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012 抱っこしてあげればいいじゃない

 その後、エミリィは一旦エルを木もれ陽亭に連れ帰ろうとした。

 しかし、エルはガウルにしがみついて、どうしても離れようとしない。

 その様子を見たエミリィは、


「……ふふ、仕方ないわね。ナルリアには話を通しておくし、荷物も動かしておくから、エルちゃんの事はお願いね。……ほら、何してるの。ちゃんと抱いてあげて!」


 と、抱きつかれたまま動けないでいるガウルを叱りつけて、エルを抱かせた。


「お、お、おう。ど、どうすりゃいいんだ?」

「普通に抱っこしてあげればいいじゃない。ほら、ちゃんと脇の下に手を入れて……そう、そんな感じ。落とさないでよ?」

「落とさねぇよ……」


 エルは、ガウルに抱き上げられても抵抗しなかった。

 それどころか、泣き疲れたり気疲れをしたりと大変だったのだろう。ガウルの腕に抱かれたエルは、すぐにこくり、こくりと船を漕いだかと思うと、すやすやと眠り始めてしまった。


「……大丈夫そうね。ふふっ」


 その微笑ましい様子を見たエミリィは、サジット達衛兵やノイジーに礼を言って、木もれ陽亭に向かっていく。


「……迷惑、かけちまったな。すまねえ……あと、感謝する」

「いやいや、全然いいッスよ。仕事ッスから。今度また、うまい飯作ってくれればそれでいいッス」

「俺は、別に迷惑なんてかけられてねえし。それより、またお嬢ちゃん連れて焼き鳥(ビーガ焼き)食いに来てくれよ。美味そうに食ってくれるんだ、その子」


 ガウルもエミリィに倣い、エルを見つけるのに協力してくれた面々に感謝を述べる。

 それを笑いながら受け取った面々は三々五々、自分の職場に戻っていく。


 それを見送ったガウルは、腕の中のエルを起こさないように、ゆっくりとした足取りで宵闇亭に戻っていった。




「その子がエルちゃんかね。無事に見つかったようで何よりだ」


 宵闇亭に戻ると、客の数は少なくなっていた。……てっきり皆帰ったと思っていたが、酒しか出ない食堂で、常連たちは思い思いの事をして過ごしていたようだ。

 カウンターの中に居た常連客のカルロは、ガウルの姿を見るとそこから出てきていつもの場所……カウンターの一番奥の席に座る。


「ああ。悪かったな、カルロ。それに……衛兵に手を回してくれて助かった。おかげでエルが見つかった」

「そうかね。お役に立てたようで何よりだ。さて、報酬には何を食べさせてくれるのかね」


 なんでもない事のように言っているが、衛兵隊に気を配るよう(・・・・・・)に指示を出す、なんて真似は衛兵隊の顧問であるカルロだからこそ出来た事だ。

 とても料理を出す程度では返せない筈だが、カルロはそれ以外で感謝の気持ちを伝えても受け取ってはくれないだろう。


「あぁ。好きなモンを何でも頼め。ちぃと早いが、クロッツォ(黒ブリ)のカマ焼きなんてのはどうだ。昨日の晩に釣ってきたんだが、かなり良いカタで、脂も乗ってる。ありゃあ旨いぞ」

「……たまらないね。じゃあ、それをお願いしようか。けれどその前に、お姫様を寝かしつけてきたらどうだね。……ついでに、服も着替えて来るといい。店は、私がもう少し見ておくよ」

「……悪い。恩に着る」


 ひらひらと手を振るカルロに見送られ、ガウルは宿泊施設に向かっていく。

 その後姿を、常連たちは微笑ましい物を見る目で眺めていた。


 エルをベッドに寝かせ、汚れを拭って清潔な服に着替えたガウルは厨房に戻る。帰りもせず騒いでいる常連客達に、詫びの意味も込めて一品ずつ特別な料理を振る舞ってやると、彼らは大いに喜んだ。

 カルロの料理だけがやたらと豪勢な物になっていたのは、言うまでもないだろう。


 やがて常連客も()けていき、宵闇亭はその日の営業を終えた。






「お疲れ様、ガウル」

「あぁ……さすがに今日は、ちっとばかし疲れちまったな」


 灯りの落ちた店内で、いつものように”終わりの一杯”を楽しむガウル。

 さすがに、元冒険者であるガウルにも、今日一日の出来事は堪えた。



 そもそもの発端は、エルに旨い魚を食わせてやろうと思い立ったガウルが、昨日の夜に早めに店を閉めて釣りに行った事だ。

 予め組合を通して申請を出し、発行してもらっていた夜間通行許可証を携えたガウルは釣り竿と、冷蔵の付与魔法(エンチャント)が掛かっている魔石を放り込んだ袋を担いで海に向かった。

 海までは、さほど遠くない。この街――ローランド市を出てからガウルの足で3時間程度で着く。


 現地で仮眠を取ったガウルは、朝マズメ――夜が明けて、魚が活発に動き始める時間――に合わせて目を覚まし、動き始めた。

 小さな竿で小魚を釣り上げ、それを生き餌にして大きな竿で大物を狙う二段構えの作戦は功を奏した。夜明けの一時間ほどで大物のクロッツォ(黒ブリ)を2本と、大量の小魚を確保したガウルは、ホクホク顔で宵闇亭に戻っていく。


アイツ(エル)、魚食った時も結構反応が良いんだよな。市場の魚も悪かぁねえが、今の時期と言やぁやっぱコイツ(クロッツォ)だろ。何にするかな……定番のステーキもいいが、煮物も悪くねえ。アグル(アジ)はどうすっかな……子供(ガキ)に小魚はキツいか。小骨がどうしてもな……いや、じっくり素揚げにして骨までバリバリ食えるようにすりゃあ……)


 道中で考えていたのは、エルに何を食べさせてやろうかという事だ。


 エルには、言葉が通じない。一応自分が保護されている事くらいは何となく分かっている……と思うのだが。

 だが事情を聞くことができないせいで、何故あんな森の中の川を流されてきたのか、今までどういう状況にあったのかといったことは全くわからない。今の状況について、どう思っているのかも含めてだ。


 そのせいか、おそらく奴隷として「調教」されてしまっている――とガウル達は思っている――エルは、子供らしからぬ余所余所しい態度を取り続けていた。ガウルは、それが不憫でならなかった。

 エル本人としては、旅館に泊まった時、自分で布団をキッチリたたむ程度の気持ちで過ごしていただけなのだが。


 しかし、エルが一つだけ素直な反応を見せる事がある。

 それが、ガウルの作った料理を食べた時だ。

 エルは小さな口に少しずつ料理を運んで、はむはむと咀嚼する。そして目を瞑ってじっくりと味わった後、へにゃっと満足そうな笑みを浮かべるのだ。

 どちらかと言うと端正で、美しい人形のような印象のあるエル。それが崩れ、溶けたような笑みを浮かべるエルは、それを見たガウルもついついニヤけてしまうくらいの可愛らしさだった。


(そうだよ、子供(ガキ)子供(ガキ)らしくずっとそうやって笑ってりゃ良いんだ。俺の飯食って笑ってくれるんなら、いくらでも食わせてやる)


 ガウルの料理を食べた時にだけ見せるエルの極上の笑顔。それを見て、ガウルはそう思ったのだ。

 それ以来ガウルは、エルにどんな旨いものを食わせてやろうか、という事ばかり考えている。


 そんな矢先にあの出来事が起きた。

 元々一日働いた上で仮眠しか取っておらず、早朝から釣りをして、その釣果を担いで移動もしている。

 更に、エルを怖がらせてしまって落ち込み、エルを手元から離さなければならなくなった事で更に落ち込み、その状態で通常の営業をこなし……挙句の果てに街中を走り回っていたのだ。

 冒険者時代にはタフなのが売りだったガウルでも、肉体的、精神的に来る出来事だらけだったおかげで、さすがに目に見えるレベルでぐったりしてしまっていた。



「でも、良かったじゃない。エルちゃんと仲直りできて。明日からもエルちゃんのごはん、作れるわよ」

「そうだといいがな……明日になったら、また怖がらせるって事も、あるんじゃねえか。迷子になってたから……知らねえヤツに囲まれるよりかは、多少、顔見知りの方がマシだったってだけかも知れねえだろ」


 疲れのせいか、妙に弱気なガウルを見てエミリィは苦笑する。


「そんな訳ないでしょ。だったら、わざわざ私から離れてガウルに向かっていったりしないもの。エルちゃんは、ちゃんと分かってくれたのよ。あなたが優しい人だって」

「でも……なぁ。あんなに泣かせちまって……」

「それはガウルがアホなだけでしょ。あんな格好でいきなり現れたら、私でも驚くわよ。いい? 今後は気をつけなさいよ?」

「ああ……」


 年下(・・)のエミリィに諭され、ガウルは溜息をついた。


「一応、明日またエルちゃんの反応を見て、それからの事はその時に考えましょ。ナルリアと話して『木もれ陽亭』の部屋はまだ押さえてあるから、もしエルちゃんがまだガウルの事を怖がってるようなら、その時はその時、ね。でも、多分大丈夫だと思うわよ?」

「だと良いけどな……」


 煮え切らない態度にしびれを切らしたエミリィは、ガウルの脳天にチョップを決めた。


「痛ぇ! 何すんだよ!」

「もう、うじうじしてるんじゃないわよ。疲れてるんでしょ? さっさと寝て、明日の朝エルちゃんにおいしいごはん作ってあげなさい! 寝坊なんかするんじゃないわよ」

「お、おう……」


 言いたいだけ言ったエミリィは立ち上がると、「おやすみ」と一言だけ残して部屋に戻っていった。

 引っ叩かれた頭をさすりながら、今日何度目になるか分からない溜息をつきながら片付けをするガウル。


(溜息をついた分だけ幸せは逃げていく……って話、あるよな。今日だけで、どんだけの幸せが逃げてったんだか……)


 エミリィほど楽観的になれないガウルは、肩を落としながらカウンターの灯りを落とし、自分の部屋へと戻っていった。




 そして迎えた翌朝。

 朝食を差し入れたガウルに対して、エルはいつもどおりの幸せそうな笑顔を向けてくれた。

 本当に良かった。言葉にはしないものの、いつもより5割増でニヤけているガウルの表情を見れば、ガウルがそう思っている事は一目瞭然だ。

 今まで通りエルに料理を食べさせて、笑顔にする事がガウルの願いだったのだから、喜びを抑えきれないのも仕方のない事だろう。


 ……ところが、ガウルの願いは意外な形で裏切られる事となる。

 事態は、今まで通りどころでは済まなかったのだ。


「■■■、■■■■■■■■!」

「んなッ……!?」


 ガウルの身に訪れたのは、朝食を終えたエルがガウルの後をぴょこぴょこと着いてくる上に、事あるごとに抱きつかれるという……最大級に幸せな出来事だったのだから。





最後の部分は「」(通常かぎかっこ:ガウル達の言語)で、■■(解読できない言語)という表現です。分かりづらいですね。言語に関する表現に関しては何とかわかりやすくできないか模索中なので、そのうち良いやり方が見つかったら一括で変更する可能性があります。ご了承ください。

次話更新は4/10(火) 12:00の予定です。

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