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014 尻に敷かれてるんですか

「■■■■■■■■■■!」

「おわぁ!?」


 いつもどおり昼食を摂りに宵闇亭を訪れたリナは、足を踏み入れるなり唐突に掛けられた声に驚いて、飛び上がった。


 声がした方を見てみると、エルフの少女――エルが、にこにこと笑いながらリナの事を見つめている。


「な、なんですか!?」


 驚くリナに、カウンターの中のガウルは少しだけ申し訳無さそうな顔で声を掛けた。


「ああ、気にすんな。いつものでいいな」

「あっ、あ、ハイ!」


 ガウルは苦笑すると、リナがいつも頼むメニュー――昼食サンドイッチのリナ仕様(・・・・)セットを作り始めた。

 エルも離れていったので、気を取り直したリナは改めて宵闇亭に入る。


 料理の金額をカウンターに置いてから、壁際にあるいつもの席に座ろうとすると、先回りしていたエルが待っていた。

 エルはガウルが保護している異国のエルフの子供で、可哀想な目に遭っていたらしい。リナはそう聞いている。


 昨日初めて目にしたが、美しい少女だった。白い肌に銀の髪、琥珀のような色をした瞳。冗談のように整った顔はまるで人形のようで、神々しさすら感じる程だ。

 ただ、ガウルの料理を食べてふにゃふにゃとした笑顔で笑っていたり、ガウルに抱きついたりする姿を見てからは、その印象もがらりと変わってしまったが。


「■■■!」

「あっ、どうもありがとうございます」


 よいしょ、といった感じで椅子を引いてくれたエルに礼をすると、エルは満面の笑みを浮かべた。いや、満面の笑みとはまた微妙に違う。これは、ドヤ顔だ。

 鼻の穴を広げてふんす、と息を吐き、「やってやったぞ!」という感じで胸を張っている。

 満足そうにリナと見つめ合った後、エルはとてとてと入り口の脇に戻っていった。


「あの、ガウルさん。これは?」

「……給仕の真似事らしい。最初はまた、そういう風に躾けられてんのかと思ってやめさせようと思ったんだが……妙に楽しそうでよ。好きにさせてる」

「へぇ、お手伝いしてくれてるんですね。いい子じゃないですか」

「そうだな」


 つまり、エルはリナを席に案内してくれたのだ。随分長く通っているが、ガウルは無愛想なので、宵闇亭でこういった対応をされるのは初めての体験だ。

 悲しい境遇にあったエルフの少女に椅子を引かせたりする事に、思う所がない訳ではないリナだったが……エルのドヤ顔を思い浮かべたらそれも吹き飛ぶ。

 どういう境遇で培った技術であれ、今のエルはそれを振るって楽しんでいるのだ。なら、それでいいだろう。


「■■■■■■■■■■!」

「な、なんじゃ!?」


 入ってきた常連客(ドイル)がリナとほぼ同じリアクションをしているのを見て、リナは笑ってしまった。よく見れば、他の常連客達も笑みを浮かべている。


(なるほど。今日はエルさんの洗礼を皆が受ける日なんだな)


 いつもとは少しだけ違う宵闇亭の雰囲気を新鮮に感じながら、リナはガウルの料理が出来上がるのを今か今かと待っていた。



「■■■■■■■■!」

「ありがとう、エルさん」


 エルが持ってきたトレーを、リナは受け取った。

 ガウルなら無言でテーブルに置いていくのだが、目線の位置と同じ高さに天板があるエルに置かせるのは少し怖いので、直接受け取ったのだ。

 カウンターから料理を持って出てきたガウルを通せんぼして、ぴょこぴょこ跳ねてトレーを欲しがり、その姿に負けたガウルがエルにトレーを渡しているのを見た時は笑ってしまったが。


「もう尻に敷かれてるんですか?」

「うるせぇ! 黙って食ってろ! 明日から量減らすぞ!」

「すいません! 黙って食べます!」


 からかうと、カウンターの中から怒声が飛んで来た。

 本当に量を減らされてはたまったものではないので、リナはサンドイッチを味わうことにする。


 リナがいつも食べているサンドイッチの具材は日替わりになっており、その時期その時期で一番旨く、さらに毎日食べても飽きないようなローテーションをガウルが考えて選んだものだ。それに加えてこのセットには、温かいスープが付いてくる。

 美味しいものを食べるのが大好きなリナは、壁際の席でこのセットを頂く、お昼休みのひとときが気に入っていた。


 今日のサンドイッチの具は、大猪のスライス焼きと生カミル(玉ねぎ)ハロの葉(レタス)だ。

 シャキシャキした野菜類が大猪の脂を受け止め、かなりガッツリ系に振れている味に仕上がっているが、あえて残してある生カミル(玉ねぎ)のわずかな辛味のお陰でクドすぎないという絶妙なバランスだ。

 それがまた、香ばしく焼かれたトーストに合っている。


 付け合せのスープは鶏とカミル(玉ねぎ)の入ったスープだ。

 シンプルな具材と味付けながら、様々な香草が入っているおかげで豊かな香りを放っている。匙で一口すすってみれば、僅かに感じる香辛料の刺激がよいアクセントになっており、具材の甘みが引き立っていた。

 相変わらず塩加減は絶妙で、リナ好みの味だ。体力を使う仕事のリナを慮ったガウルが、鍋から注いだスープの器にいつも一摘みの塩を足してくれている事をリナは知っている。


「ん〜、幸せ……」


 一つ目のサンドイッチを平らげてから、二つ目に取り掛かる。

 リナの”いつもの”サンドイッチセットは特別仕様だ。スープは一杯、サンドイッチは二人前。それくらい食べないと、午後からの訓練や巡回の最中におなかが空いてしまうのだ。



 そうやって、リナがもしゃもしゃとサンドイッチを咀嚼していた時だ。


「……んむ?」


 気がつくと、テーブルの脇にエルが立っていた。

 その手にあるお盆には、コップに入った水が幾つか乗っている。


「くれるんですか?」

「■■■、■■■!」


 何を言っているかは分からなかったが、コップを一つ取ると満面の笑みを浮かべてくれたので、正解だったのだろう。

 エルはそのまま他のテーブルにも水を配っていく。皆、若干戸惑いながらそれを受け取っていた。


 宵闇亭のカウンターには、水の魔道具が据え付けられている。水が欲しい者はガウルに一声かければ、コップに水を注いで出してくれるというシステムだ。

 この世界で、飲料水は貴重品ではない。水を生み出す魔石やそれを扱う魔道具が安価で大量に流通しているため、流通網から外れた僻地や局地でもない限り、入手も維持も容易(たやす)いからだ。

 水の魔石自体にそこそこの重量があるので万能とまでは言えないが、一般家庭にいくつか設置されている程度には普及しているシステムなのだ。


 とはいえ、一人で宵闇亭の全てを担っているガウルに、コップ一杯の水とは言えど余計な負担をかける事もない。特別辛い料理のような物を頼んだのならともかく、水など自宅や職場で飲めばいいのだから。それが、客の認識だったのである。


 しかし、その様子を見たエルが、


(もぉ〜、お冷や、ちゃんと出さないと駄目じゃん! 頑固親父の美味しいお店って感じで受け入れられてるのかもしれないけど、そういう細かい所をお客さんは見てるんだよー。もしかして、ワンオペでそこまで手が回ってないのかもしれないな。……僕の出番だな!)


 と考えた結果、本日から宵闇亭ではお冷やが出される事になったのだ。

 唐突に始まった新たなサービスだが、ガウルが苦笑しながら眺めていること、エルが嬉しそうなことを見た客は次第に笑顔になり、徐々に受け入れられていった。



 食事を終えたリナは立ち上がり、店を出る前にガウルに声をかける。


「なんか、いい雰囲気ですねー。今までも好きだったけど、もっとこのお店が好きになりそうです」

「そうか。……そういや、こないだは迷惑かけたな。ありがとよ」

「いえいえ、仕事ですので」


 ガウルが言っているのは、一昨日の晩の事だろう。上司(カルロ)から巡回中の衛兵に対して、業務を行いながらエルをそれとなく捜索するようにと指示が出ていたのだ。

 直接関わりはしなかったものの、リナも物陰を覗き込んだり鐘楼に登ったりとそれなりに骨を折っていたのだ。


「また何かあったら、声を掛けてくださいね。何でもしますよ」

「ああ、その時は頼まぁ」


 ガウルは遠慮もせず、素直にリナの気持ちを受け取ってくれた。冒険者として生きていたガウルは、こういう部分で変な遠慮をしたりしない。助け合わなければ生きていけなかったからだ。

 その言葉が上辺だけの信頼でない事を理解しているリナは、ガウルに頼りにされている事を感じて嬉しくなった。


「■■■■■■■■■■■■■!」


 軽くなった足取りで店を出るリナの背中に、エルの声が掛けられた。

 ふと振り返ると、にこにこしたエルがぺこり、と可愛らしくお辞儀をしている。


「か……可愛い……!」


 エルはすぐに扉の奥に引っ込んでしまったが、あまりの可愛らしさにやられてしまったリナは、しばらくその場に立ち尽くしていた。




(あれが、噂のエルさんですか。すごく可愛かったですけど……思ってたより、状況は複雑なのかもしれませんねー)


 衛兵の駐屯地に戻りながら、リナはエルの事について考えていた。


 エルは勘違いしているが、宵闇亭の対応が他の場所より悪いという事はない。一般の食堂なら、殆どがセルフサービスで回っているのは普通の事だ。

 むしろ、配膳と片付けを店主自らがしてくれる宵闇亭は、サービスがいい方だろう。


 そんな一般の食堂では当然だが、椅子を引いたりお冷やが出てくるといった事はない。そのため、食堂で働く奴隷に施される教育は、掃除や調理補助といった内容がメインとなる。


 エルの行っているようなサービスが提供されるのは、有力者達が使う高級店や公的な食事会くらいだ。

 そういった店では、専門の訓練を受けた給仕係が客の対応をする。

 身分のはっきりとした、行儀見習として働いている有力者の子女でもなければ就けない仕事だ。奴隷に務まるような役職ではない。


 つまり、サービスを提供するための教育を受ける奴隷など、本来はいる筈がないのだ。


(エルさん、明らかに高貴な人に付くための教育を受けてますよね。うーん、大丈夫なのかなあ……。何かヤバい事にならなきゃいいんですけど。その辺、カルロ先生やサジットがどう思ってるのか、聞いてみますかねー)


 高貴な相手に付けるために、違法奴隷として捕らえられて教育を受けた、異国語しか話せないエルフの少女。どう考えてもヤバい臭いしかしない。もしかしたら、別の都市の有力者や王国が絡んでいるかもしれない。

 そんなエルの様子を見て不穏な空気を感じたリナは、職場のツテを当たり万が一に備えておく事を決めた。


 いざという時に宵闇亭を守るため、それとなく動く。そんな事をしたくなる程度には、リナは宵闇亭の事が好きなのだ。

 宵闇亭だけではない。嬉しそうに食堂の中をぱたぱたと駆け回るエルの姿を見て、この子の事も守ってあげたい。そう思ったリナだった。




 一方。


(あ〜〜〜もう! 主人さん無愛想すぎるよ! 「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」くらい言おうよ〜〜!! ん、今来た人は昨日、あっちの席に座ってたな、お通ししなきゃ……。次にお冷だして、あっちの料理下げて……あ、ありがとうございました〜〜!! ぺこり!)


 リナにそんな心配をかけている事に全く気付いていないエルは、高貴な人(日本のお客さん)を相手に培ったサービス精神を遺憾なく発揮して、宵闇亭を駆け回っていたのだった。










次話「015 この世界の言語はどうなってるんだろう」は、4/12(木) 12:00更新予定です。

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[良い点] こうゆう作品を探してました…!
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