79 宝箱はコレットを手に入れる
「コレットは良い女だな」
「…なにをおっしゃいますの。慰めなら結構ですわ」
「思ったことを言っているだけだ。先祖の財産を処分したことをコレットの父が何と言うかはわからない。だが俺はその判断に敬意を払う。努力を重ね、それでも及ばなければ、手元にあるあらゆるものを使ってでも大切なものを守る。それは当然のことだ」
宝を所有することは良いことだ。だが、宝を抱えたまま滅びるのはもったいないことだ。
生きていれば何度でも宝を集めることができる。だが死んでは終わりだ。
宝を手放すことで生き永らえられるなら、躊躇してはならない。
俺とて、そうしなければ生き残ることができなかったことが何度もある。
「コレットは領民のために宝を手放した。それは領民をそれだけ大切にしているということで、その大切なものを守るための努力をしたということだ」
「でも、私がもっとしっかりしていればこんな状況にはならなかったかもしれません。私の力不足で多くのものを失ってしまいましたわ」
それは事実だ。結果がすべて。それは迷宮の外でも変わらない。
「そうだな。お前には力が足りなかった。人族至上主義者に良いように領地を荒らされ、救援を求めることすらできず迷族に捕まった。このままいけばレインベル領は高確率で荒野に飲まれることになる」
「っ。それは…その通りですわ。ですが、まだ…。ボスさえ倒せば、きっと立て直しが…」
どこか悲壮な決意を固めたような目をするコレット。死地に赴く者の目だ。
蜘蛛の糸のようなか細い希望にすがるしかない者の目。
足りない戦力でボスに挑むつもりなのか。
放っておけばコレットは死ぬだろう。それはもったいない。
「コレット、俺は慰めるつもりはない。憐れむつもりもない。どれだけ努力をしようが、最後は得るか失うか。そのどちらかだ。そしてお前は、このままでは失う」
「望みがほとんどないことなど私もわかっておりますわ。…トシゾウ様は力及ばぬ私を笑いに来たのですか?」
コレットは唇を噛みしめる。
「違う。何度も言っているだろう。助けに来たのだと」
「ですが、本当にもう差し出せるものなど…」
「ある。先ほどお前自身が言ったではないか。俺が求めるのはお前だ、コレット。玉砕するくらいなら俺の所有物になれ。そうすれば、お前の悩みを全て解決してやろう」
コレットが目を見開く。その青の瞳に映るのは俺だ。
「それは…。非才の身とはいえ、私は誇り高きレインベル家の領主ですわ。たとえ荒野に沈みかけた地であっても、積み重なった歴史があるのです。いくら“知恵ある魔物”とはいえ、魔物の所有物になることなどできませんわ…」
毅然とした態度を取りつつも、青い瞳を揺らすコレット。
俺の力が圧倒的であることをコレットは知っている。
コレットがしてきた命がけの努力は、俺に体を差し出すことで手に入る力に劣るのだ。
まるで悪魔の提案だろう。
差し出すのものは、レインベルが積み重ねた歴史と、コレットの培ってきた全て。
得られるものは、それ以外の全てだ。
コレットは怒りに震えている。それは誰に対しての怒りか。
「領民が大切なのだろう?沈みゆくのは家名だけではない。コレットにできなかったことも俺になら容易い。俺が助けてやろう。対価はお前の全てだ。俺によこせ」
繰り返す。
「っ、この…!」
シオンを振りほどき、俺に向けて手を振り上げるコレット。
だがその手は力なく降ろされ、俺に触れることはなかった。
「…全て、トシゾウ様の意のままに。ですがどうかレインベル領を、民をお守りください。対価として、私の全てを捧げます。この非才の身を、如何様にもご利用ください」
コレットは自分の持つ全てを天秤にかけ、俺に向けて頭を下げた。
コレットにとって、自分の命は土地や領民よりも軽いチップなのだ。
賢しい娘だ。良くも悪くも。
「良いだろう。コレットが俺の所有物である限り、レインベル領は俺の所有物も同じだ。そこに住む民もだ。俺は所有物を大切にする。コレット、お前は元当主として、俺を補佐しろ」
「…はい、かしこまりました」
コレットは力なく項を垂れ続ける。
彼女が感じているのは無力、罪悪、挫折、そしてわずかな解放感。
…悪くない。コレットの在り様は美しい。
たとえ心折れ、その心が変質したとしても、それもまた美しいだろう。
価値がある。
レインベル領の救済は俺の目的に沿う。
俺は本来、対価を求める気はなかった。
コレットを救うのはあくまでもシオンのためであり、俺の目的のためのおまけ程度に考えていたのだ。
だがコレットを見て気が変わった。
守るべきもののために努力する人間。理性の伴う自己犠牲。強く弱く儚く、そして美しい。
崇高な魂。
手に入れたい。磨きたい。
俺は、コレットが欲しくなったのだ。




