54 宝箱は宴を開く
腹を減らしたギルドメンバーが、俺の合図を今か今かと待っている。
「皆、今日はよく働いてくれた。腹も減り、喉も乾いているだろう。存分に食い、騒ぎ、明日も働け。…乾杯!」
「乾杯!」
全員が杯を掲げる。
防壁が完成した夜。
野外に設置されたいくつものテーブルに、山盛りの料理が並ぶ。
ランタンから洩れる明かりはどこか前世の提灯を思い出す。
ビアガーデンのようだなとトシゾウは思った。
プラスチックのコップに注がれたぬるいビール。
塩辛いつまみがやけに美味かったことを思い出す。
今日はよく働いたから、塩のきいた食事が美味いだろう。
人族に擬態してから、食事は楽しみの一つだ。
これも人族の本能なのだろうか。
乾杯の音頭を取り、席についてからふと思う。
俺は乾杯の音頭を取るほうだったのか、取ってもらう方だったのか。
仕事は何をしていたのだろうか。
家族はいたのだろうか。
色々なものを蒐集することが好きだったことははっきりと覚えているのだが。
前世の記憶は曖昧だ。
今の季節は初夏だ。
やや冷たくも心地よい風が吹き抜けていく。
野外での食事には最高のシーズンだと言えるだろう。
賑やかに食事するギルドメンバーを見回す。
初日は慌ただしく過ぎていったので、全員で食事をする時間はなかった。
今日からはゆっくりと食事の時間を取ることで、ギルドメンバーの結束が高まれば重畳だ。
調和は大切だ。
優れた調度品も、単体では寂しいものだ。
無節操に並べてもそれは同じ。
宝には、それぞれに価値を発揮する使い方がある。
たとえ使うことによって失われてしまうとしても、その一瞬の輝きは心に残り続けるものだ。
もちろん俺はギルドメンバーを欠けさせる気はない。
人間には価値があり、その価値は生き続けることで変化していく。
自由に生きてこそ人間は輝く。
武器を作る人間、造られた武器を振るう人間。
一人一人の役割が、やがて大きな価値を持つ宝を作っていく。
俺は杯を掲げるギルドメンバーを見て、彼らの調和を願った。
柄にもなく浸っているようだ。
淡く輝くランタンの明かりと賑やかな声が、どこかノスタルジックな気分にさせる。
俺は前世に、人間に近づきつつあるのかもしれない。
「…うむ、問題ない」
不思議と悪い気はしなかった。
「なんじゃこの酒、旨すぎる!うーーまーーいーーぞぉぉおお!なんだ、やめろ、これはワシの酒だ!あぁぁぁあ!」
製作班が集まっている一角が特に賑やかだ。
ドワイトが報酬の酒を飲んで、あまりの旨さに我慢できずに叫んでいる。
興味を持った仲間にたかられているようだ。
静かに飲めば良いのに、馬鹿なやつである。あほかわいいおっさんだ。
「エルダ殿、戦闘班の食料に、兵糧丸の導入をお願いしたく」
「レシピはあるのかい?あるのならなんだって作ってやるよ、任せときな」
別の場所ではコウエンとエルダが何か話をしている。
どんどん連携を取って欲しいものだ。
「トシゾウはん、初めて会うた時から思てたけど、喋るの上手やな。とても魔物とは思えへんわ。しーちゃんもそう思わへんか?」
「はい、ベルさん。ご主人様の声はいつも迷いがなくて、聞いているとなんだか安心します」
杯を片手に話しかけてくるのはベルベットとシオンだ。
赤と白の美女、美少女コンビか。
今日は一緒に買い出しに行かせていた。
二人は仲良くなったようだ。良いことだ。
「シオンとベルはかわいいな」
「おおきに。でもトシゾウはん、喋るのは美味いけど女心を読むんはヘタクソやな。ウチが教えたろか?な、しーちゃん」
「うぅ、知りません。ご主人様はみんなにかわいいって言っているのですね。ア、アイシャさんもそうやって口説いたんでしゅね」
シオンの反応がいつもと違う気がする。
頬が上気している。
潤んだ紫の瞳はとろんとして、どこか儚く寂しげだ。抱きしめたい。
白い尻尾が垂れ下がったままブンブンと揺れている。謎かわいい。
…ん?なんでアイシャを知っている。
「わ、私だってもっとご主人様のお役に立てるんです。アイシャさんみたいに大きくないけど、すぐに私も大きくなりましゅ。自分から動いたことはないけど、ご主人様が望むなら…」
「はいはいはいストップ!しーちゃんストップや!それ以上はまずいで!」
「止めないでくださいベルさん。うぅ、ぐすっ。私がご主人様の初めての所有物なんです!私が…あれ、なんだか、ご主人様がたくさんいましゅ…?」
意味不明な言葉を最後にクテリとテーブルに突っ伏すシオン。
「しーちゃん?…あちゃー、これめっちゃ強い酒やん。お子様がこんなん飲んだらそら潰れるで」
【蒐集ノ神】発動
麦焼酎
主原材料:シビルフィズ麦
酒精:40
シオンの口にエリクサーを突っ込む。
シオンは酒を飲むのが初めてだったのだろう。
シオンが無理して酒を飲んだのは俺が原因だ。
俺が外で欲望を発散してきたことをシオンは知っている。
どうやら思った以上にシオンに負担を与えていたらしい。
ベルがシオンを寝床まで運んでいき、戻ってくる。
「トシゾウはん、これから報告しようと思てたんやけど、ウチらボルネオファミリーとかいうのに襲われてな。その時にユーカクの人らと会ったんよ。まぁボルネオファミリーはしーちゃんとクラリッサはんがボコボコにしたから問題なかったんやけど」
ボルネオファミリー。アイシャを襲おうとしていた連中だな。
他の仲間を使ってこちらの様子を伺っていたということか。
「それでしーちゃん鼻がええやろ?アイシャさんもそこにおってな。トシゾウはんについてる匂いと同じやと気づいたみたいなんや。見えない相手なら気にせんで済むけど、実際に見てしもて、いろいろと考えてもうたんやな」
どうやら、俺の配慮がとことん足りなかったらしい。
シオンは俺の所有物だが、生きている人間だ。
物言わぬ宝とは違い、自らの足で動き、思考し、苦悩する。
「俺はどうすれば良かった。シオンを抱けば良かったのか?」
「さぁ。それはしーちゃんに聞いてや。…ウチは別に男が複数の女を抱くんは悪いことやとは思わんで。男はそういう生きもんや。ただ感情は別問題や。女にもよるけど、やっぱり好きな男が他の女と一緒にいるのは辛いもんやで」
「欲望を発散する相手は一人に絞れということか?」
「それが一番やけど、なかなかそうもいかへんやろ。特にトシゾウはんには難しそうやな。なんというか、力が有り余っとるのを感じるわ。なら甲斐性をみせんとな」
「甲斐性?」
「せや。他の女を抱いてもええ。ただほんまに甲斐性のある男は、浮気しても女を不安にさせへんのや。浮気したことを墓場まで隠しきるか、隠さへんなら、このオスならいくら他のメスが群がっても大丈夫、そう思わせなあかん」
「どういうことだ?」
「愛情が有り余って、他のメスに配っても自分の元には十分な愛情が残るんやと、だから大丈夫やと心底から思わせることやな。どれだけ言葉を飾っても、結局はそれだけのことや」
「…ふむ」
「しーちゃんの場合は少し特殊やな。他の女に取られるというよりは、自分が役に立てへんことで、トシゾウはんの気持ちが離れて行くのを恐れているんや。トシゾウはんはしーちゃんを手放したりせんやろ?なら、ただしーちゃんを安心させてやるだけでええ。その方法はトシゾウはんの方が詳しいやろ」
話は終わりや、とばかりにシオンが残した酒を呷り始めるベルベット。
「ベルは良い女だな」
「トシゾウはん、そういうところが力が有り余ってるって言ってるんやで」
正直な感想を言ったトシゾウに、ベルはいろんな意味で耳を赤くしたのだった。
宴もたけなわ。
夜は更けていく。
笑い声、怒ったような声、涙ぐんだ声、情熱的な声、からかうような声、真面目な声。
乾杯した時とは違う種類の声が混じっていることに気づく。
ギルドメンバーには、それぞれに過去があるのだろう。
人間は所有できるが、そのすべてを所有できるわけではないのかもしれない。
人間はおもしろい。
悪くないなとトシゾウは思った。
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