59 コウエンは戦端を開く
メインゲートから魔物が溢れだす。
コップに入りきらない水がこぼれ落ちるように魔物の波が四方に広がっていく。
迷宮中層の素材で作られた防柵は頑丈だ。
塊となって走る魔物は、やがていくつかのグループに分断されていく。
散り散りになった魔物を迎え撃つのはラ・メイズに所属する冒険者たちと…。
ザリッ
遠くから見守る者にも土を踏みしめる音が聞こえたような気がした。
冒険者ギルド正面。
戦闘班長のコウエンは、正面から走りくる魔物を見据える。
ゴブリン2、ゴーレム1。
眼前に迫る魔物の、なんと脆弱なことか。
それはコウエンの戦いを披露する場としては役不足も甚だしい。
だが、一番槍は将の役目、将の誉れ。
どのような相手でも、圧倒的に仕留めねばならない。
魅せなければならない。味方に、敵に。
コウエンは両腕に装備した鉤爪を握り込む。
頼もしい相棒から返ってくる確かな感触。
長く腐っていたはずの自分が、いまや全盛期ですら届かない高みに達していることを自覚する。
コウエンは脱力する。世界のすべてが遠ざかっていく。
ゴブリンは嗤う。
目の前の獲物は動かない。恐怖のあまり動けないのだと。
迫る。憐れな獲物の肉を抉るために。
欲に濁った顔を歪ませ、飛びかかる。鋭い牙をコウエンの喉元へ突き立て――
――瞬間、ゴブリンの視界がブレる。
どこへ行った。何が起きた。ゴブリンは回転する視界の中、獲物を探す。
獲物が消えた。体を動かそうとするが動かない。
視界の端、仲間のゴブリンの首が宙に舞っていることに気づく。
ゴブリンは馬鹿な奴だと笑おうとして、自分の首もまた宙を舞っていることに気づいた。
それは一瞬の出来事。
煙となって消滅するゴブリン。小さな魔石が転がる。
コウエンは右腕を振り抜いた体勢のまま再び動きを止める。
コウエンの頭上に影が差す。
頭上には巨大な岩の塊。
ゴーレムは巨大な両腕を振り下ろした。
そこにコウエンはいない。
攻撃の後の残身。それは隙のようで隙ではない。
コウエンの攻撃の隙を突こうとする者は愚かだ。
コウエンはゴーレムの振り下ろしをかわした後も動かない。
あえてゴーレムの正面に立ち続ける。
「次は避けない。全力でこい」
コウエンの挑発が伝わったのか。
ゴーレムは大きく腕を振りかぶり、コウエンの顔目掛けて突き出した。
潰される。
戦闘の心得のない者が思わず目を背ける。
このゴーレムの正式名称はロックゴーレム。
頑丈だが、価値の低い岩石でできたゴーレムだ。
しかし下等のゴーレムとはいえ、その腕力は侮れない。
まともに当たれば、レベルに勝る冒険者をすら一撃で叩き潰す。
巨大な腕が激突し、衝撃が周囲を揺らす。
生じた風だけがコウエンの後ろへ流れていく。
攻撃を防いだのは手甲から伸びる4本の鉤爪。コウエンの左手に装備された相棒だ。
右手の鉤爪に比べて肉厚な刃。刃の先端は大きく湾曲している。
それは盾の鉤爪。
いくらコウエンでも、力だけでゴーレムの攻撃を防ぐことはできない。
ゴーレムの拳に合わせてコウエンも拳を突き出し、その勢いでゴーレムの攻撃を相殺したのだ。
確かな戦闘経験に裏打ちされた、それは技である。
渾身の一撃を受け止められ、動きが鈍るゴーレム。コウエンがその隙を見逃すはずはない。
コウエンは右腕を引き絞る。指を伸ばす。拳は握らない。4本貫手だ。そのまま突き出す。指の一本一本に装着された爪が貫手の威力を底上げする。
左手の鉤爪に比べて鋭利で、湾曲が少ない。
それは刃の鉤爪。
本来、コウエンの戦闘スタイルは素手による徒手空拳。
鉤爪は、戦闘班長への就任とともにトシゾウから下賜されたものだ。
迷宮での修練により、ただでさえ鋭いコウエンの抜き手は、今や暴力的な威力を秘める必殺の一撃となっている。
ゴーレムは動かない。動けない。
貫手がゴーレムの腹に吸い込まれる。
ゴーレムの背中から爪が突き出る。さらに次の瞬間、爆発したような音。ゴーレムの腹に丸い風穴が空いた。
誰の目から見ても明らかなオーバーキル。
粉々になり崩れ落ちるゴーレム。
「コウエン!コウエン!コウエン!」
コウエンの戦いぶりを見た全員が大歓声を上げる。
自分たちの代表が圧倒的な力で魔物を屠ったことを誇っているのだ。
自分も続けと、興奮している。
「聞け、戦闘班の勇者たちよ!閣下は力なく燻っていた我々に生きる場所、戦う力、そして守るべきものを与えてくださった。我々は戦闘班。閣下が目的を遂げられるための剣であり、盾である!」
「うおぉぉぉ!閣下!閣下!閣下!」
「敵は恐れるに足りない!だが決して油断するな。貴様らの後ろには守るべきものがある。我らの役目は、死の手前まで閣下とシオン殿の露払いをすることである!命を懸けろ、だが死ぬな。我ら戦闘班、全員でこの戦場を生き抜くのだ!」
「おおおおお!」
コウエンの演説に、戦闘班は一層士気を高めた。
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