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08 宝箱は獣人を所有する

「俺が敵でないことはわかってもらえたか?」


 俺は二人が落ち着くのを待ってから声をかけた。


「はい、疑って誠に申し訳ありませんでした、トシゾウ様。私はコレット・レインベルと申しますわ。助けて頂き心より感謝致します。そればかりか希少な秘薬まで使用して頂くなど…。今は持ち合わせがありませんが、領地に戻った際には必ずお礼を致しますわ」


 コレット・レインベルは育ちの良さを思わせる見事な礼をした。


「あぁあどうしましょう。エリクサーと命のお礼なんて。今の我が領にはお金の余裕など。そもそも領地に帰ったところで…。こまりましたわこまりましたわ…」


 うむ。人間には聞こえないかもしれないが、俺にはその小声も聞こえているぞ。

 コレットは何やら訳ありらしい。


 俺にとって、人族の間に流通する貨幣にそれほど価値はない。


 もらえるものならもらうが、貴族の領地が傾くような宝を求める気はない。


 奪うなら根こそぎ。対価としてなら適正な量を。宝への敬意だ。常識だ。

 そもそもコレットはエリクサーを使わなければならないほどの状態ではなかったわけだしな。



「トシゾウ様、助けて頂きありがとうございます。私の名前はシオンと言います。白狼種の誇りにかけて、腕と命のお礼をすることをお約束します。ですが私は獣人の孤児です。私にはお礼にお支払いできるようなものがありません。ですので、もしトシゾウ様に許していただけるのならば、恩を返すまでこの命を持ってお仕えさせて頂ければと思います」


 シオンが頭を下げる。

 礼はコレットのように綺麗ではないが、十分に誠意を感じる礼だ。

 ただ、その瞳は不安げに揺れている。


「し、シオン!?そんな、それなら私が代わりに…」


「ありがとうコレット。でも、これは私の受けた恩だから、私が返さないといけないのです」


「そんな…」


 まるで自分にも言い聞かせるように、コレットの申し出をはっきりと断るシオン。

 シオンがきっぱりと言い切ったことで、コレットは何も言えなくなったようだ。


 例外はあるが、獣人は義と礼節を重んじる者が多い。

 トシゾウは知らないが、獣人の中でも白狼種の義侠心は抜きんでている。

 命の礼なら命をもって返すのが当然。これは白狼種に共通するルールであった。


 しかし白狼種とはいえ、シオンはまだ14の少女である。

 いくら命を助けられたとはいえ、素性も知れない男性へ心から仕えることは難しい。

 迷族から暴行を受けた後ではなおさらだ。


 でも、たとえ心から仕えることは難しくても、恩を返すまで行動で示さなくては…。

 ただでさえ、私が従者になっても、主人に迷惑をかけるのは目に見えているのに。


 シオンは葛藤する。


 明日の食事もおぼつかない弱者が、一方的に強者へ主従関係を望むなど、恥知らずだ。

 命の恩人に恩を返すどころか、さらに迷惑をかけてしまう。


 でも…。


 私には何もない。差し出せるのは、この身体と命くらい。

 だから死ぬまで酷使されても文句は言えないし、それこそなんでもする必要があるんです。


 シオンは一人悲壮な決意を固めていく。


 まだ助かったわけじゃない。


 例え左手がまた使えるようになっても、それは主人のために使うものだ。自分のために使えるわけじゃない。


シオンがコレットに言った“まだ助かったわけじゃない”は、無意識のうちにそこまで考えての言葉だった。



 一方でトシゾウは混乱していた。


 仕える?

 トシゾウはシオンの言ったことを理解するまでに少し時間がかかった。


「…仕えるということは、俺のものになるということか?」


「っ、は、はい、その通りです、トシゾウ様」


 シオンが肯定する。


 俺のものになる。


 目の前の獣人が俺のものということならば、それは他の宝、所有物と同じだ。


「お前、シオンは、俺の所有物か?」


「は、はい。不肖の身ですが、それでご恩をお返しできるなら、どうか所有物として傍に置いてください」


 俺の聞き間違いではないらしい。

 この獣人は、俺の所有物になると言っている。


 俺にとって、人間とは、宝と闘争を運んでくる存在だった。

 迷宮の外で作られた価値のある宝を持ち込み、さらに宝を手に入れるための障害となってくれる存在。それが人間の価値ではないのか?


 ひょっとして、人間は所有できるのか?

 つまり人間は宝物…?


 思考が巡る。

 オーバード・ボックスという魔物としての本能が、新たな宝の発見を…。


「トシゾウ様?」


「む、ああすまない。少し驚いていた」


「すいません。私如きが、優れた冒険者の方にお仕えするなどと…」


「あぁいや、そういうことではないのだが」


 俺の煮え切らない態度に、シオンの瞳がますます不安定に揺れる。…かわいい。


「…悪くない」


「え?」


「コレット、シオン、二人の礼は受け取った。それではこれからの話をしよう」


 俺がそう言うと、二人は神妙に頷いた。


 答えは決めた。


 俺は不安げなシオンを見て、ふと、なぜか、シオンを“欲しい”と思ったのだ。


読んでくれてありがとう。

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