいえ、恥ずかしい訳では……」
レリアも婚約者って言うのは否定してくれよな。
この分じゃ、普段からも言われてそうだし、、、否定してもダメだったからもう諦めてるのか?
「リン………。何でそんな所に居るの?」
「え?あ、ああ、これはその、お勉強?」
「………もうそんなの要らないじゃない。それに、何でお父様が用意した家に住んでないの?私、、、迎えに行ったのよ!それなのに家には居ないし、何処に行ったかも分からなくなっているし、そしたら学生に混じって、、、今更何を学ぶのよ!学ばなくたって何だって出来るじゃないの!」
「レ、レリア、落ち着いて。あ、後でレリアの所に行くよ。そこでゆっくり話そう。ね?」
「何よ!私と結婚してくれるって言ったのは嘘だったの!!あの日私を命懸けで助けてくれたのに!お父様だってとても喜んでくれていたのよ!」
レリアが止まらない。
何がどうして、こうなった?
いつ結婚の約束をしたっけ。
何か思い込んでしまう人だったけど、ここまでだったかな。
とにかくレリアを落ち着かせないと、周りがもうざわざわどころじゃなく言い争いに発展している。
女子なんか悲鳴に近い声になっている。
無論、僕の結婚に対してでは無く、剣姫の、にである。
そりゃあ、この国の憧れの的みたいな人だもんな、レリアは。
それをこんなまだまだ子供の冴えない男子と婚約とか聞いたら、怒り狂うだろうな。
「レリア。今日、後でお父様の所に行くよ。レリアも一緒に付いてきてくれるよね?」
「え、、、は、はい!ああ、やっと、、、嬉しい、、、」
ぐわっ!しまった、間違えたか!
間違いを正しに行くってことだったんだけど、違う方に捉えられてしまった。
もじもじしてるところ悪いけど、僕にはもう家族がいるし、というよりまた婚約とか結婚とか考える年齢でも無いし、色々と軌道修正させて貰いたい。
「ああ良かった。私の一言で二人の仲が険悪になってしまったと思ってハラハラした。元の鞘に収まったようで安心したよ」
そうだよ!隊長さんのせいでクラスメイトから、ものすんごく睨まれてる、、、っていうか、今にも飛びかかられそうだ。
「ああ、険悪と言えば、小隊長殿には伝わっていないかもしれんので、伝達。王都および近隣町村、その付近にて、ノルド兵を見たとの情報多数有り。また、王都内部にも工作員として既に潜入している可能性を軍上層部は想定。近く、大掛かりな侵攻があるだろう事を念頭に置いて行動されたし」
「あ、はい、了解しました。ここまで、ノルドが来てるんですか?」
「うむ。相手ももう隠す気は無いようだ。少しずつ入り込んで来て、小さな村を襲っては食料などを調達しているようだ」
もう次の手を打ってきたのか。
砦奪還作戦の時にはかなりダメージを与えたと思ったんだけどな。
敵軍も別部隊が合流でもしているんだろうか。




