017 これが、僕の全力
どんどん……長くなる……
「いらっしゃい。その子がエルちゃんだね? 私の服飾店へようこそ」
カランカラン、と音を立てた扉に反応してガウル達を出迎えてくれたのは、店主である妖精族のラキスエニスだ。
妖精族にしては身長の高い彼女は、ショートにしているボーイッシュな青髪とフォーマルな男装のおかげで、まるで少年のような見た目をしている。付けていた片眼鏡を胸ポケットに仕舞う優雅な動作は、まるで熟練の執事のようだ。
「エルの服を買いに来た。とっつぁんから聞いてるとは思うが……」
「うん、聞いているよ。旦那様は今ちょっと手が離せなくてね。悪いけど、その間は適当に試着でもしていてよ。私で良ければ見立ててあげるから」
「そうね、そうしましょう」
「頼む。俺は……そう言うの、あんまり分かんねぇからよ」
頬を掻くガウルに、苦笑するラキスエニス。
じゃあ早速、と言って彼女は店舗の一角にある子供服が吊るされたコーナーへ向かい、物色を始める。
ラキスエニスの店は、店舗としてはさほど広くない。20畳程の室内には疎らに設置されたラックがあり、そこに様々な服が掛かっている。
色調は全体的にシックなモノトーンをベースとした物が多いが、それぞれストライプや柄を用いて平坦なデザインにならないように工夫されており、製作者のセンスの良さが感じられた。
そういったセンスの良さは、ドア一枚で繋がっている隣の防具店、ドイルの店舗側に置いてある、部分鎧に合わせた服にも活かされている。
冒険者達が全身鎧を着る事は、まず無い。移動に戦闘に、邪魔にならないがいざという時に命を守ってくれる部分鎧だが、当然、鎧で保護されていない部分は普通の服が露出する事になる。
部分鎧のカドが当たるような場所にはパッドを入れて厚く作り、擦れたりぶつけたりしやすい肘や膝、お尻などにも布を一枚当てて補強する。
そういった実利的なものだけでなく、袖に細いストライプを入れたり、補強した部分に飾りのステッチを入れたり、女性用には頑丈かつ汚れのつきにくい素材でできたフリルをあしらったり……そういう、「部分鎧に合わせる服ならではのオシャレ」を追求した商品を、この夫婦は手掛けているのだ。
特徴のない、みすぼらしい服装を喜ぶ冒険者は居ない。特徴が無ければ、誰かに覚えてもらい、成り上がるチャンスを失う事だってあるかもしれないからだ。
生きていくだけで精一杯なレベルの者はともかく、ある程度生活にゆとりのある冒険者たちは自らの見た目を気にする。そんな彼らに、一目置かれる程の鍛冶師&縫製師のお店。それが、ドイルとラキスエニスの店だった。
「そうだね……。まずは、この辺りがいいんじゃないかな?」
そう言ってラキスエニスが持ってきたのは、紺を基調とした可愛らしいフリルの付いたワンピースだ。
アクセントとして胸元に黄色のリボンがあしらわれ、スカートの両サイドはストライプの入った生地で継がれている。
「エルちゃんの見た目はお人形さんみたいだからね。こういったのが似合うんじゃないかと思うんだけど……」
店内のど真ん中ですぽん、と着ている服を剥ぎ取られ、着替えさせられたエル。
(ちょ、え、な、何!?)
ラキスエニスのあまりの手際に反応が遅れ、着替えさせられてから顔が真っ赤になる。
ワンピースの中にはパンツとキャミソールのようなインナーを着ていただけのエルだったが、誰も気にしていなかった。
ガウルも普通に見ているが、全裸まで行けばともかく、子供の下着姿なんていちいちリアクションを取るような物でもないのだ。特に、親目線になっているガウル達にとっては。
「あらまあ……エルちゃん、可愛い!」
「なかなかいいんじゃねぇか」
お人形さんのような見た目になったエルを、エミリィは思わず抱きしめる。ガウルから見ても、今のエルは尋常ではない可愛らしさを放っている事くらいは分かる。
「あぁ、でもよ。エルはどうも、宵闇亭で働く真似事をするのが好きみてぇなんだ。まぁ、子供にゃよくある奴っつーか……」
「分かるよ。背伸びして、大人の仲間入りをした気持ちになりたいお年頃だね。私にはもう思い出せないくらい昔の話だけれど……確かにそんな時期もあったよ」
「そうだな。で、折角の服を汚す訳にも行かねえ。なんで、エプロンも付けてやってくれねーか」
「もちろん構わないよ。今取ってこよう。サイズは無いけど、エプロンくらいなら少し丈を詰めれば、すぐに合わせられると思う」
一応、ドイルに言われた事を踏まえて注文をつけるガウル。
ラキスエニスはすぐに店舗の奥に引っ込み、エルの身長に合わせて仮留めしたエプロンを合わせてみる。
「うん、いいんじゃない?」
「悪かねえな」
「あ〜もう! なんでこんなに可愛いのかしら! ん〜〜〜っ……あいたぁっ!」
感極まってエルに抱きついたエミリィは、仮留めしたまち針で指を刺してしまっていた。
「何やってんだよ……」
「いや……えへへ……」
指をふーふーしているエミリィを、呆れ顔で見る二人、いや三人。
(なんていうか……この人、意外とおっちょこちょいな所あるよな)
そんなエミリィの様子にはさすがのエルも、若干可哀想な子を見る目を浮かべてしまうのだった。
(……いつまで続くの、これ?)
その後も、いくつかの服を着させられたエル。
ラキスエニスは、全体的に白っぽい見た目のエルに色味を足す方向で服を選んでいる。赤いフリルブラウスに黒のフレアスカート、白と黄色のストライプシャツにキュロットスカート、といった組み合わせだ。
「いや、これは困るね。素材が良いから、どれを着せても似合ってしまう。逆に選べないよ」
「どれでも良いんじゃねえか? つーか、全部買って行こうと思ってんだが……」
「ガウル、”どれでも良い”は女の子に一番言っちゃ駄目な言葉よ」
「お、おう……」
三人は、なんだかんだワイワイ楽しみながら、エルを着せ替え人形にしている。
持ってくる服がどれも可愛らしい物なので、エルは
(僕に似合ってるのかなぁ……もう少しなんか、落ち着いたというか、地味な奴がいいな)
と思っていた。
前世のエルはイケメンだったという訳でもなく、平凡な顔貌をしていた。なので、服にも特にこだわりがあったわけではなく、時々ファッション雑誌を買って眺めてみては、ファストファッションのお店で野暮すぎない程度の服を買って着ていたのだ。
エルは、自分の顔をしっかりと見たことがない。水たまりに映った姿と目に映る姿で自分が幼女であることは認識しているが、薄暗い森の中の水たまりでは、目鼻立ちまで確認できる程ではなかったのだ。
なので、おしゃれは美男美女の特権だと思っていたエルは、子供服ながらセンスのいい服を着せられている現在の状況は、分不相応なのではないか……と感じていた。
実際には、エルのスペックに服が負けてしまっており、三人が悩んでいる状況なのだが。
「何をやっておるかッ!!」
ドイルが怒鳴り込んできたのは、そんな時だ。
「おやおや、旦那様はどうしてそんなに興奮しているんだい」
「ラキス!! お主が居ながら、これはなんじゃ!!」
ドイルは、エルとその脇に積み上げられた色とりどりの服を指差す。
「何って、エルちゃんに似合う服を探している所だよ」
慣れているのか、しれっと言い放つラキスエニスに、ドイルは声を荒げる。
「なっとらん! 見た目が完成されておるエルちゃんに、無駄に彩りを加えようなどと……まさに愚の骨頂じゃわい!! 彩りはワンポイントで良い!! 基本はモノトーンに押さえ、エルちゃんそのものの白を引き立たせるんじゃ!
それに、なんじゃこの無駄な装飾は……お前はエルちゃんを見合いにでも出すつもりか!? 働く女には働く女の美しさ、可愛らしさがあるんじゃ! それをなんじゃ、こんな人形にでも着せるような服を選びおって……。
お前はエルちゃんを店の飾りにでもするつもりなのか! エルちゃんは店を楽しそうに手伝ってくれとるんじゃろ! ならば汚れに強く、動きやすく、その上でとびっっきり可愛らしい衣装を選んでやるべきじゃろうが!!
その方がエルちゃんも喜ぶとは思わんのかッ!!」
ドイルはそう言うと、ダークグレーを基調とした一つのワンピースを手に取って戻ってきた。袖や襟元にはブラウンと白のストライプが入っており、スカートの裾にはうるさすぎない程度の二重フリルがあしらわれている。
元々ついていたリボンは赤だったが、それをエルの瞳の色に似た、オレンジがかった黄色に変更する。
併せて、前掛けの部分に太い飾りステッチの入ったエプロンを用意する。組み合せると、シックでおしゃれなメイド服のような感じに仕上がった。
「さすが旦那様だね。うん、すごく良いと思うよ。エルちゃんの白い肌、輝く銀髪をよく引き立てているし……リボンの色もいいね。毎回毎回、本当に勉強になるよ」
感心したように頷くラキスエニス。
実は、ラキスエニスは優秀な縫製師ではあるのだが、コーディネートのセンスに関してはドイルに遠く及ばない。
一品一品を素晴らしい物に仕立てる事はできるのだが、繊細な感性で全体的な着こなしのバランスを考え、トータルとして一流の物になるように設計しているのは、実はラキスエニスではなくドイルなのだ。
「ん? どうした?」
イマイチ解らないので、黙って話を聞いていたガウルの袖がくいくいと引かれている。引いていたのがエルだと気付いたガウルは、エルの頭を軽く撫でながら問いかけた。
「ふふっ、早く着てみたいんじゃないかしら」
「あぁ。なるほどな」
「じゃあ、着せてみようか」
ドイルの見立てた服の可愛らしさに、エルも喜んでくれているのだろう。
少し恥ずかしそうに、申し訳なさそうにしながら袖を引くエルの姿は、早く早くと急かしているようで……子供らしい感情を露わにするエルに、思わず微笑みがこぼれた。
一方、ラキスエニス。
呆れるほど素晴らしい素材、今までに見たこともない程美しい少女、エル。それに合うように、愛しい旦那様が見立てた服。
淡々とした口調とは裏腹に、日頃あまりないくらいに胸を高鳴らせていた彼女は、史上最速のスピードでエルの服を着替えさせた。
そして。
「おぉ……?」
「わ……ぁ……」
「へぇ……」
「うむむ……ッ」
――天使が降臨した。
その瞬間、四人は全く同じ事を感じていた。
「と、とりあえず、鏡を持ってこよう。エルちゃんも気になってるだろうし」
一番早く我に返ったラキスエニスが、そそくさと店の奥に入っていったのは、それからたっぷり30秒程が経過してからの事だった。
(やばい……またドワーフのおじさんに会っちゃった……! っていうか、店の奥から出てきたよね!? このお店、おじさんの店なの!?)
怒鳴り込んできたドイルを見て、エルは縮こまってしまった。
実際の所、エルはドイルに会いたくなかった。種族間問題など、エル個人にはどうしようもない。もし言葉が通じたとして、エルがいくら謝ったり仲良くしたいと言っても、解決は多分無理だ。
ドイルや他のドワーフが来る時間を把握して、引っ込むくらいしか出来ることはないだろう。エルはそう思っていたのだ。
「エルフに着せる服なんぞない! 帰れ!」
やたらと台詞は長いが、要約するときっと、ドイルはこんな事を言っているのだろう。
怒鳴られて唖然としている三人の姿を見れば、想像に難くない話だ。
(も、もういいです……帰ろ? 僕、オニクロの服とかで大丈夫だから……!)
そう思いながらガウルの袖を引いて、帰りたいアピールをする。
今にして思うに主人さんは、ドワーフのおじさんに会わせて仲を取り持つ為、エルをわざわざここに連れてきたのだろう。
しかし、残念ながらその作戦は失敗だ。激高しているドワーフのおじさんを見れば、それは明らかだ。
少なくともほとぼりが覚めるまで、時間をあけたほうがいい。そうエルは考えたのだ。
けれど、主人さんはエルの頭を優しく撫でてくれた。その眼は大丈夫だ、と言ってくれているようで……急速にせりあがってくる泣きそうな気持ちが、穏やかになっていくのを感じた。
その間、ガウルの後ろに隠れていたエルは、ドイルが新しい服を持ってきていた事に気付いていない。
しばらくして、ドイルが選んだ服を手に近づいてきたラキスエニスを見て、
(えっ、この状況でまだ着替えさせられんの!? 空気読めないなこの人!)
とエルが思ったのは仕方のないことだった。
――そして、エル以外の四人が固まる。
若干興奮したような、熱に浮かされたようなその姿を見て戸惑うエルだったが、暫くしてラキスエニスが持ってきた大きな鏡を見て……エルは、理解した。
(こ、これ……僕? か、可愛い……あまりにも可愛すぎる……!?)
鏡の中に居たのは、美しいという言葉ですら陳腐になってしまうのではないかと思う程の美少女。
染み一つない、透き通るような白い肌。流れるような美しい銀髪。長い睫毛に整った目鼻立ちは、色素の薄い瞳も相まって、無表情であれば人形のような無機質な美しさに見えなくもないだろう。しかし、驚きに目を見開いているその姿は、子供らしいあどけなさが溢れている。
その完成されたような造形にも関わらず、見るものを拒絶するような印象は全く無く、ただ在るだけで愛らしさを振りまいている少女。
エルが右手を挙げれば、鏡の中の少女はその左手を挙げる。
自分のほっぺたをつついてみれば、少女もまた同じ動きをする。
(ぼ、僕……メチャクチャ……可愛いじゃん……)
それを踏まえて、改めて四人を見てみる。
顔を赤らめて、今にも飛びつきそうな雰囲気の美人さん。
普段より少し呆けた顔で固まっている主人さん。
満足そうな表情で笑っているお店のお姉さん。
そして――複雑な表情を浮かべているドワーフのおじさん。
そんなドイルの複雑な表情に、エルはなんだか見覚えがあった。
(……そうか、あの時の爺さんの顔と同じだ!)
エルは、前世の事を思い出していた。
爺さんの経営していた会社で働いていた、従姉妹のお姉さん。
いい年齢になってもなかなか身を固めない彼女を爺さんは心配して、人脈を駆使してある青年とのお見合いをセッティングしていた。
彼はとても良い人で、社会的にも安定していた地位に着いている人物だったらしい。
そんな爺さんの働きにも関わらず、お見合いの直前、お姉さんは職場に入ってきた新人の若者と恋に落ち、電撃的に結婚してしまったのだ。
有望な男を紹介してやろうと思ったのに、少しナヨナヨした所のある自社の新人とくっついた上に、寿退社までしてしまったお姉さんに爺さんは怒った。
顔も見たくない! と宣言し、正月に帰ってきても敷居をまたがせない所まで関係は悪化していたのだ。
だが、それから暫くして。
親族の集まりに顔を出そうとしたお姉さんを、相変わらず追い返そうと玄関に出ていった爺さんが見たのは……お姉さんが産んだ赤ちゃんだった。
お姉さんの腕の中で可愛らしく笑う、孫の姿を見た爺さんは固まり……暫くしてから口にしたのは「お、おぉ。まあ、入れ」という台詞だった。
その時の爺さんの表情。
それに、ドワーフのおじさんの顔はそっくりだった。
つまり頑固爺が可愛い物を見て、陥落する寸前の表情である。
それを感じ取ったエルの脳髄に電撃が走った。
(……今しかない!)
種族間問題はエルには解決できないかもしれない。
ドワーフのエルフ嫌いを治すことはできないかもしれない。
けれど自分と今目の前にいる、『あの時の爺さん』と同じ表情を浮かべているおじさんとの関係は……良く出来るかもしれない。
それができれば、宵闇亭は常連さんを失わずに済むのだ!
エルは勇気を持ってドイルの前に駆け出し、正面で立ち止まった。
そして――
(これが、僕の全力ッ……!!)
ドイルの服の裾をきゅっと掴み、片手を胸元に当て、上目遣いでドイルの目を見つめる。
そんな、精一杯の「可愛らしい子供が仲良くしたさそうに見ている」というアピールをしたのだった。
「――最高じゃあ!! エルちゃん、ウチの専属モデルにならんかッ!! どんどんとアイディアが湧いてきよるぞ……ッ!! おぉ、ワシのヒゲが気に入ったのか? どうじゃ、触り心地が良いじゃろ! ほほっ、可愛らしいのう!!」
エルのアピールによる効果は覿面だった。
感極まったドイルはエルを持ち上げ、その場でくるくると回りだしたのだ。その表情は完全にデレデレになってしまっている。
手触りが良いのか、抱き上げられたエルはドイルのヒゲをもふもふと弄っていた。
ドワーフの誇りであり、毎日念入りに手入れをしているヒゲ。迂闊に触ろうものならラキスエニスですら叱られる事があるというのに、ドイルは笑いながら好きに弄らせてやっている。
(さすがドワーフのおじさん! すてきなおひげですね!)
その行為が、エルの”よいしょ”である事に気付く者は誰もいない。
元々、エルに対して悪感情を持っていた訳ではないドイルには、可愛い子供アピールは効きすぎてしまったらしい。デレを通り越しているその姿に、ラキスエニスですら少し驚いていた程だ。
「ラキス! エプロンとスカートを少し手直しして……あぁ、脱がせんでもできるじゃろ! このまま着せて帰してやれぃ! あとは靴下じゃな、袖と同じ柄の物があるじゃろ! あれを幾つか出して持たせてやるんじゃ! 靴は……いやいや、お前らには任せておれん! カサンドラの店がいいな……今週中に予備の服と共に届けてやるから、変なもんを買うんじゃないぞい! ガウル! 金貨二枚置いてけ! 最高の物を用意してやるわい!」
「はいはい、旦那様」
「おう」
テンションが上がり、捲し立てるように指示を出すドイルに、ラキスエニスとガウルは文句も言わず従った。
いつの間にか、靴まで含めてドイルが選ぶことになっている。そのこだわりっぷりにガウル達は笑ってしまったが、同時にそれで更に可愛らしくなるであろうエルの姿を思い浮かべて、楽しみに思うのだった。
「ちょっとぉ! ずるいわよ! 早くエルちゃんを離しなさい!」
「ほっほ! エルちゃんはワシのヒゲを気に入ってるんじゃ! 離したら可哀想じゃわい!」
「そんな事ないわよ! エルちゃんは私に抱っこされるのが大好きなんだからね! ちょっと、いつまで、抱いてんのよ! このチビドワーフ!」
「やかましい! 無駄に胸ばっかり育った牛エルフめが! 森に帰って木でも伐っとれ!」
「なんですって〜!?」
……エルの目の前で、今まさにエルを原因とした種族間問題が勃発しようとしていた事は、幸いにもエル自身に伝わることは無かった。
(……僕、可愛いな……いやいやいや、あ〜〜〜っ! またやってしまった! ナルシストじゃんこんなの! 恥ずかしい……!! あっ、でもこの角度いいな……)
その晩以降、ドイルの店の後に寄った雑貨屋で買ってもらった手鏡を覗き込んでは笑顔を浮かべ、その後真っ赤になってベッドで転げ回るというサイクルを繰り返すようになったエル。
自分自身が「可愛い存在」だという、――記憶にも残っていない小さな子ども時代を除き――それまでにない経験をうまく受け入れられず、感情が変な方向に振れてしまい、何かに目覚めそうになってしまっていたのだった。
次話は4/15(日) 12:00投稿予定です。




