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019 仲良くしてやってくれ

『……声が、聞こえた気がするの』


 完全な暗闇。

 陽の光の届かない、地の底の更に奥深く。

 伸ばした手さえ見えない漆黒の中、それ(・・)は言葉を発した。


『姉様の声……』


 その言葉を聞く者は、この場所には誰も居ない。

 どれだけの広さがあるか分からない空間に、それ(・・)の声は響く。


『……私にも声は届いた。だが、あれは母上ではない』


 誰もいない筈の空間。しかし、それ(・・)は確かに”声”を聞いていた。


『よく似てる……』

『……そうだな』

『もしかして』

『それだけは無い』


 それ(・・)の言葉を遮って、相手は悲しそうな溜息をついた。


『母上は還られたのだ。間違いなく』

『……』


 それ(・・)は不満を隠そうともせずに黙り込む。

 こいつはいつもそうだ。まあ、寝て起きたらこいつの性格が変わっていた――なんて夢物語はあるはずもない。今回は少し寝すぎたかもしれないが、それでも、たかだか150年程度でヒトが変わる筈はないのだ。


『……寝る』

『ああ』


 再びうずくまると、それ(・・)は深い眠りについた。


『姉様……会いたい……』


 眠りに落ちる直前に呟いたそれ(・・)の声は、誰に届くでもなく、真っ暗な闇の中に溶けて消えていった。








 それなりに忙しい宵闇亭のランチタイムが終わり、ガウルは看板を裏返して「CLOSED」に変えた。こんな時間までだらだらと残っている客は見慣れた顔の常連ばかりで、新規の客はいない。

 そんな客しかいないのであれば、特に気兼ねする必要もない。いつもどおり、ガウルは店の片付けに入る。箒で軽くゴミを集めたり、空いている机を拭いたりするのだ。

 客が残っているとは言え、一応昼営業を終えて気が緩むのだろう。この時間になるとエルはガウルの腰に後ろから抱きついて甘えてくる。

 その微笑ましい様子を見た常連たちの顔は緩み、ガウルは一旦掃除を止めてエルの頭を撫でる。

 すっかり宵闇亭の日常となった光景が、今日も繰り返されていた。


(ちょっと〜〜主人さん!! お客さんがまだごはん食べてるでしょ!! 埃立つような事したら駄目でしょ、普通に考えて!! それに早く帰ってほしいのは分かるけど、そうやって露骨に”帰れアピールし”ない!! あ〜〜も〜〜そんなわざわざ、まだ食べてるお客さんの横のテーブル拭いて……そういう細かい所で星ひとつ評価つけられるんだから気をつけてよ〜〜!)


 エルが甘えているのではなく、この世界にはありもしないグル地図(評価サイト)の評価を気にしてガウルを止めようとしているという事実には、誰も気付いていない。



「ねえガウル、宵闇亭の宿はいつから開けるつもりなんだい」

「あ? あー……全然決めてねぇな」


 そんないつもの光景が流れる中、客はガウルとエルに一声をかけてから続々と帰っていく。

 そうして残った最後の一人は、近所で食料を扱っている商人の女房であるモラだ。彼女に声を掛けられたガウルは、そういえば……というような顔をして答えた。


「あきれた。あんた、エルちゃんを可愛がるのも良いけどね、それで店を疎かにするのはいけないよ。あんたがしゃんとしないでどうするんだい」

「あぁ……エルの様子を見ながらって思ってたんだけどな。確かに、そろそろ宿も開けにゃならんか」


 実のところ、ガウルは何も考えていなかった訳ではない。

 ガウルが寝泊まりしている、事務所兼自宅となっている部屋。厨房の奥にあるその部屋は、水場に繋がっている裏庭に面している。

 そこに、エルの部屋を増築する計画を立てているのだ。


 いつまでも宿屋の一室を使わせる訳にも行かない。宵闇亭は長期滞在向けの宿ではないので、部屋は旅の手荷物と装備を持ち込んで一晩休む、といった用途に合わせて作られている。

 簡易的な棚や収納はあるが、クローゼットのようなしっかりした物はない。あくまで『泊まる』場所であり、『住む』為には色々と足りないのだ。


 そのための増築案であったが、さすがに店内の改造とは規模が違う。一朝一夕でできる物ではない。知り合いの大工に打診だけはしているが、まだ着工すらしていないのが実情だ。

 漠然と「エルが落ち着いてから」と考えていたガウルだったが、さすがにそれが完成するまで宿を閉めておくわけにも行かない。

 そんな事を考えているガウルに、モラは話し続けている。


「もうじき『収穫期』だからね、あたしらは今週にでも出発しなきゃあならないんだけど、それまでには開くかね? いつもどおり、娘を頼みたいんだけどね」

「あぁ、もうそんな時期か」

「今年も大変らしいからね。あんたの所が駄目だったらナルリアの所に頼もうと思ってたんだけど、急に変えてもリーネが不安がるかと思ってねぇ。あんたの所に頼めるとありがたいんだけど」


 モラの家は主に、エルが米のようだと表していた穀物(ギン)を取り扱っている商店だ。

 大猪が森の恵みをその身に蓄え、クロッツォ(黒ブリ)に脂が乗りはじめるこの時期、ギン()は稲穂を黄金色に輝かせて頭を垂れる。

 獣害・虫害に強く、病気にもめったに掛からない。自ら周囲の雑草を排除する性質さえ持っているギン()は、植え付けさえしてしまえば殆ど手間がかからない作物として有名だ。

 しかし、収穫期は大変だ。水の落ちた広大な水田に正条植(せいじょううえ)されたギン()を、人の手でひと束ひと束刈り取っていかなければならないのだ。

 脱穀や選別は専用に開発された魔導の普及により、昔よりは遥かに楽になったらしいのだが、刈り取りだけは未だに昔の手法のままだ。魔導を使って済ます手もなくはないのだが、どうしても乱雑になってしまう上に、味が落ちてしまうからだ。


 育てている最中には殆ど手間がかからないが、収穫には莫大な人数が必要になる。それがギン()だ。

 ギン()を育てている農家は収穫期になると人集めに奔走する事になる。

 そのため、ギン()を扱っている商人は時期になると店を閉めて、取引している農家の助っ人に向かうのが慣習となっているのだ。


 収穫期の助っ人は、ブラック企業も真っ青な労働時間になる。その分破格の報酬が約束されているのだが。

 そんな場所ではとても子供の面倒を見ることなど出来ない。小さな子供を抱えているモラ達は、この時期になると宵闇亭の宿に子供を預けて、夫婦二人でギン()農家の助っ人に向かっているのだ。


「分かった。どのみち段階的に再開しようとは思ってたんだよ。嬢ちゃんは預かるから、安心して行って来い」

「そうかい! 助かるねえ、旦那にも伝えておくよ。今年のギン()は特別出来がいいらしいから、楽しみにしといてくれ」

「ああ」

「リーネは2,3日の間に連れてくるよ。頼んだよ!」


 ガウルの返事に気分を良くしたモラは笑顔になって、宵闇亭を出ていった。

 その後姿を見送るエルの『ありがとうございました〜!』という声を聞きながら、


(そういや、同年代の子供と会わせるのは初めてか。……相性が合えばいいんだが)


 と、今更ながら少し心配になってきてしまったガウルだった。





「じゃあガウル、任せたよ!」


 数日後の朝。

 旅装で宵闇亭を訪れたモラは、連れてきた娘――リーネを預けて慌ただしく出ていった。

 宵闇亭の宿の受付は基本的に夕方以降なのだが、お互いにそんな事は全く気にしていない。常連との距離感がいい意味で雑なのが、宵闇亭の魅力だ。


「おう。部屋はいつもと同じだ、いつもどおり鍵は俺が預かっておけばいいな?」

「は、はい、お願いします」


 リーネは大きな鞄を持って、宵闇亭の玄関に立っていた。


「モラから聞いてると思うが、今ウチはエルっつー子供(ガキ)を保護してる。年は嬢ちゃんより少し下なんだが、遠い国から連れてこられたみてぇで言葉が通じねえ。だが、優しい良い娘だ。嬢ちゃんも仲良くしてやってくれると助かる」

「が、頑張ります」

「無理にとは言わねえけどな。どうしても合わなきゃ言ってくれ、今連れてくる」


 ガウルはゆっくりと宿泊施設の方に入っていった。

 リーネはおとなしく人見知りする性質だが、ガウルの事は小さな頃からよく知っており、親戚のおじさんくらいな距離感の存在だ。

 それでもガウルの前に立つと少し萎縮してしまうのは……やはり、ガウルの風貌のせいだろう。普通の子供の反応はこんなものだ。


 しばらくすると、ガウルは銀髪の少女を連れて戻ってきた。


「わ……ぁ……」


 思わず声が出る。ガウルが保護している、エルという少女。名前だけは知っていたが、見たのは初めてだった。

 まるでお人形さんのような整った顔立ち、白い肌に長い睫毛。絹糸のような銀髪がそれを更に引き立てている。琥珀のような不思議な色合いの大きな瞳は、見つめているだけで吸い込まれそうな美しさだった。

 落ち着いたダークな色調のワンピースは、シンプルながらにセンスの良さが伺える造りをしていて、エルによく似合っている。大きな襟にふわりと踊る白いフリルがこんなにも似合うのは、エルが大事にしている人形の女の子かエルくらいなものだろう。


(か……可愛い〜〜!)


 リーネはエルの可愛さに見惚れていた。

 エルもまた、リーネをじっと見つめている。


(……大丈夫か?)


 少女二人の顔合わせを心配そうに眺めていたガウルだったが、その心配は杞憂だったらしい。

 暫くして、リーネに歩み寄ったエルはその手を取ると、リーネに笑いかけたのだ。


「■■■■■■■■、■■■■■■■■■」

「あ、あの、よろしくね!」


 二人の笑顔を見て、大丈夫そうだな、と安心したガウルの裾をエルが引っ張る。いつの間にかリーネの鞄を抱えていたエルは、何かを言いたそうな顔でガウルを見ていた。


「あれ、私の鞄、なんで?」


 エルが鞄を抱えているのを見て、リーネは少し困惑したような声をあげる。ガウルは苦笑しながら答えた。


「エルは”お手伝い”が好きなんだよ。多分だが、嬢ちゃんの”お手伝い”をしてやりたくなったんじゃねえか? 良かったな、エルに好かれたみたいだぜ」

「あっ……そう、なんだ」


 ガウルの言葉に嬉しそうな顔を浮かべるリーネ。

 “お手伝い”魂に火が着いたのか、急かすように裾を引っ張るエル。


「良かったら、エルと仲良くしてやってくれ」

「はい!」


 リーネの弾んだ返事を聞いたガウルは思う。


(嬢ちゃんなら、エルのいい友達になってくれるかもしれねえな……)


 早速エルの笑顔を引き出してくれたリーネに心の中で感謝しながら、ガウルはリーネを宿の部屋に案内するのだった。





主人公も持っていないチート能力を米が持っている……。

次話は4/23 12:00更新予定です。

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