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007 合わす顔がない

 エルが部屋から出てこない。


 粗相をしてしまったエルをそのままベッドに寝かせることが忍びなく、目を離せるような状況でもなかったため、エミリィは錯乱したエルを自分の部屋へと連れ込んだ。

 毛布で包みベッドで寝かせようと思ったが、ガタガタと震えるエルはエミリィの身体にしがみついて離れなかったらしい。

 しばらくしたら落ち着いたようで、身体を綺麗にして部屋に戻してやったのだが……部屋の外に出る時には相当怯えていたようで、周囲を警戒するような仕草を見せていた、とエミリィから聞かされた。

 何にせよ、エルの反応を聞く限り、エミリィが拒絶されていないのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。

 自分はエルの信用を失ってしまったかもしれないが、エミリィが居てくれればエルの面倒を見てやることは、まだ……できるだろうから。


 カウンターに据わっているエミリィが、ジト目でガウルの事を睨んでいる。全く擁護できないレベルで自業自得である事を自覚しているガウルは、肩を落としてカウンター内の椅子に座り、突っ伏した。


(ハァ……やっちまった……)


 迂闊だった。自分の容姿が子供の目にどう映るかなんて、分かっていた筈だったのだが。





 あの出来事の直前、ガウルは裏庭でその日の成果物の処理をしようとしていた。

 しかし、張り切りすぎたのか……今日は、アレの処理量がやたらと多くなってしまった。


(エミリィに手伝いを頼むか。ついでに、コレ(・・)を見せてやったら喜ぶかもしれんな)


 喜ぶエミリィの表情を想像してニヤリと笑ったガウルは、それ(・・)と、鉈のような形の刃物を持って裏口から厨房へと入っていった。


 食堂からした物音に気付いたのは、その時だった。

 ガチャリ、と入り口の扉が音を立てたのだ。

 多分、エミリィだろう。エミリィには、自由に出入りできるように入り口の合鍵を渡してある。店内からまだ気配がすることから察するに、今戻ってきた所らしい。


「エミリィ?」


 そう、声をかけながら食堂に入っていくと……そこに居たのは小さな小さな、銀髪をたなびかせた愛くるしいエルフの少女。つまり、エルだった。


「ーっ……!」


「何だ、エルか」


 ビクッ! と震えてこちらを見たエルに、なるべく優しい声で話しかけた。

 このリアクションには慣れている。子供から見れば、自分の姿はまるで大鬼(オーガ)だ。人相が良くない事も自覚しているし、子供に泣かれた事など何度でもある。

 ただ、ガウルは非常に紳士的で温厚な性格だ。近所の子どもたちはそれを分かっているから、出会い頭にガウルを見て驚くことはあっても、


「なんだ、宵闇亭のおっちゃんかよ! びっくりさせんなよ!!」


 と、怒りながらキックを放ってくるのだ。ガウルはいつも笑いながらそれを受けてやっている。

 だから、息を呑んだエルを見て、ああ、驚かせちまったな――と、苦笑しながら優しく声を掛けたのだ。


「■……■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」


 エルの状況が一変したのはその瞬間だ。

 悲痛な叫び声を上げ、背にしていたドアに必死に縋り付き、ドアを何とかして開けようとし始めたのだ。


「え、エル……!」


 あまりの変貌っぷりに一瞬頭が真っ白になってしまったガウルは、迂闊にもエルに向かって一歩踏み出すという愚行を犯してしまう。

 その瞬間、ひときわ大きく身体を震わせたエルは焦点の合わない目でガウルを見つめ、その場にぺたん、と座り込んでしまったのだ。


 その瞬間、ガウルは気付いた。自分が、どういう格好をしているか、という事に。

 今着ている行動着。これは作業着にもしているので、昨日外出してから着っぱなしだが……いつも、エミリィに「ほとんど山賊」といった評価を得ている。

 それに加え、大きな刃物。厨房に置いておくつもりだったが、物音を確認するためにそのまま持って出てきてしまった。

 見た目のいかつい男が、刃物を持っていきなり現れた。増してや、ガウルの人相は顔なじみの子供ですら急に現れたらビックリしてしまうような物なのだ。

 最近、少しずつ笑顔をみせてくれるようになったエルだったが……驚かない筈もないのだ。


 持っているものを後ろに向かって投げ捨て、両手を上げてアピールしてもエルの反応は変わらない。

 寝起きなのか、いつもエルが寝間着にしているガウルの予備のシャツ。その裾とエルの内股からは、水滴が滴っていた。どうやら漏らしてしまったらしい。それほどの恐怖を、与えてしまったのだ。


「どうしたの!? ……エルちゃん!?」


 近づくことすら出来ず、狼狽えていた所にエミリィが飛び込んできてくれた。


「エミリィか!? 良かった、エルのことを頼む……! 俺の事が、怖いらしい」

「当たり前でしょ!? そんな格好で……何考えてるのよ! エルちゃん、もう大丈夫だからね」


 状況を一瞬で察してくれたエミリィが、エルを抱きかかえて宿の方へと連れて行く。これでエミリィまで拒絶されていたら打つ手がなかったが、幸いにもエルはエミリィにしがみつくようにして運ばれていた。






「ガウル」


 エミリィの冷たい視線に狼狽えながらも、それを受け止めなければならない立場にあるのが自分だ。

 そう思い、エミリィの視線を正面から受け止めるガウル。


「……何だ」

「わかってる筈でしょ? エルちゃんは、普通の子供とは違うのよ」

「あぁ……」


 “怖い大人”に捕まり、虐待を受け、怯えきってしまっている子供。

 それがエルだ。……と、ガウルとエミリィは信じ切っている。


「……考えたくもないけど。あの怯え方を見ると、刃物で脅しつけられた経験でもあるのかもしれないわね。その光景を思い出して、同じ目に合わされると思ったのかも」

「ぐ……」


 可能性はある。ガウルは自然にそう思った。

 エルは、虐待のせいで泣く時も声をあげず、極力他人に迷惑がかからないように行動している。

 そのエルが見境もなく泣き叫び、挙句の果てに粗相してしまう程に怯えていたのだ。よほど恐ろしかったのだろう。


 実際のところエルは、狼に襲われたり崖から転落した時には当たり前のように泣き叫んでいる。ガウルとエミリィに保護されてからはお気楽な監禁生活を送っていたため、そこまで大騒ぎした事が無かっただけだ。


「わかるでしょ? ガウル、あなたがエルちゃんにどれだけ酷い事をしたかって」

「ああ、分かる……迂闊だった、なんて言葉じゃ済まされねえのも、な」


 十分に反省しており、後悔もしているガウルを見て、エミリィはため息をつく。


「ねえガウル、あなたは立派よ。見ず知らずの子供を助けて、面倒も見てあげてる。それも、店まで閉めて、よ。誰にでも出来ることじゃないわ。でも――」


 一旦言葉を区切り、ガウルの目をしっかりと見る。ガウルもまた、エミリィの視線を正面から受け止めていた。


「――エルちゃんには、特別な事情がある。あなたは本当に優しいし、立派だけれど……エルちゃんの近くにあなたは、居ないほうがいいのかもしれない」

「……あぁ」


 ――当たり前の話だ。

 あんなに怯えさせてしまった元凶が、エルの近くに居ていい訳がない。

 エルの事を思うなら、ただちに別の場所に移して、エミリィや他の知り合いに任せるべきだ。

 ガウルは目を伏せ、大きなため息を付いた。


「そう、だな。エミリィ、悪いんだが……」

「いいの、言わないで。今日にでもエルちゃんを連れて『木もれ陽亭』の方に宿を移すわ。ナルリアならある程度、融通を効かせてくれるでしょ」

「ああ、頼む。俺からも言っとくからよ……」


 静かに頷いて、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべてからエミリィは立ち上がった。自分とエルの荷物を整理するのだろう。ガウルは何も言わずにその姿を見送った。

 隣の区画で宿屋『木もれ陽亭』を営んでいるナルリアは顔なじみだ。エミリィに負けず劣らずのいいヤツで……それでいて一本芯の通っている心強い”女将”だ。彼女になら、安心してエルを任せられる。


(ハァ……何が「旨い飯を沢山食わせてやる」、だよ。クソッ……)


 美味しそうに食事をとるエルが、少しずつ見せてくれるようになった笑顔。あの可愛らしい笑顔を振りまいているのが、本来のエルの姿なのだろう。

 自分の作った飯がその笑顔を生み出した事に喜びを感じ、その本来の姿を取り戻してやりたい……そう、ガウルは思った筈だ。

 ところが、現実はどうだ。あの虚ろで焦点の合わない恐怖に濁った目……。笑顔どころか、そんな目をエルにさせてしまったのは自分なのだ。

 こんなヤツが、エルを幸せにしてやる事など、出来るはずもないではないか。


 すっかり落ち込んだガウルは、「本日休業」の札を表に出すと裏庭に戻った。

 気力はないが、アレを放っておく訳にもいかなかったからだ。









 一方、その頃エルは。


(ああああぁぁぁああ!! やらかしたああぁぁぁぁああ〜〜!! 合わす顔がないぃぃいいい!!!)


 頭を抱え、ベッドの上をゴロゴロのた打ち回っていた。







次話は、4/7(土) 12:00に更新予定です。

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