022 精霊さん?
気付いたらブックマークが6000を超えていました。ありがとうございます。
このところ更新速度を優先して推敲が足りていませんが、そのうち諸々整えます……。
『――ねえ、ねえ』
『んー……』
皆が寝静まった深夜。
熟睡していたエルは額に変な感触を覚えると共に、何かの声を聞いた気がして意識を浮上させた。
『――君は誰?』
『……んぅ?』
目を覚ましたエルの前には、淡く光る小さな毛玉のような物体が浮かんでいた。サイズはエルのちいさな手のひらにすっぽり収まってしまうくらい。
その周囲にだけキラキラと輝く粒子が散っており、小規模なダイアモンドダストのような輝きを放っている。
よく見ると、動物の手足や耳のような物もある。うずくまったような姿勢で浮いているため、毛玉のようにしか見えないのだ。
『なにこれ。丸まった小さいうさぎ?』
エルが素直な感想を口にすると、その塊――小さなうさぎは、ふよふよと中空を漂って再びエルの額に触れる。
『――君は誰?』
再び聞こえる声。びっくりして身を引いてしまったが、うさぎは特に気にしていないようで、ただ浮かんでいるだけだ。
『……お前が、喋ったの?』
エルの問いに、うさぎは何も答えない。
紅い瞳がただじっとエルを見つめている。エルもまた、その瞳を見つめ返していた。
(どういう事だろ? 僕の喋ってる言葉を知ってる? でも、僕の言葉はわからないのか……?いや、問いかけられてるわけだし、そんな事はないと思うけど……)
エルが葛藤している間も、うさぎは只管にエルを見つめ続けている。
『……? なに?』
返事はない。人に話しかけておいて無視とは一体どういう事だろう。
見つめ合うことしばし。うさぎは再びふよふよと漂って、エルの額に触れた。
『――君は誰?』
『……あっ、そういうことか? 頭くっつけないと話せないのか』
三度目の問いを投げかけられた時点で、ようやくうさぎの行動の意図を察したエル。額をうさぎにそっと擦り付けて、答えようとする――が。
(どうしよう、僕って誰なんだ……? 前世の名前も覚えてないし、今の名前も分からないし……)
根本的な問題にいきなりぶちあたってしまったエルは、しばし悩んでから答えた。
『わかんない』
『――なんで?』
返事が来た。どうやらエルの考えは正しかったらしい。
会話が成立した。その事が嬉しくなったエルは、これまでの鬱憤を晴らすかのようにまくし立てた。
『僕は、こことは違う世界にいたんだ。そこで事故にあって、多分死んで……気付いたらこの姿で森の中に居たんだよね。ねえ、何か知らない? そういう人が他にもいるとか、よくある事なのか、とか』
『――言葉、難しい、わからない』
『そ、そっか……』
駄目だった。うさぎがエルに応える言葉はたどたどしく、滑舌? もどこかあやふやだ。エルほど流暢に話せないのかもしれない。
『別の世界から、来た。何も、分からない』
『――そう』
今度は通じたようだ。文を短くして簡単な言葉を使えば分かってもらえるようだ。逆に今度はエルから尋ねてみる。
『君は誰?』
『――精霊』
『精霊さん? 名前は?』
『――名前。▲▲▲▲▲』
『なんて?』
『▲▲▲▲▲』
『……わかんない』
精霊? の伝えた名前はエルには聞き取れなかった。
まるで、そこだけがこの世界の言語のように、あやふやにしか認識できないのだ。
『――名前、言葉、意味を持たない。言葉、ならない。イメージ、送る』
そういうとうさぎは、エルの額にしがみついた。言語ではない、何かがじんわりと送られている感覚。しばらくして、エルの口からは自然とその名前が溢れた。
『……クウィルナ?』
『――わからない。多分、そう』
多分、エルが口にしたその名もうさぎ――クウィルナには聞き取れていないのだろう。けれど、伝えられたイメージのような物がこの精霊の名前だという事は何となく分かった。
『呼びづらいからクーちゃんでいい?』
『――そう』
『クーちゃん、今適当に返事したでしょ。わかるよ、僕も英語で喋りかけられて何となくオーイエーって言っちゃった事あるし』
『――言葉、難しい、わからない』
『あっはい……』
ついつい喋りすぎてしまうエル。幸いにもクウィルナ――クーには気を害したような様子は見られない。……と思うが、これでは一方的に喋っているだけで会話とは呼べない。
(うー、つい気が急いちゃうな……でも、ようやくこの世界に来てまともに会話できてるんだもん……。でも気をつけないと、クーちゃんを怒らせて嫌われでもしたらまた元通りだ! 何としてでも仲良くなるぞ!)
『クーちゃんは、何しに来たの?』
仲良くなるためには、まず相互理解が必要だ。自分から話せる事は殆ど何もないので、クーちゃんからの話を聞いてみなければいけない。そう思って問いかけたエルに返ってきたのは、意外な返事だった。
『――おかあさん、探しに来た』
『そ、そっか……』
(はぐれて迷子になっちゃったのかな? っていうか、精霊にもお母さんとか居るんだな。こんな小さいのに苦労してるんだな――)
そう思ったエルは、クーを額にくっつけたまま優しく撫でてやる。ふわふわした毛の手触りがなんとも言えず、癖になりそうだ。
『おかあさん、見つかるといいね』
そんなエルに、クーは頭をこすり付けるような仕草をして言う。
『――もう、見つけた』
『え? そうなんだ、じゃあ早くお母さんの所に行きなよ』
『――ここ』
『ここに居るの? 誰だろ……美人さんかな? まさか、天使ちゃんか……? いや、でも来た時期を考えれば一番――』
『――おかあさん』
『なに? ……僕? えぇー……? 違うよ、僕はクーちゃんのお母さんじゃないよ』
『――君は、おかあさん』
『いやいや、違うって』
何故かエルの事をお母さんと呼ぶクー。当然、エルにはクーを産んだ覚えも育てた覚えもない。迷子の子供が、保護者を求めているような感じなのだろうか。
そういえば、前世でも似たような事があった事をエルは思い出す。買い物中に見つけた迷子に声をかけた姉が、その子供に「ママ!」と呼ばれてしがみつかれていたのだ。
「姉さん、嘘でしょ……。そんな大きな子供を……」
「そんな訳ないでしょ!? 笑うの堪えながら人をからかうのやめなさい!」
結局その子は本当の母親が見つかった途端、パッと姉から離れて母親に駆け寄っていたのだが。……クーも、そんな感覚なのかもしれない。
それにしても変な雲行きになってきたので、エルは話の流れを変えることにした。
『クーちゃんは、どこから来たの?』
『――おかあさんの所』
変わらなかった。
『く、クーちゃんは何か好きなものとかある?』
『――おかあさん』
『そ、そっか。お母さんの事が好きなんだね、早くお母さんが見つかると良いね』
『――君が、おかあさん』
『あ〜〜……』
全然変わらなかった。なので、額の毛玉をもふもふといじりながら、エルは開き直ることにした。
『まあいっか。懐かれて悪い気しないし……本当のお母さんが見つかるまでの間だけでしょ。うーん、そうしたら、ごはんとかも用意しなきゃ駄目かな? クーちゃんっていつもは何食べてるの?』
『――野菜』
『そっか……(魔力とかじゃないんだ……)』
ベッドに潜り込み、クーを頭に乗せて語り合う。
会話と言うにはたどたどしい、啄むような言葉のやり取りではあったが、久しぶりに他人(?)と直接する会話を楽しんだエルの顔は、とても嬉しそうに綻んでいた。
「……精霊ね。割と旧い存在みたいだけど力は弱いようだし、エルちゃんに懐いてるみたいだから害は無いでしょ」
朝。いつもどおり朝の準備をしてあげるためにエルの部屋を訪れたエミリィは、その頭の上でぽよんぽよんと跳ねている真っ白な毛玉を見つけた。
それは良く見ると小さなうさぎのような存在で、周囲にキラキラと輝く粒子を放っている。
「なにこれ!?」とエミリィが驚くと、そのうさぎは小さな小さな、囁くような声で「……クーちゃん」と答えた。
その毛玉――クーは、エルが朝食を摂るために部屋を出ると、当然のようについてきた。というか、頭の上に乗ったりおでこにくっついたりと、エルから離れようとしない。
「わ、わ、わ……かわいい……」
目をきらきらさせてそれを見つめていたリーネの頭に、クーを乗せてやっているエル。なんとも微笑ましい光景だ。
「喋るってこたぁ、位階は高いんじゃねえのか?」
「うーん……ギリギリ言葉は分かってくれてるのかな? って感じ。そこまで高位の精霊とは思えないわね。語彙も豊富とはとても言えないし。そんなに特殊な存在じゃないと思うわ」
「そうか……」
エミリィの言葉に、胸をなでおろすガウル。精霊の中には、人に害をなす者も居るのだ。位階が低ければ素直な子供のような存在が多いのだが、高くなればなるほど高度な知性を持つ者が多い。ガウルが警戒していたのはそれだ。
そもそも高位の精霊は人の前に滅多に姿を表さないので、ガウルは見た事がない。エミリィも師の伝手で一度だけ見たことがあるくらいだ。なので確信は持てないのだが、簡単なやりとりで解った今のクーの状態に、差し当たっての問題はないと言えるだろう。
「私、リーネ! よろしくねクーちゃん!」
「……リーネ」
「そう! リーネだよ。 クーちゃんはどこからきたの?」
「……おかあさん」
「そっかぁ〜」
頭の上にクーを乗せて貰ったリーネは、おしゃべりを楽しんでいる。おしゃべりというよりは一方的にリーネが話しかけて、それに時々クーが反応しているというような感じではあるが。本人は楽しそうなので問題はないだろう。
エルは自分の食事から野菜スティックをつまみ、クーにあげていた。
「精霊って野菜食うんだな……」
「モノによるわね。大地、森、植物……そのあたりに縁のある精霊なんじゃない?」
「ふん……色々用意してみるか」
既にクーの食事を用意するつもりになっているガウルに、エミリィは笑みを浮かべる。まあ、嬉しそうにクーに額をこすりつけたり頬ずりしたりしているエルの笑顔を見れば、ガウルがクーを追い出したりはしないだろうという事くらいすぐに分かる。
「なんだか、急に賑やかになったわね」
「全くだ……一体いつからウチは託児所になっちまったんだか」
「そんな事言って。エルちゃんが居なくなったら寂しいくせに」
「……元通りになるだけだろ」
「そんな訳ないでしょ。考えてみなさいよ、エルちゃんの保護者が迎えに来て、急にここから居なくなったらガウルはどう思う?」
「…………………………………………」
ピタリ、と皿を洗っているガウルの手が止まる。
「……………………………………………………………………別に、どうも思わねえよ」
「そのリアクションで、『どうも思わない』で済む訳ないでしょ……。素直じゃないわね。ま、賑やかなのはいい事よ」
「…………かもな」
エルが居て、エミリィが居て、そこにリーネやクーも加わった賑やかな朝の時間。こんな短い期間にすっかり当たり前になってしまった光景に、ガウルは思わず目を細めた。
『この人がここの主人さんで、この美人さんは……彼女? なのかな? で、こっちの天使ちゃんは僕と一緒に働いている子だよ。はじめはお客さんだと思ったんだけど、住み込みで働くみたいでさ。制服がまた似合うんだよねぇ〜……』
エルは、クーに宵闇亭の人々を紹介していた。名前は分からないので、エルが自分で付けたあだ名での紹介だ。それを黙って聞いていたクーだったが、エルがリーネを紹介した所で、唐突にその言葉を遮った。
『――違うよ』
『ん? 何が?』
『――天使』
『ああ、いや、名前はわかんないから。僕が勝手にそう呼んでるだけで、本物の天使って訳じゃ……』
自分でも適当すぎると思っていた命名に、少し恥ずかしくなって言い訳をしようとしたエル。しかし、クーが言いたいのは別の事だった。
『――▲▲▲』
『えっ?』
『――名前。言葉、ならない。イメージ、送る』
そうして、べたっとお腹をエルの額に貼り付けたクーは、その名前を告げる。
『……リーネ……ちゃん? この子、リーネちゃんって言うの?』
『――分からない。多分、そう』
相変わらず、エルが口にしたリーネの名前は認識できていないようだ。
しかし、クーが伝えてきたのは間違いなく目の前の天使ちゃん――リーネの名だと、クーの様子から分かった。
『なんで……? クーちゃん、も、もしかして……リーネちゃん達の言葉が分かるの!?』
興奮するエルに、クーは淡々と言葉を返した。
『――少し。言葉、すごく難しい、少しだけ分かる』
その言葉に、エルは目をきらきら輝かせて叫んだ。
『すごい!! すごいよクーちゃん!! これでやっと言葉が伝わるじゃん!!』
――そう喜んでいたエルだったが、その喜びは長くは続かなかった。
営業が始まってからのエルは接客こそ普段通りだったが、お昼に席で食事を取っている姿は妙に元気がなく、明らかにがっかりしたような様子だ。
客がガウルに尋ねても「全然分からん。朝はいつもよりも元気だったんだが……」と困っている。頭に何かもふもふした毛玉が乗っているが、ガウル曰く、特に関係ないらしい。
時折つんつんとそれをつついているエルは、何事かつぶやくと大きなため息をつく。その姿を見たリーネも、心配そうにエルのことをちらちらと眺めている。
一体エルに何があったのかと、客は口々に噂していた。
冒頭のルビは語ごとの意味を補足している訳ではありません。
私 は ペン です。
みたいな表記だと思ってください。
言葉をどの程度作っているかですが、
例文:ちょ、ちょっと待ってよ。あの子が従業員じゃないってどういう事?
翻訳:Gynepz,Caar Joer Vorlt, Karl Zr Perequaot, Karl Ane
的な感じに表記できるくらいには作っています。が、話の本筋にはあまり関係ないですし、作者以外には読み解ける要素もないような設定なのであくまでフレーバーとしてお楽しみください。
言語モノとして掘り下げる気は全くないので……。
次話は4/29(日) 12:00投稿予定ですが、作者の状況次第でお休みになるかもしれません。その場合、5/1(火) 12:00投稿になります。申し訳ありませんが、ご了承願います。




