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023  喋った!?

『はぁ〜、そんなに上手い事行くわけないかぁ』


 意気消沈したエルは、溜息を付きながらランチをつついた。


『――期待、応えられなかった』

『クーちゃんのせいじゃないよ。僕が勝手にぬか喜びしただけだから。それに、まったく収穫がなかった訳じゃないし』


 野菜をぽりぽりと食べるクーを見ながら、エルは先程の出来事を思い返していた。




『クーちゃん! 僕の言ったことをリーネちゃんに伝えられる!?』

『――分からない。やってみる』


 クーは、エルの言葉とリーネ達の言葉を両方理解できる。それを知った時のエルの喜びは、筆舌に尽くしがたい物だった。

 ちょうど、この世界の人々との会話を諦めかけていた所だったからだ。



 この世界の言語を習得しようと頑張っていたエルだったが、その進捗は芳しくなかった。ここの言葉は、明らかにおかしいのだ。

 何度も同じ言葉? を繰り返しているようにしか聞こえないのに、意志の疎通が出来ているようなのだ。聞き取りづらいキツい方言がどうこう、というレベルではない。

 日本語にも「ちゃうちゃうちゃうんちゃうん?(チャウチャウではないのではないかな?)」等といった摩訶不思議な響きの言葉があるが、一事が万事その調子なのだ。


 エミリィは本をくれたり、音読したりしてくれる。エルに言葉を覚えさせようとしているのは間違いないだろう。

 そこでエルはエミリィに協力してもらって、指差しによる固有名詞の確認をしようと考えたのだが……全くうまくいかなかった。


 近くの机を指差して、じっと見るエルの意図をエミリィは汲んでくれた……と思う。エミリィも机を指差して、ゆっくりとその名前を告げる。


対象(近距離)[=これ] () (作業)[=机] (だよ)

(これは、机だよ。)


 多分、今の中に机を示す言葉がある。聞き取りづらい発音をなんとか覚えながら、今度はベッドを指差した。エミリィもそれに習う。


対象(中距離)[=それ] () (寝具)[=ベッド] ()

(それは、ベッドね)


(……え、一緒じゃないの?)


 全く同じに聞こえる言葉を繰り返すエミリィ。

 いや、何かが違ったのかもしれない。英語でいう”Light”と”Right”のような物だったのかも。元日本人のエルにはあまり区別がつかないけれど、現地の人からすれば違いは明白なのだ。

 エルはそう思い直して、今度は棚を指差した。


対象(遠距離)[=あれ] () (収納)[=棚]」

(あれは、棚)


(えぇー……)


 何が違うのか分からないので、発音を真似してみる事にする。まずは机。


だい(ーー)?」


 困ったような顔をするエミリィ。何かが違うらしい。


だい(ーー)? ……だい(ーー)


 ベッド、棚と指差していくも、当てはまらないらしい。エミリィの表情は変わらない。頷いたり、喜んだりしてくれるような気配は全くなかった。


(えぇー……何が違うかもわからないし、そもそもちゃんと言葉にできてないっぽい……? わっっかんないよこんなの!!)


 恩人たちの名前さえわからず、会話も出来ないのは悲しい。そう思って言葉を覚えようとしていたエルは、それからも様々な方法を試したのだが、全てがそんな調子で――さすがのエルも、折れかけていたのだ。


 そんな時に現れたクーは、まさに天からの使いのように思えた。



 ――しかし。


『リーネちゃんに、今の年齢とか聞けるかな?』

『――試す』


 いざ会話できるとなると、何から聞いてみればいいか分からない。結局、そんな無難な質問に落ち着いたのだが……


「……リーネ」

「わぁ……なに? クーちゃん」

「……何個?」

「えっ?」

「……何個?」

「な、なにがかな?」

「……リーネ」

「わたし? 私は……一個かなぁ……?」

「……そう」


 リーネの肩に乗って何やらやりとりをしてから、エルの頭の上に戻ってくるクー。


『――ひとつ』

『へ? なにが?』

『――リーネは、ひとつ』

『え、ええぇ〜〜!? そんな訳ないでしょ!? いや、え、この世界だとありえるのかな……?』


 衝撃の答えに戸惑うエル。


『じゃ、じゃあ……好きな食べものとか』

『――試す』


「……リーネ」

「なあに?」

「……ごはん?」

「お腹すいちゃった? ガウルおじさん、なにかお野菜あげてもいいですか?」

「あんま食わせすぎんなよ。これでもやっとけ」


 差し出された小さな野菜のスティックを差し出すと、ぽりぽりと咀嚼するクー。食べきると満足したようにくるりと回ってから、エルの元に戻っていった。


『――ごはん、くれた』

『良かったねー。おいしかった?』

『――おいしい』

『そっかそっか。で、リーネちゃんはなんて言ってた?』

『――ごはん、くれた』

『……?』

『――?』


 話が微妙に噛み合わない。

 何かがおかしい気がしてきたエル。確認のため、何度か通訳を任せてみて分かった事は――


(だめだ……! クーちゃん、翻訳できるほど喋れる訳じゃないっぽい……!)


 そもそも、クーはエルの言葉すら完全に理解しているとは言えないのだ。長い文章や、少し難しい単語が出ると『分からない』と言う。

 更に問題なのは、そんなエルの言語よりもリーネ達の言語のほうが不得意だ、とクーが言った事だ。さすがにおかしいと思ったエルが聞いてみた所、それが判明した。

 エルの言葉であれば何とか意思の疎通が可能なレベルには使えるのだが、リーネ達の言葉は「言っている事が何となく分かる気がする」「単語はちょっと分かる」くらいのレベルらしい。


 結果、エルの言葉を謎翻訳して一言にしてしまい、良く分からない対応をされてしまっていたようだ。


(あぁ〜〜〜……折角、お話できると思ったのに……! 言葉の事とかもっと聞けるかと思ったのに〜〜!!)


 浮かれてしまった分、その後のエルの落ち込みようといったらなかった。

 憂い顔でため息を付いて昼食をつつく。その姿を皆が心配ながら見ていた事には、エルは気付かなかった。





『よっし!! いつまでも落ち込んでられない!!』


 ランチ営業が終わり、失意から魔力修行――という名のお昼寝――をサボってだら〜んとダレていたエルだったが、なんとか気を取り直して立ち上がった。


『言葉はうまく翻訳できなくても、名前は分かるんだし。まずは皆の名前を聞くところから始めればいいんだよね。“できる事からコツコツと”、これ大事。という訳でクーちゃん、皆に名前を聞きに行こう!』

『――そう』


 思い立ったが吉日。エルは早速部屋を飛び出して、ガウルの元へと駆けていく。外出していなければ、この時間は仕込みのために厨房か倉庫に居るはずだ。

 というわけで、厨房に来てみたエル。竈には火が入っているようで、その上に置かれた鍋からは酸味が強めの甘酸っぱい匂いが漂っていた。


『なんだろー?』

『――なんだろ?』


 ガウルはその脇の作業台で野菜類を処理していた。

 その脇には壺が置かれていて、ごろごろサイズに切られた野菜が次々に入れられていく。酸っぱい匂いの中から僅かに感じる香辛料の香り、壺に投入されている塩もみされたらしき野菜類……


『ピクルスかな? 漬ける酢に調味料を入れて火を入れてるみたいだな。あ〜、よだれが出てくるなこれ……』


 鼻をひくひくさせながら近づいてきたエル。それに気付いたガウルは、包丁を置いてしゃがみこんだ。


「どうした?」


 特になにもしていないが、ガウルはエルの頭を撫でてくれる。その大きくてゴツゴツとした手は、エルの頭を鷲掴みにしているようにも見える。が、その撫で方はとても優しい。

 エルは、ガウルの大きな手で撫でられるのが嫌いではなかった。――好き、と素直に言わないのは、エルの中に残ったオトコノコゴコロが反発しているからだ。


 早速、エルはガウルに名前を尋ねてみることにした。


『クーちゃん、なまえ、って言ってみて』

『――名前、知りたい?』

『うん、だからクーちゃんが名前を聞いて、リーネちゃんの時みたいに僕に伝えてほしいんだ』

『――いい方法、ある』


 リーネちゃんの名前を教えてくれたのだから、同じ調子で行けるだろう。エルはそう思ってクーに頼んだのだが、クーから返ってきたのは意外な言葉だった。


『いい方法?』

『――イメージ。直接、伝わる。▲▲▲▲▲、二人で触る。名前、浮かべる。頭、つける』

『んー……? クーちゃんを二人で持って、名前を思い浮かべて、クーちゃんと喋るみたいにすればいいのかな?』

『――多分、そう。名前、相手、思い浮かべる。▲▲▲▲▲、相手に伝える』


 クーの言葉を整理すると、クーに触り、相手に名前を思い浮かべてもらって、額をくっつければ直接イメージが伝わるようだ。


『なるほど? とりあえずやってみよっか』


 エルは早速ガウルの手を取り、反対の手でクーを持ってぴたりとくっつけた。


「あん? なんだ、撫でさせてくれるのか? まぁ、手触りは……思ったよりも良いな……」


 お気に入りの精霊の毛並みをおすそ分けしてくれているのだろう。エルの行動をそう読み取ったガウルは指先でクーをさわさわと撫でる。

 そんなガウルに、クーからの声がかかる。


「……思って」

「ん?」

「……自分、思って」

「何だぁ……?」


 ガウルは首を傾げた。自分を思って、とは一体どういう事だろう。


(俺がエルにとっての何なのか、って事か? ……仮の保護者、以外の何なんだろうな。親? ……はッ、まさかな……)


 目を瞑って自問自答するガウル。


(親……か……。好き勝手生きてきて、家族なんか作れねぇと思ってたが……エルを見てると、そういうのも悪くねえかもしれねぇとは……思うよなぁ……)


 ふと、カルロにからかわれた時の事を思い出す。

 あの時はなんて馬鹿な事を言っているのかと思ったし、実際にそれを言ったエルに良く分からない衝撃を受けて固まってしまったりもしたが、今思えば――意外と、心地よい響きだったような気がする。


 ……そんな事を考えていたガウルは、目を瞑っていたせいでエルの顔が近づいてきている事に気付いていなかった。いや、気付いてはいるのだが、その気配がエルの物だと分かっているので気に掛けていないのだ。

 ガウルがその言葉を思い浮かべたのと、こつん、と額に温かい物が触れるのを感じたのはほぼ同時だった。


お父さん(パパ)――なぁ……いや、似合わねーか、俺には)


 額に受けた柔らかい衝撃に目を開くと、エルはおでこをこつん、とガウルの額にくっつけていた。

 自分の考えが漏れ聞こえてしまったような気がして、少し気恥ずかしくなり、エルをやんわりと引き剥がして頭を撫でて誤魔化した。


「何だろうな、まあ、一時的な保護者みてえなモンだよ」

「――パパ?」

「はッ、いやいや……そんなガラじゃねえよ――ッ!?」


 鼻で笑って流しかけたガウルだったが、気付く。

 今のは、なんだ? 誰が喋った?

 一瞬クーかと思ったが、違う。クーはもっとか細い、囁くような声の筈だ。

 だとしたら、一体。鈴が鳴るような、透き通った、しかし少し舌っ足らずな――この声の主は、誰で、今なんと言った?


 驚きに目を見開いたガウルの前には、至近距離で嬉しそうに笑っているエルが居る。見回してみても、他には誰も居ない。


「え、エル……?」


 困惑するガウル。

 そんなガウルをエルは見つめ、唇を開き、そしてはっきりと(・・・・・)ガウルの事を呼んだ。


「パパ!!」





 日が暮れた頃、宵闇亭に向かう一人の女性が居た。常連の一人である、衛兵のリナだ。

 今日は非番だったので、街をブラブラして過ごしていたのだが、偶然街角で出会った同僚のサジットが「エルちゃんの元気が無くて心配」というような事を言っていたので気になってしまったのだ。……その事が無くとも、夕食は宵闇亭で済ますと決めていたが。


 三番通りから横道に入ると、宵闇亭が見えてくる。最近は客も増え、店はいつも賑わっている。店が近づいてくると今日もまた、人々の楽しそうな声がその中から聞こえて……こなかった。


 いや、人々の声は聞こえるのだが、どうも様子がおかしい。近づくにつれて見えてきたのは、店の灯りはついているが、同僚の衛兵達がガシャガシャと鎧を鳴らしながら慌ただしく出入りしている光景だ。


「ちょ、ちょっと! 何があったの!?」


 慌てて駆け寄ると、中から担架に乗せられた誰かが運び出されてきた。見れば、店主のガウルだった。その脇にはカルロが付き添っており、入り口では不安げなリーネとエルを抱きしめたエミリィがその様子を見送っていた。


「どうしたの!? ガウルさんの容態は!?」

「――分からない。宵闇亭から異臭がするって通報を受けた衛兵が踏み込んだらガウルが倒れてて、エルちゃんが泣いてたみたい……。ガウルは強いショックを受けて倒れたみたいで、まだ反応が無いの」

「異臭? ショックって……?」

「異臭はもう散らしたから大丈夫だけど、刺激性の毒物の可能性があるわ。エルちゃんが平気だったのは、どうしてか分からないけど……ガウルが倒れた原因は、それかもしれない」

「そんな……」


 エミリィが歯噛みをする。


「……もしかしたら、エルちゃんを狙った襲撃だったのかもしれないわ。ガウルが遅れを取った上に、結界に何も反応が残っていない事を見ると、相手は相当な手練ね……。防護結界は残っているから、エルちゃんに手出ししなかったのはそれを警戒して、かしら……?」

「許せませんね」

「ええ。エルちゃんを泣かせた罪は百万倍にして返してやるわ」


 エルを泣かせた相手に復讐を誓うエミリィは、研究所から色々と物騒な魔道具を持ち出し、国内最高峰レベルのセキュリティと一軍に匹敵する火力を用意して更なる襲撃に備えた。


 翌日、戻ってきたガウルから知らされた真実は――


「は……? ピクルス液……?」

「……あぁ。煮てる間に……その、色々あってな。気を失った」

「はぁ……」


 エルにはっきりと「パパ」と呼ばれたショックで魂を飛ばしてしまい、酢がメインで出来ているピクルス液を煮飛ばした上に鍋を空焚きして駄目にしてしまい、挙句の異臭騒ぎ。

 衛兵の詰め所で真実を語ったところコッテリと絞られ、戻ってきたのだそうだ。

 その後、エミリィの指示によってガウルが裏庭で正座させられたのは言うまでもない。


「もう、ガウルったら何を言ってるのかしら……。そんな都合よく、急にエルちゃんが喋る訳ないじゃない。夢でも見たのかな。……にしても、随分と都合のいい夢ね。ふふっ、ガウルも意外にそういう願望あるのかな? ね、エルちゃん」

「……パパ?」

「そうね、パパだなんて……えっ!?」


 エルの声を聞いて、ガウルと同じように目を見開くエミリィ。ガウルと違うのは、意識を飛ばさなかった所だ。


「え……え……」


 震える指で、エルを指差す。

 当のエルは、不思議そうな顔でこてん、と首を傾げてエミリィを見ていた。


「エルちゃんが、ちゃんと喋った……!?」





分かりづらいですが ()[=言葉の意味]です。

「、」の上に「は」があるのは、無発声で韻のみの表現になる場所を無理やり描写しました。色々と無理がある……。

次話は5/1 12:00 投稿予定です。

(5/1 追記 急な用事が入ってしまい、書き上げられていません。今日はお休みして、5/3 12:00に投稿予定です。すみません。)

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