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021 本物のねこみみだ

『いらっしゃいませ〜!』

「あ、あの……こんにちは」


 満面の笑顔でお出迎えするエルの後ろには、エルと同じような衣装に身を包んだリーネがいた。

 てきぱきと動くエルの後ろをちょこちょことついていくリーネの姿は、まるで仲睦まじい姉妹のようだ。


「なに? この店そんなに人手不足だったの? それともエルちゃんが店に出てから客が増えたのに味をしめて――」

「馬鹿野郎! ンな訳ねえだろうが!」

「だよねぇ。オヤっさんが娘っ子に無体な真似する訳がねえ事くらいは分かってるよ。ま、いいんじゃない? 見てて癒されるし」


 カーウェルの言うとおり、二人から出ている癒やしオーラは凄まじい。

 エルはちょこちょことついてくるリーネの手を、時折きゅっ、と引くのだ。その度にリーネが嬉しそうな顔をしてほわほわオーラを放つので、その空気にあてられた客の顔もまたゆるゆるになっている。

 それだけではない。見よう見まねでお冷を出したリーネに客が「ありがとう」と言うと、顔を赤くしてエルの後ろに隠れてしまう。その手をまた握り、微笑みかけてから客にぺこりとお辞儀をするエル。

 その仲睦まじい姿に、宵闇亭を訪れた客の目尻は「ちょっとそれ大丈夫か?」と思ってしまう程に下がっていた。

 もちろん、ニャムとカーウェルも例外ではなかった。


「はぁ〜……持ち帰って家でじっくりと愛でたいにゃぁ」

「子供って可愛いもんだなあ……俺も嫁さん探そうかな……」

子供(ガキ)なんてもんは可愛いだけじゃねえぞ。アイツらは別格だが……ほれ、さっさと食って出てけ」


 エル達を眺めていると、ガウルが注文した料理を持ってきてくれた。二人が頼んだのは、セットメニューの中では一番安い日替わり定食。今日のメニューは「キノコの皮膜(ホイル)焼き」だった。


 旬の食材を耐熱性のあるラーヴァリザードの皮膜――質感は違うが、役割としてはアルミホイルと同じ――で包んで焼くだけの簡単なメニューだが、シンプルなだけに素材の質がダイレクトに味に出る料理だ。しかし、ここは宵闇亭。素材の質は保証されていると言っても過言ではなく……つまり、味もまた、最高である事が保証されているのだ。


 本日のキノコは舞茸(ヒナリ)シメジ(ヒモロ)。そこに客の好みを聞いて、(アカトラ)か大猪の肉を入れる。カーウェルは鮭を、ニャムは大猪を選択した。

 それらの具材の下には刻まれた玉ねぎ(カミル)が敷かれ、獣脂がたっぷりと乗せられている。散らされたハーブ類のおかげで臭みは全くなく、加熱されて脂を吸ったキノコと玉ねぎ(カミル)はしっとりと濡れていて、ひと目見ただけでも絶対に旨い事が確信できる出来だ。

 肉体労働をしている二人のために、ガウルが塩辛くならない程度に岩塩をたっぷり振ってくれたのも嬉しかった。


「で、結局なんでこんな事になったんだ? がきんちょの間でウェイトレスやるのが流行ってんの?」

「知らねえよ。黙って食ってとっとと出てけ」

「取り付く島もねーな」


 エル達のことをガウルに尋ねてみても、この無愛想な店主からは大した情報が入ってこない。そんな時にちょうどエミリィが現れて食事を摂り始めたので、ニャムは彼女にも声をかける事にした。


「エミリィはこの件について何か知ってるのかにゃ?」

「なんでリーネちゃんが働いてるのかって事? 知ってるわよ、私も色々と手伝ったから」


 お昼ごはんの一皿をつつきながら、エミリィは経緯を説明する。


「リーネちゃんがね、エルちゃんとお友達になりたいから、一緒に楽しいことをしたいんだって。エルちゃんにとっての楽しいことが『お手伝い』なら、私も一緒に『お手伝い』します、って言うから。だから、服を合わせてあげたり、色々とね」


 そう話しながら、昨晩の事を思い返す。


 宵闇亭に来た初日、つまり昨日だが……リーネはエルと仲良くなるためにはどうすればいいかと考えて過ごしていたらしい。

 一緒に遊ぼうと誘いたかったが、エルには言葉が通じない。しかも、エルは放っておくとどんどん『お手伝い』を始めてしまう。このままでは仲良くなるきっかけさえ掴めないのではないか、と不安になってきていた。

 しかし、働くエルの楽しそうな姿を見たリーネは閃いた。両親を経由して聞いたエルの過去はともかく、今のエルは『お手伝い』を楽しんでいる。それを一緒にすることが出来れば、仲良くなれるかもしれない、と。


 早速リーネはガウルにその事を話した。初めは戸惑っていたガウルだったが、ちょうど戻ってきたエミリィに相談したところ「いいんじゃない?」と言われたので、それを許可したのだ。

 エミリィはエミリィで、エルのウェイトレス衣装を一着借りてリーネ用に調整したりしていた。服には縫製師であるラキスエニスの計らいで、エルが成長しても調整して着られるようにするための仕掛けが施してあったので、体格があまり変わらないリーネ用に調整するのは簡単だったのだ。


「……って感じでね。それでまぁ、やらせてみたらエルちゃんも張り切っちゃって。一緒にお友達とお手伝いできるのが嬉しかったみたいで、リーネちゃんを引っ張ってあっちこっち駆け回ってて……ふふっ、すっかり仲良くなったみたい」

「やー、可愛いもんだにゃあ」

「うむうむ、眼福って奴だな」

「嬢ちゃんは一応客だから、手伝わせるのもどうかと思ったんだけどな。まぁ、飽きるまでは好きにやらせてやろうと思ってる。暫く騒がしくなるとは思うが、勘弁しろや」


 さすがにエミリィに投げっぱなしにしてしまった事を悪いと思ったのか、ようやくガウルも会話に乗ってきた。


「いやあ、こんな騒がしさなら大歓迎だろ。殺伐とした日々で出来た心のささくれも癒やされるってもんだ」

「そうにゃそうにゃ」


 そんな他愛もない話をしながら、ニャムよりも一足早く料理を平らげたカーウェルはコップの水を飲み干して一息つく。

 目ざとくそれを見ていたエルは、とてとてと駆け寄るとコップを手に取りカウンターへと向かっていった。『エルのお水サービス』だ。

 いつもはすぐにテーブルに持ってきてくれるのだが、今日は少し様子が違う。水を入れたコップをリーネに持たせて、じっとリーネを見つめているのだ。

 エルとコップとカーウェルの間で視線を泳がせていたリーネだったが、暫くして意を決したのかコップを持ってカーウェルの元へとやってきた。


「ど、どうぞ!」

「おう、ありがとな、お嬢ちゃん」


 差し出されたコップを受け取る。

 エルは少し離れた所からその様子を見て、にこにこと笑っていた。


「いやー、大変だなお嬢ちゃんも。エルちゃんはなんつーか、まあ、慣れてるって言い方もアレなんだけどさ。最初っから当たり前みたいに、楽しそうに働いてたから気にならなかったけど、普通は大変だよな。俺らみたいな客を丁寧にもてなすなんて」

「い、いえ! そんなことないです……。お客さんも、みんな優しい人ばかりですし。みんなが嬉しそうな顔をしてくれるのを見ると、エルちゃんがお手伝いしたくなるのも、なんかわかるなぁって」

「いい子にゃ! この子すっごくいい子にゃ!」

「きゃっ!?」


 いきなり叫んで立ち上がったニャムは、はにかみながら答えるリーネを抱き上げて膝にのせ、頭を撫でながら頬ずりを始めた。


「ごろごろごろ〜〜、エルちゃんも可愛いけど、リーネちゃんも別の可愛らしさがあるにゃ〜」

「おいアホ猫、やめたれって。お嬢ちゃんびっくりして固まってんぞ」

「あ、ごめんにゃ」

「い、い、いえ……」


 意外と素直にリーネを開放したニャムに、呆れたような顔をするカーウェル。ガウルはリーネをびっくりさせたニャムをジト目で睨んでいた。

 ただしガウルのジト目は、彼の事を知らない人間が見たら「今からこいつをばらばらに切り刻んで食ってやる」とでも思っていると受け取られかねないような表情だったが。

 もちろん、ガウルのことを分かっているニャムはその威圧を軽く流した。


「たはは、ごめんにゃ〜、ついつい」

「おい嬢ちゃん、こういうアホな客には気ぃつけろ。極力近づかねえでいいし、何かされて嫌だと思ったらすぐに俺を呼べ。ぶっ飛ばすからよ。で、どうだ?このアホぶっ飛ばすか?」

「えっ!? い、いえ、ぶっ飛ばさなくていいです! 嫌じゃなかったので」


 どちらかというともう少し撫でてほしいと思っていたリーネは、唐突に凶悪な事を言い出すガウルを必死で止めた。ニャムの撫で方は上手だったし、額に当たっていたふさふさの耳も肌触りが良くて、気持ちがよかったのだ。


「そっか、ならいいけどよ」

「にゃ〜……怖いことを言うのはやめろにゃ、ガウルにぶっ飛ばされたら軽く5回は死ねるにゃ、怖い冗談は顔だけにするにゃ」

「そうかそうか、じゃあ冗談はやめてとっととぶっ飛ばすとするか」

「きゃ、客になにするつもりにゃ! ちょ、ほ、包丁は駄目にゃ!! いくらなんでも洒落にならないにゃ!!」


 包丁を持ち出したガウルに飛び上がって後ずさりするニャム。持ち出したと言っても、ガウルは先程から会話しながらカウンターの内側で玉ねぎ(カミル)を刻んでおり、それをチラリと見せたに過ぎないのだが、ガウルの形相は傍から見れば「玉ねぎの次はお前だ」と言っているようにしか見えない。

 後ずさったニャムは、ちょうど近くまで来ていたエルの背中にしゃがみこんで隠れ、「ぼーりょくはんたいにゃ!」と抗議していた。


 そんなニャムを見て、エルはある行動に出る。


「……にゃん?」


 おずおずと。

 そっと、伸ばされたちいさな手のひら。

 それは、ゆっくりと、ニャムの反応を確かめるようにしながらだんだんと近づいて……その頭頂部にそっと触れた。

 そのままエルは、ニャムの頭を撫でる。髪を梳くように指を通しながら、ふさふさした猫耳の付け根をこりこりと引っ掻くようにして優しく、優しく。


「ふにゃ……え、エルちゃん? 急にどうしたのかにゃ……」


 突然の事にニャムは驚いていた。妙にエルの撫で方が上手なのも気になるのだが、急にこんな事をされる心当たりもない。エルに撫で癖があるならともかく、そんな話は聞いていないのだし。


「あ、あの……」


 そんなニャムを見て、リーネがおずおずと声をかけた。


「あの、多分なんですけど、猫のお姉さんがガウルおじさんに怒られたと思って、慰めてくれてるんだと思います……私の事も、そうやって慰めてくれたから」


 それは今朝の事だ。掃除を始めたエルを手伝おうとした矢先、リーネはバケツに足を引っ掛けて転んでしまった。幸いまだ水が入っていなかったので大事には至らなかったのだが、リーネはいきなりの失敗に落ち込んでしまう。

 そんなリーネの頭をエルはにこにこと笑いながら撫で、慰めてくれたのだ。


「だから、その、エルちゃんは猫のお姉さんの事を思って……」

「――もう我慢ならんにゃ!! エルちゃんはうちに持って帰って嫁にするにゃ!! その後でリーネちゃんを養子として貰い受けるにゃ!!」

「お、おい待て! エルちゃん連れてどこ行く気だ!」

「こらクソ猫!! 待ちやがれ!!」


 ――感極まったニャムがエルを抱き上げて宵闇亭から飛び出していったのはその数秒後だった。

 それを追いかけてカウンターから矢のように飛び出したガウルが、頭に大きなたんこぶをこさえたニャムを肩に、エルを腕の中に抱えて戻ってきたのは更にその数分後。

 カーウェルは眉間を押さえながら「連れがすまんな」と言うほかなく、ガウルもそれに対して「お前も苦労してんな」と応えるしかなかった。





(ねこみみだ! 本物のねこみみだ……! 触って大丈夫かな? でも、天使ちゃん(リーネ)には普通にこすりつけてたし。そっと……嫌がられたらすぐにやめよう……嫌がらないな? あ〜……このさらさらした毛の感じ……! さらさら〜、こりこり……あぁ〜、うちの猫もここ触れるのが好きだったんだよな〜)


 エルの行動が、異世界住人のねこみみに触れるチャンスを見逃さなかっただけだったという仕様(しょう)もない事実は、誰にも知られる事はなかった。





次話は、また一日開きまして4/27(金) 12:00に投稿予定です。

ストックが減ってきてしまったので、しばらくは隔日投稿になりそうです。少しずつストックを増やしていますので、また連日投稿できるようになったらお知らせします。

作品紹介の部分も一時的に書き換えておきますので、宜しくお願いします。

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